第1話 無との戦い
【四天王】
この世界にいる四人の強力な悪党。
四天王を倒すために俺たちはこの世界に転移した。
彼らの名前は無、林、海、王だ。
そして俺は無の情報収集をし、ついに無のアジトを見つけることに成功した。
夜が落ちた。
街の灯りは遠く、空には雲が垂れこめ、満月の光だけが泰弘を照らしていた。
月を見上げると、胸の奥が熱くなる。
──あれは、魔力を感じる“丸いもの”だ。
それを見つめた瞬間、泰弘の体の奥に、あのスキルが目を覚ます。
「ビーストモード、発動。」
低くつぶやいた声が、夜風に溶けた。
瞬間、彼の背に獣の影が浮かび上がる。狼のようで、虎のようで、何より人間離れした力の象徴。
全身の筋肉がきしみ、目が赤く光る。
風の音が止まる。
世界が、彼の動きに追いつけなくなる。
けれど、それでも“無”は見えなかった。
「やっぱり、そう簡単にはいかねぇか。」
泰弘の声は冷静だった。
相手は四天王のひとり──「無」。
姿を消す、だけじゃない。存在そのものを“なかったこと”にする異能を持つ男。
ビーストモードを発動しても、奴の気配は感じ取れない。
風の流れも、匂いも、音も、全てが途切れる。
泰弘は、瓦礫の散らばる旧都の広場に立っていた。
夜の闇が、音を飲み込んでいる。
少し前までここには、仲間の傭兵たちがいた。
だが、もういない。
“無”が通り過ぎたあとには、何も残らない。
「……お前が“無”か。」
答えはない。
代わりに、足元の石畳が静かに沈み込んだ。
影が、揺れる。
次の瞬間、泰弘の肩が裂けた。
「ッ……!」
見えない何かが、爪のように引き裂いた。
血が滲み出し、空気を焦がす。
けれど泰弘はすぐに体をひねり、後ろ蹴りを放つ。
拳や蹴りが届く場所に“いない”。
だが、風がわずかに歪んだ。
確かに、そこに“いる”。
「やっぱりな。」
泰弘は口角を上げた。
“無”は完全に消えてるわけじゃない。
力を使う瞬間だけ、周囲の空間がわずかに揺らぐ。
そこに、攻撃の余波。
そこを、読むしかない。
「……楽しいな。お前、最高の相手だ。」
笑っていた。
腕から血を流しながら、泰弘は拳を構える。
満月が雲間に覗いた。
視界の端で、丸い看板がきらりと光る。
その一瞬、ビーストモードの力がさらに膨れ上がる。
──丸いものを見るだけで、発動する。
それに気づいた自分だけが、誰よりも“完全な獣”になれる。
「見えねぇなら、嗅ぐしかねぇ。」
泰弘は両目を閉じた。
代わりに、耳を研ぎ澄ます。
風の音。呼吸の微かな揺れ。空気の圧。
世界を、肌で感じ取る。
「……!」
背後で空気がわずかに動いた。
泰弘は半歩、後ろへ踏み出す。
拳を逆手に構え、重心を落とす。
──そして振り抜いた。
ドガッ。
拳が、何かを叩いた手応え。
空間が一瞬だけ歪み、黒い煙のような残滓が散る。
“無”の身体が、うっすらと浮かび上がった。
顔は無表情。だが目だけが狂気に染まっている。
「……見えたか。」
「いや、感じたんだよ。」
“無”が笑ったような気がした。
次の瞬間、泰弘の足元が消えた。
地面の影が、彼の体を飲み込む。
「っ……くそ!」
暗闇の中。
視界はない。
音も消えた。
ただ、自分の鼓動だけが聞こえる。
ここは“無”の世界。
影と闇の中に閉じ込められた空間。
抜け出した者はいないと言われる、四天王の絶対領域。
だが、泰弘は笑った。
「……閉じ込めるってことは、そこに“出口”があるってことだろ。」
拳を握り直す。
血が滴り落ち、音が鳴る。
音がある。
音があるということは──空気がある。
空気があるということは──“壁”がある。
「ビーストモード・第二段階。」
低く呟いた瞬間、泰弘の全身が光に包まれた。
背から生えた影が、獣の形を取り、爪が光る。
闇を切り裂く。
音が爆ぜる。
空間が砕け、光が差し込む。
泰弘は拳を突き上げ、暗黒の中から飛び出した。
「おかえり、現実世界。」
“無”が立っていた。
驚いたように目を見開いている。
その瞬間、泰弘は着地と同時に突進した。
風が巻き起こり、拳が閃く。
ドンッ──!
“無”の体が吹き飛ぶ。
見えない壁を突き破り、瓦礫の上に転がる。
夜風がふたりの間を通り抜けた。
「……見えるようになったな。」
「お前のせいで、な。」
泰弘は口元の血を拭って、笑った。
“無”が立ち上がる。
姿を消す力を使おうとするが、うまくいかない。
その理由は、泰弘がすでに“魔力の流れ”を掌握しているからだった。
ビーストモードの第二段階は、魔力を“嗅ぎ取る”。
姿を消しても、魔力までは消せない。
「終わりだ、“無”。」
「……終わり? 違う。“ここから”だ。」
“無”が笑った。
その声は、風に溶けて四方八方から聞こえる。
次の瞬間──地面に散った影たちが、すべて泰弘の形に変わった。
「影写し……!」
“無”の真の力。
相手の影を実体化し、本人と同等の力を持たせる。
泰弘の前に、十体以上の“泰弘”が現れた。
全員が獣の目をして、拳を構えている。
「自分と戦う、か……ままならないね。」
泰弘は笑った。
拳を握る。
満月が再び雲から顔を出す。
獣の影が、さらに濃くなる。
──闘いは、ここからだ。




