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第二十九話

「――では、まず始めに、彼がいなくなった時の状況を聞かせてもらいます。彼が消えた事に、最初に気付いたのは?」

 啓輔の最初の問いかけに、智也がおずおずと手を挙げる。

「僕です。僕と慎司、隣同士に布団を敷いて寝ていたんです。朝五時くらいに目が覚めて、ふと隣を見たら、あいつがいない事に気が付きました。最初はトイレか何かだと思っていたんですけど、部屋には何処にもいなくて……玄関を見たら、スリッパや靴も置いていなかったんです。それで、おかしいな、と」

「ちなみにその時、玲さんはどちらに?」

「隣の部屋で眠っていたわ。何だか外が騒がしい――と思って、襖から隣の部屋を覗いたら、智也が慎司を探しているのが見えたの」

「僕と慎司が玄関側の部屋、玲はその奥の部屋で寝ていたんです」

「ふむ」


 昨晩啓輔が部屋に入った時、確かに部屋の奥には襖があった。とすると、昨晩手首の模型が見つかった場所が、慎司と智也の部屋。その奥にあるのであろう、襖に隔たれた部屋が、玲の部屋という事なのだろう。

 となると、次の問題は――慎司は一体、いつ消えたのか? という事だ。啓輔は、真っすぐに向けていた智也への視線を、玲へと移す。

 突然の事で驚いたのか、彼女はぱちぱちと瞬きをした。

「では玲さん。昨晩貴方が部屋に戻った時、彼は部屋には?」

「――いた、と思います。かなり暗かったので、はっきりとはいえませんが……慎司の寝息が聞こえてきて、布団が微かに上下していたので、ほぼ間違いないと思います」

「成程」


 その時の事を思い出しているのか、玲の表情は切なげだ。それも当然だろう。深夜に眠った姿を見たきり、彼は帰って来ないのだから……。去年の事もあるのだし、動揺しない方がおかしい。

 彼女の心情に思いを馳せながら、啓輔はふと、それと似た状況にある青年の事を思い出す。

 ――千葉智也。彼もまた、半年前に想い人である、純子を失ったのだ。慎司とは違い、姿は確認されているものの、その意識は未だ夢の世界を彷徨っている。

 大切な想い人が、今自分の前にいない――そういう意味では、智也と玲は似た者同士なのかもしれない。

 そっと思い耽っていた啓輔は、未だ不安げな色を残す玲の言葉によって、現実に戻される。


「……質問は、以上でしょうか?」

「そう、ですね。取り敢えず、まずはこんな所でしょうか」

 その言葉に安心したのか、玲はほっと息をつく。智也は未だ緊張しているらしく、微かに表情が強張っている。

 そんな彼を安心させるため、啓輔は穏やかに微笑する。

「すみません。考えをまとめたいので……取り敢えず、一旦部屋に戻ってもらっても宜しいでしょうか? また後で、改めてお話を伺わせていただく事になるかもしれません」

「分かりました」

 意外にも、智也はあっさりと引き下がる。流石に玲は少し不服そうにしているものの、自分には何も出来ないと分かっているのだろう。ただ、不安げにじっと啓輔を見つめながら、蚊の鳴くような声でぼそりと呟いた。

「探偵さん。慎司の事、絶対見つけて下さいね」

「……最善は尽くします。お二人にも、ご協力願います」

 “絶対”なんて無責任な言葉、言い切れる筈もない。僅かに言葉を濁しながら、啓輔はじっと玲を見据えた。

 そんな啓輔の意図が読めたのだろう。玲は悲しげにそっと瞳を伏せると、静かに智也の後へと続いて行った――。




 彼女達が部屋から出て行った途端、今まで黙っていた優が、急に金切り声を上げる。

「何やってんの、パパ! あそこは普通、“大丈夫ですよ、可愛いお嬢さん。私、沢内啓輔の名にかけて、必ず事件を解決して差し上げましょう”とでも言って、安心させる所でしょうが! そこまで言ったら、流石に気持ち悪いけど」

「――それでもし、彼が見つからなかったら? 無責任な言葉は、その場しのぎの言い訳にしかならない。……大体、彼が深い森の中に迷い込んでいたら、俺達だけで探しだすのは不可能だ。それが分かった時、彼女は何を思う?」

 啓輔が静かにそう問いかけると、珍しく優は黙り込んでしまう。流石に、返す言葉も無いのだろう。やり場のない悲しみのせいなのか、彼女は静かに肩を震わせていた。

 ――仕方がないんだ。所詮、それが現実なんだから。そう言いかけた啓輔は、優にきっと睨みつけられる。その瞳には、薄らと雫が滲んでいた。


「パパ、名探偵なんでしょ!? 肝心のパパが弱気で、どうするのよ! 森の中にいるんだって分かったなら、警察でもなんでも呼んで、一緒に捜索すればいい! もしそれで見付からなかったら――なんて不安になったら、手掛かりを探せば良い! 慎司さんが見つかる可能性はゼロじゃないのに、どうしてそれをやらないの!?」

「俺だって、最善は尽くす! 誰も、彼は見付からないなんて言ってないだろう!!」

 激情に揺れる娘を、啓輔はつい怒鳴り返してしまう。その瞬間、優の横に佇んでいた海がびくりと震えた。そんな彼女とは対照的に、優は怯むことなく、真っすぐに父親を見つめている。

 ――確かに、優の言い分も分からなくは無い。寧ろ、彼女の言う事の方が正論なのだろう。

 世の中の不条理さを知らず、ただ己の正しいと思った事を主張する――汚れなき、若者特有のその特徴に、啓輔は苛立ちを通り越し、ふっと懐かしさを覚える。

 ――この子はまだ、何も知らない。自分が努力すれば、きちんと結果が返ってくる――と、そう信じ切っている。

 そんな娘を見ながら、啓輔は幼き日の自分を思い出す。そして、切なげに眉根を寄せた。

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