第二話
「――で、用って一体何だよ。くだらない事だったら承知しないぞ?」
二人にソファーを勧めると、啓輔は早速話に入る。口調は素っ気ないが、その瞳は好奇心で爛々と輝いている。
素直じゃない幼馴染の態度に少々呆れながら、和人は口を開いた。
「啓輔、俺が“RIDDLE”って雑誌の記事担当してんの、知ってるよな?」
「ああ。あれだろ? 最近起きた事件の考察やらなんやらを載せてるやつ。俺も暇な時偶に読んでるよ。中々面白い解釈が多い」
「そりゃどーも。……実はその雑誌で、今回特集しようと思ってる記事があんだけどよ。“鬼暮旅館”って、知ってるか?」
「鬼暮旅館? ……ああ。あの、一時期話題になった……」
「そ。山奥にある古ぼけた旅館で、相次いで行方不明者が出た――って奴だ」
一年前。山奥の温泉地にある老舗、“鬼暮旅館”に訪れた団体観光客が、突如行方不明になる――という、恐ろしい事件が起こったのだ。
一体も遺体が上がらず、目撃者がいないため、警察では事故との見解を示したが、未だにその事件に疑問を持つ者は多い。
「……で? その事件が一体どうしたんだよ? 最近話題の事件を扱う“RIDDLE”にしちゃあ、随分古い選択じゃないか」
「まあな。何でも、編集長の古い知り合いの関係者が事件に巻き込まれて、そいつから直々に依頼を受けたんだとよ。是非とも事件を解決してくれ――とのことだ」
「成程……って、はい?」
“解決”という言葉に、啓輔の目が思わず点になる。
苦笑を浮かべる幼馴染の顔を見て啓輔は、彼が今日此処へ訪れた理由を察した。
「つまり、俺も一緒にその旅館に行って、事件の捜査に協力してほしい――と、そう言いたいのか?」
「お、よく分かったな。さっすが名探偵」
はっはっは、と乾いた笑みを浮かべながら軽く拍手されても、全く嬉しくなどない。軽く頭痛を覚え、啓輔は頭を押さえた。
「――というか、俺がOKするかどうかも分からないのに、勝手に決められても困るんだが……」
「何だ? 行きたくねぇのか? 謎の多い山奥の旅館――なんざ、お前の好きな謎めいた雰囲気満載じゃねぇか」
「……まあ、それはそうなんだが。俺にも、色々と事情という物があってだな――」
曖昧に微笑んでいる啓輔だが、その心はぐらぐらと揺れている――という事は、付き合いの長い和人には一目瞭然だった。
あともうひと押しだと悟った和人は、更に啓輔に甘言を囁く。
「交通費を含む旅費も、全額RIDDLEが負担。……ただで温泉旅行満喫なんざ、こんな美味い仕事、他にねぇだろう?」
「……」
とうとう啓輔は黙り込む。かなり釣られているのは、もはや傍目から見ても明らかだ。
しばらく困ったように唸っていた啓輔だが、やがて小さく首を縦に振った。
「――分かった、俺も協力するよ」
「おお、マジかよ! さんきゅ~!」
今まで神妙だった和人の語調が急に明るくなる。まるで子供のようにはしゃぎながら、“男に二言は無しだぞ!”と連呼している。
そんな彼を落ち着かせながら、啓輔は問うた。
「で? RIDDLEが全額負担してくれるなら、もう取材日は決まってるんだろう? 一体、いつから――」
「明日」
「そうか、明日か――って、はあっ!?」
啓輔は驚きのあまり、思わず大声が出る。
てっきり冗談かと思ったが、和人の顔は真剣そのものだ。
「あれ、最初に言ってねぇっけ?」
「聞いてない!!」
驚愕した啓輔と対照的に、和人は常のように飄々としている。
成程、だからあんなに必死だったのか――と啓輔は、今頃になって悟った。
「……お前さ。俺の都合、考えてないだろ? 大体明日はもう依頼人と会う約束が――」
「んな事言っても……もう二泊三日の四名様で予約済みだぞ? 今からキャンセルするには、料金負担しなきゃいけなくなるぜ」
「……」
四名様予約済み――つまり、啓輔が何と返事しようと、結局は行く事になっていたらしい。
ここまであくどいと、怒りを通りこして、最早笑えてくる。
啓輔は思わず乾いた笑みを浮かべていたが、ふと一つの疑問に思い当たる。
それを確かめる為、啓輔は恐る恐る問いかける。何か、とてつもなく嫌な予感がした。
「ちょっと待て。……なあ、和人。四名様って、まさか……」
「ん? んなもん、俺と啓輔と海と優に決まってんだろ?」
「……和人、“職権乱用”って言葉、聞いたことあるか?」
平然と答える幼馴染を前に、啓輔は頭を押さえた。