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第十八話

「成程。最初の被害者は、美玖さんから聡さんを奪った――すなわち、伝説で言う“悪さをした者”にあたる、芳恵さんという事ですね」

「……はい」


 そう呟く眞耶の表情は暗い。……報道陣の伝えた事や眞耶の態度から察するに、恐らく芳恵は見つからなかった(・・・・・・・・)のだろう。

 伝説通りにいけば、山神様に連れて行かれた――という事なのだろうが、それをそのまま鵜呑(うの)みにするほど、啓輔は信仰深い性格をしてはいない。……勿論、犯行を行ったのはれっきとした人間だ。

 ……とすると、啓輔の頭には、必然的に一人の少女が浮かび上がってくる。


「今の話を聞く限り、犯人はほぼ明白なのではないでしょうか? この旅館を予約した張本人であり、芳恵さんに彼氏を奪われた少女――安藤美玖」

 しかし、ここまでなら幾ら素人である眞耶にもすぐに思いついただろう。この事件には、まだ裏があるはずだ。……案の定、彼女の顔は依然として暗い。


「……まだ、何かあるんですね?」

 啓輔の先を促す言葉に、眞耶はこくんと頷く。そして、意を決したように伏せていた瞳を上げ、まっすぐに啓輔を見据えた。

「第二の被害者――つまり、芳恵様の次に消えられたのは、その張本人の美玖様だったんです」




 芳恵が消えて丸一日が経過しても、彼女が見つかる事は無かった。

 友人の突然の失踪に戸惑う美玖と莉沙に対し、眞耶はある程度、彼女を消した――否、殺害した(・・・・)犯人の見当が付いていた。

 ――言うまでもなく、安藤美玖だ。昨夜二人が言い争っているのを見たことは、記憶に新しい。動機以外においては、何の確証もないただの当てずっぽうだが、彼女以外の人物が犯行を行ったとは正直考えにくい。


 旅館の関係者であり、殺害することにデメリットしかない女将達は勿論の事、芳恵に対しても友好的であった莉沙が彼女を殺したとは思えない。

 ……勿論、見えない所で何らかの摩擦があった可能性は無きにしにあらずだが、それならば尚更、摩擦大ありの美玖が犯人だと疑ってしまうのは、致し方ないことだろう。


 幸か不幸か、旅館の周りには広い森が広がっている。毒薬でも飲ませて殺害した後、森の奥に放置しておけば、余程の事が無い限り遺体が発見される事はない。

 死体が見つからずに、“消えた”というだけでは、警察もそう大がかりな捜査はできまい。犯人は恐らく、それを狙っているのだろう。


 ……と、ここまで考えた時、眞耶ははっと我に返る。

 いけないいけない――まだ芳恵が死んだ……ましてや、殺されたなんて決まってはいないのだ。もしかしたら本当に森の中で迷子になっているだけなのかもしれないし、足を滑らせて動けないだけなのかもしれない。

 推理小説の読み過ぎかしら――と、眞耶は小さく苦笑した。


 ……しかし、本当に事故に遭ったのだとしても、怪しい点は多々ある。まず始めに、何故彼女はそんな朝早くに旅館から出て行ったのだろう? 

 莉沙達曰く、眠る時は芳恵も一緒に布団にもぐりこんだという。

 トイレやバスルームは部屋に付属されているし、朝一に温泉に入りに行ったという様子も無い。……彼女が夜明け前に旅館を発つ理由は、何一つ無い筈なのだ。

 それを考えれば、彼女が何らかの事件に巻き込まれた――というのも、決して早計な考えでは無いのかもしれない。


「……って! だからそう決めつけるのはよくないって、さっき反省したばかりじゃない!!」

 堂々巡りする自分の考えを追い出すため、眞耶は布団の中でぶんぶんと頭を振った。

 現時刻は午後十時半。普段なら何かと雑用をこなしている筈の時刻だが、今日は色々あって疲れただろう――という女将の配慮で、早めに休ませて貰っているのだ。


 ……とは言われたものの、妙に頭が冴えてしまい、眠れる気配は一向に訪れない。

 そんなこんなで眞耶は、今朝起きた謎の事件について考えを巡らせているのだった。


 最初は、従業員特権で荷物検査でもしようかとも思ったが、もし彼女達が何の関係もない純粋な被害者だったのなら、それはあまりにも可哀想だ。

 ……否、たとえ彼女達のどちらかが犯人だとしても、薬物類は全てだだっ広い森の中――真実は既に闇の中だろう。そう思いなおした眞耶は、結局布団の中であれこれと妄想を(ふく)らませる事しかできないのだった――。




「――や、眞耶! いい加減起きなさい!」

 女将の激しい怒号で、眞耶は意識を取り戻す。……どうやら、いつのまにか眠ってしまっていたらしい。

 眞耶は眠たい目を擦りながら、枕元に置いてある時計を見やる。寸分の狂いもないデジタルタイプのそれは、午前六時半を指していた……。


「……って、嘘!?」

 ありえない時刻表示に驚き、眞耶の眠気は即座に吹き飛ぶ。普段ならとっくに目を覚まし、出来上がった朝食の盛り付けを手伝っているような時間帯だ。……完全に寝過ごした。鳴っていた筈のアラームは、恐らく無意識のうちに止めてしまったのだろう。


 これから聞かされるであろう、鬼のような女将の説教を想像しながら、眞耶は目尻に薄らと雫を(にじ)ませた。

 しかしそんな眞耶の杞憂は、女将の一言によって、一瞬にして頭の隅においやられてしまう事となる……。彼女は焦ったような様子で、再び大声を上げた。


「今朝、安藤様が行方不明になられたわ! お前は急いで着替えて、安藤様を探すのを手伝って頂戴!」

「……嘘っ!!」

 あまりの驚きに、今度こそ眞耶の意識は完全に覚醒(かくせい)した。

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