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第十三話

 啓輔が和人達と分かれて数分後。思った通り、調理場はすぐに見つかった。


「えっと……ここ、だよな?」


 明らかに他の部屋とは違うそこを見ながら、啓輔は小さく呟いた。


 藤色の暖簾(みす)が掲げられているそこは、まるで、関係者以外立ち入り禁止とでも言わんばかりに、妙な威圧感を(かも)し出している。


 その程度で侵入を諦める程臆病では無いが、やはりどこか躊躇(ちゅうちょ)してしまうのは仕方がないだろう。


 一瞬躊躇(ためら)った後、啓輔は暖簾の奥へと声を掛けた。


「あの……すみません。誰かいらっしゃいませんか?」


「――はーい」


 一瞬間を置いて、若い女性らしき声が返ってくる。恐らく、若女将のものだろう。


 やがて、御簾の奥から、すまなさそうに眉尻を下げた眞耶が姿を現した。啓輔の姿を視界に認めた途端、ぺこりと頭を下げる。


「沢内様で御座いますね? 桜庭様から事情は伺いました。……申し訳御座いません、当旅館のメニューには、時間が経つと、お下げしなくてはいけない料理がありまして――」


「あ、いえ。こちらこそ、指定された時間になっても料理に手を付けないでいて……。お手数をおかけしました」


「いえ。そんな……」


 二人してぺこぺこと頭を下げ合う。不謹慎(きんしん)だとは分かっていても、まるで初めてのお見合いみたいだ――と、啓輔は思った。


 やがて、眞耶がはっと我に返るまで、それは続けられた。


「あ、宜しければ中へどうぞ。……大した物は作れませんが、お腹の足しくらいにはなると思いますので」


「すみません。お気づかい、ありがとうございます」


 躊躇う事なく、御簾の奥へと進む眞耶の後に、啓輔も続く。


その時、眞耶の口元が一瞬妖しげに歪む。しかし、空腹状態で観察力が落ちていた啓輔が、彼女の微笑みと、その奥に隠された真意に気付く事はなかった――。




“本当に、大したものではありませんが……”


 そう言いながら眞耶は、五つの握り飯と、数枚の漬け物を用意した。確かに、先程出された料理達と比べたら質素な物だが、今の啓輔にとっては何よりの御馳走だった。


 空腹は最高の調味料――とは、よく言ったものである。啓輔は、あっという間にそれらを平らげていった。


「――しかし、本当に料理がお上手なんですね。凄く美味しいです」


 啓輔が、四つ目の握り飯を頬張(ほおば)りながら口にする。その頬は、まるで幼子のように(ほころ)んでいる。


 その瞬間、洗い物を片付けている眞耶がサッと頬を朱に染めた。


「ほ、褒めても何も出ませんよ!」


「正直な感想を言っているだけですよ」


 眞耶の顔が益々赤くなる。流石に恥ずかしくなってきたのか、彼女は目を反らしながら、話を反らす。


「そ、そういえば、沢内様は、雑誌の記者さんなんですよね? 当旅館は、……その、プロの方の目から見て、どうでしょうか?」


「……ああ、そうですね。中々の所だと思いますよ」


 啓輔は、返答に一瞬躊躇う。“雑誌の記者”という肩書きは、和人の言ったデマなのだ。それを()呑みにしている彼女を見て、啓輔はなんだか申し訳ない気持ちになった。


「確か、丸西出版ですよね? 私、貴社の雑誌で購読している物があるんです。……月刊RIDDLE、って、御存じですか?」


“月刊RIDDLE”その言葉に、啓輔はサッと表情を強張らせる。それは他でもない、和人の担当している雑誌なのだ。……時たま、啓輔の記事も載る事がある。


 ――まさか、勘付かれている? そう思った瞬間、彼女の唇が、妖しく弧を描いた。


「どうなんですか、沢内様?」


「……さあ? 当社は、何冊もの雑誌を出しておりますので……。管轄外の事は、あまり詳しくないんですよ」


 一瞬間を置いた後、啓輔が答えたのは、(きょ)言だった。まさか、自らの首を絞めるわけにもいかない。


 それを聞いた眞耶はきょとんとした顔を浮かべたが、すぐにクスクスと小さな笑い声を上げる。


「……嘘吐き。私、貴方の事よく存じていますよ? たまに雑誌で特集されているじゃありませんか。“名探偵沢内啓輔 はたまた事件解決!”……この前載ったのは、二ヶ月程まえでしたっけ?」


 そう言いながら眞耶は小首を傾げる。……確かに二ヶ月程前、啓輔はRIDDLEで特集された。啓輔だって、一応名の知れた探偵なのだ。幾ら山奥だからといって、身分を偽るのは、迂闊(うかつ)だった。


 ――もう無理だ。完全にばれている。そう悟った啓輔は、ゆるゆると軽く両手を上げた。


「……まさか、こんな所にRIDDLEの購読者がいるとは思いませんでした」


「新刊号の記事は、“古びた温泉旅館の、謎の集団失踪事件の真相に迫る!!”……ですか? 一年前、結構話題になりましたもんね?」


「さあ? 私は記事には直接関与してはいないのでね」


「ま、それもそうですね」


 いつのまにか、眞耶は敬語を使うのを止めていた。……それは、自分の方が優位に立った――という自信があるからに他ならない。


 啓輔は思う。――これ以上、この仕事は続けられない。若いとはいえ、彼女も旅館の人間だ。事件の話をしてくれるとは思えない。


 という事は、これから考えられる展開は只一つ。明日の朝一で、旅館を追い出される――否、今すぐに追い出されたっておかしくはない。


 ――悪い、和人。俺、この事件解け明かせそうにない……。


 啓輔はそう思いながら、小さく眉根を寄せた。

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