プロローグ
俺の名は、泰弘。
神に選ばれし“転移者”のひとり……のはずだった。
異世界。
召喚の儀で与えられる【神のスキル】こそが、人生のすべてを決める。
「勇者」「聖女」「剣帝」「大賢者」――
みんなが光り輝く文字を見上げ、歓声を上げる中。
俺の目の前に浮かんだスキルは――これだった。
【スキル:ビーストモード】
発動条件:満月を視認した時
……静寂。
一拍遅れて、笑い声。
「満月限定w」
「月が出てなかったら雑魚じゃん」
「実戦で使えないスキル、それハズレ確定だな」
俺の胸に、冷たい何かが刺さる。
満月なんて月に一度。
その夜以外、俺はただの人間。
仲間たちはどんどん冒険者になり、街を出ていった。
俺だけは取り残された。
「まぁ、満月が出るまで練習でもしてな」
そう言って、勇者だった奴は俺の肩を叩き、笑って去った。
……くそ。
俺は自分のスキル説明を、何十回も読み返した。
発動条件:満月を視認した時
その一文の中に、“逃げ道”がある気がした。
「視認、ね……」
見た、と認識すること。
つまり、俺が“これは満月だ”と認識すれば、それでいい。
そう思って、俺は丸いものを集めた。
リンゴ、コイン、鏡、魔石。
片っ端から見つめてスキルを唱えた。
……でも、何も起きなかった。
違う。
違うんだ。
何かが足りない。
夜を徹して考え続ける。
満月。
光。
力。
――そうか、“魔力”だ。
この世界の月には魔力がある。
ただの丸じゃダメなんだ。
**魔力を感じる“丸いもの”**を見たときだけ、俺のスキルは“反応”する。
その気づきが、俺のすべてを変えた。
⸻
数日後の夜。
街外れに現れた一人の魔法使いが、俺の前に立ちはだかった。
黒衣、青白い髪、手には杖。
その名は、優。
「お前が、ハズレスキルの泰弘だな」
「……俺の名前、よく知ってんな」
「噂だ。満月を見ないと何もできない雑魚スキル――だろ?」
優の口元が、笑っていた。
その笑いが、胸の奥に火をつけた。
「今日は満月でもねぇし、お前に勝ち目はない」
「……試してみるか?」
俺は懐から、小さな丸い魔石を取り出す。
魔力を帯び、淡く脈打つ青光。
「なにそれ? お守りか?」
「違う。“満月”だ」
優の表情が一瞬、止まった。
俺は魔石を見つめ、静かに呟く。
「──ビーストモード」
空気が裂けた。
骨が鳴る。
心臓が爆ぜ、視界が紅に染まる。
全身を駆け巡る獣の魔力。
爪が伸び、牙が生え、筋肉が弾ける。
「な、なんだ……!?」
「ビーストモード。
満月がなくても、俺は“魔力のある月”を作り出せる」
優の杖から炎が放たれる。
炎蛇が絡みつき、地を焼く。
だが、炎の中を突き抜け、俺の拳が優の頬を打った。
その瞬間、爆風。
優の体が宙を舞い、石畳を転がる。
「ぐっ……バカな、満月は……っ」
「俺が“見た”んだ。
それだけで充分だ」
優が起き上がり、魔法陣を展開する。
四方から雷、氷、炎、風。
複合魔法。
一発でも食らえば致命傷。
でも――もう見える。
獣の目は、全ての動きを見切る。
雷をすり抜け、氷を割り、風の刃を跳ね返す。
優の杖を掴んで、地面に叩きつける。
「終わりだ」
「……馬鹿な、ハズレが……」
「ハズレじゃない。
“抜け道”を知らなかっただけだ」
拳を振り下ろした。
轟音とともに、優の意識が闇に沈む。
⸻
夜明け。
静かな風が吹く。
俺は倒れた優の杖を拾い上げる。
杖の先には、まんまるの魔力結晶。
俺はそれを見つめ、微笑んだ。
「……これで、いつでも“月”を見られるな」
魔力がほんのりと波打つ。
体が応える。
獣の鼓動が蘇る。
「ふっ、これでいい」
俺は月のない空を見上げる。
雲の切れ間に、白い太陽。
その光にも、魔力の脈動を感じた。
――もう、俺は満月なんか待たない。
この世界中の“魔力の丸”が、俺の月になる。
笑われたスキル?
そんなの、関係ねぇ。
「ビーストモード」
世界がまた震えた。
俺の戦いが、ここから始まる。




