瀬戸物のポンタ
今、ポンタは瀬戸物で、酒屋の店先で片手に徳利を下げて、じっと立っている。以前、町の灯に誘われて、お母さんの言いつけも守らずに、ふらふら山を下りたこと。犬に見つかって、逃げるためにこんな瀬戸物に化けたこと。ポンタはそれを、恐ろしさと後悔を一緒にして覚えている。でも、元の狸に戻ることが出来なかった。動けと思ってもこの固い瀬戸物の体はちっとも動いてくれない。だから、硬い体が腹立たしくって、風や、太陽や、月や、星まで、世の中の動くものは全部憎らしくて、見るのも嫌だった。
「こらっ、こらっ、こらっ。」
と、ポンタは思った。足元がなま暖かい。声が出せたら、もっと口汚く罵っていたに違いない。茶色の犬がポンタにおしっこをかけたのだった。ポンタは視線だけ動かして、礼儀知らずの犬と、常識のない飼い主を睨み付けた。飼い主のおばさんは、愛犬のそばで知らん顔だった。だから、ポンタは動くものの中でも、とりわけ、人間って大嫌いだ。
なので、ポンタも時々、人間に仕返しをする。おばさんは、ふと、しめしめっていう感じの小ずるい顔をした。足元に一万円札を見つけたからだ。もちろん、お金はポンタが落ち葉に魔法をかけたもので、おばさんのポケットの中で木の葉に戻っている。人間はがっかりするはずだ。そうやって、ポンタは人間を馬鹿にして、にやにや楽しんでいた。
突然に、ポンタは身構えた。ランドセルを背負って帰ってくるシンジの姿が見えたからだ。ポンタはこのシンジのことを憎んでいるといってもいいくらいだ。無抵抗ないのをいいことに、ポンタにひどい悪戯をする。
いつも、ひどい奴だけれど、今日のシンジは一番ひどかった。手に緑や赤のマーカーを持っていた。たぶん、同級生から取り上げてきたに違いない。シンジはそのマーカーで、、、
ちょっと言いにくい、、、。ポンタのおちんちんを緑色に塗りたくった。
酒屋のおじさんに、絵の具を洗い落としてもらうまで、ポンタの前を行き交う通行人がポンタを見て変な顔をしたり、ポンタを指さしてげらげら笑ったり。ポンタは何も出来ずに、じっと恥ずかしさに耐えていたんだ。おかげで、ポンタはこの商店街のスケベ狸として、すっかり有名人になってしまった。
もう、自分をこんな目に遭わせた、シンジが憎らしくてたまらない。ポンタは一晩中、シンジを酷い目に遭わせる仕返しを考えた。街灯の明かりだけの、静かな夜の闇の中は、残酷な仕返しの計画を練るのにふさわしい。
そんな静かな闇の中に少し違和感のある声がし始めた。
『みぃ、みぃ、みぃ、、、』『にゃん、にゃあ、、、にゃん、』『にぃー、にぃー、』
それは3匹の猫だった。目がようやく開きかけた子猫が、箱に入れられたまま、ポンタの左の足元に置かれた。この3匹は人に捨てられたのだった。
「こらっ。生き物を捨てるんじゃない。」
ポンタは心の中で、子猫を置き去りにした人間にそう言ったが、子猫のためにじゃない。ただ、うっとうしかったから。3匹はポンタの足元で弱々しく泣き叫んで、ポンタが仕返しの計画を立てるのを邪魔する。横目で確認するとトラ縞の元気なのが2匹と、ちょっと元気のない白が一匹。
夜が明けて街はうるさくなったけれど、足元は少し落ち着いた。昨日の一件で、ポンタはこの街一番の目立つ狸だった。だから、その足元の捨て猫も人目を引いた。愛想のいいトラ縞は2匹とも人に拾われてしまって、残っているのは白だけだ。人がつまみ上げたときに見たのだけれど、この白は、毛並みが白っぽい分、汚れが薄汚れて目立っている。弱々しいくせに、他の兄弟よりプライドが高いらしい、人間に媚びを売らず愛想が悪い。
「早く行っちまえ。」
と、ポンタは灰色に汚れた子猫のことを思ったが、こんなに汚くて、愛想の悪い子猫が拾ってもらえるわけがない。
今日のポンタは、意地悪の計画があるので、わくわくとシンジを待ち受けていた。左の足元には、木の葉で作った100円硬貨が準備してあって、シンジをだます準備が出来ていた。
シンジはポンタの前で足を止めてしゃがみ込んだ。ポンタは長いつき合いで、シンジの性格をよく知っている。お金を拾ったら、その足でお菓子を買いに行くはずだ。まして、ポンタがいる酒屋の前にはコンビニがあって、ウィンドー越しに魅力のある商品が並んで見える。でも、シンジが何かを買おうとしたとたん、この硬貨はただの木の葉だ。シンジは大恥をかくに違いない。ひょっとすれば、万引きと間違われてもっとひどい目に遭うかもしれない。ポンタはシンジのそんな惨めな姿を思い浮かべてわくわくした。
「ちぇっ」ポンタはつまらなそうに舌打ちをした。
シンジがしゃがみ込んだのは、箱に残った子猫に気付いたからだった。シンジは子猫を撫でたが、指先で突っつくみたな撫で回し方で、愛し方がぎごちない。シンジはそうやって子猫の柔らかさや温かさを学んでいたが、決心したように、そっと、猫を抱き上げた。
『きれいな笑顔をする。』
と、不覚にも、ポンタは憎らしいシンジのことを思った。
チャリン。木の葉の魔法が切れかけたので、ポンタは慌てて魔法をかけ直した。そのときの音だ。シンジは硬貨に気付いて、子猫と硬貨を見比べて、猫をさっさと箱に戻すと、硬貨を拾い上げた。子猫よりも硬貨。いつものずるくて残酷なシンジだ。シンジはポンタが想像したとおり、コンビニに駆け込んだ。
「あっ」
ウインドー越しにシンジを見ていたポンタは、小さく後悔の叫びを上げた。
シンジが選んだのはミルクのパックだ。子猫に与えるものらしい。硬貨はシンジのポケットの中で既に木の葉に戻っている。ミルクが買えるはずもなく、シンジは静かに子猫の所に戻って来た。全部、ポンタのせいだ。足元で子猫が力無くみいみい鳴いている。
「ごめん。」
と、ポンタは子猫とシンジに思った。体が動けばちゃんと頭を下げて謝っただろう。
「あれっ?」
でも、横目で二人を見ていたポンタは続けて思った。シンジはしょんぼりしていて、子猫は弱々しい、そんな姿を想像していたのに、二人はずっとたくましい。灰色の子猫は、抱き上げてくれたシンジにしがみついて、顔をなめて挨拶をした。
「へっ。二人とも汗臭くって、薄汚れてやがら、、、、」
ポンタは頭の中で、そんな言葉を途切れさせた。その言葉が二人に聞こえて、誤解を招くのが怖かったから。ポンタは、悪口じゃなくて、二人に共通点を見つけて、似たもの同士の仲のいい友達になれるねって言いたかった。そして、ほんの少し、自分も、この二人の仲間になりたいとも思った。
シンジは新しい友達をポンタに紹介するみたいに、子猫をポンタの頬にふれ合わせた。ふわふわ柔らかくって温かい。生き物の血の通った感触だ。ポンタもつられて、声にはならなかったけれど、クスクス笑った。生きていることが嬉しい。
子猫は自分の飼い主を見つけて、鳴き声に安堵感がみえる。シンジは子猫を飼うつもりの証拠に、子猫に『シロ』って名前を付けている。毛並みが白いからシロか?なんて、単純なガキだ。ポンタは子猫の言葉を代弁してやった。
「おい、馬鹿シンジ。こいつは『ミィ』って名乗ってるんだよ。」
そうだ、さっきから子猫は(ボクはミィです。)って、シンジに自己紹介している。
ポンタの耳に聞こえる言葉を聞いたシンジは、ミィをぎゅっと抱いたかと思うと、目を大きくまるくして尻餅をついた。お化けでも見るような驚いた表情だ。
そのシンジの格好がおかしくって、ポンタは転げ回って、憎らしいシンジのことをげらげら笑ってやった。えっ?、転げ回っている?
「ああっ」とポンタは叫んだ。ポンタの体は柔らかく、尻尾までふさふさだった。いままで、瀬戸物の体で動けないことを恨んでいたけれど、暖かな体に戻るのは『生きてるっていいなあ』って感じることだった。
「いつまでも仲良くな。」
ポンタはそう言い残して、山の巣に駆け戻った。また、犬に追いかけられたら大変だ。今までの悪戯の恨みは、全部、忘れてやることにしたので、ポンタの体も心も軽くて、山の峰を駆け下る風に浮かぶようで心地よかった。
この作品はニッサン童話賞に募集するために原稿用紙10枚の制限内で描いたものです。
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皆さまから頂いたアドバイスや励ましをもとにして、ポンタやシンジをもう少しじっくり描き直しましたので、次のサイトもご覧下さい。
http://p.booklog.jp/book/16898
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