表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/11

5話 後編

 あの日から一年後。

 王都の掲示板に貼られた記事を見た俺は、絶句した。


『勇者の墓が何者かによって暴かれる』

『衛兵隊が墓泥棒を捕縛』

『犯人は異種族二人組と判明』


 何だこれは。一体どういうことだ。


 英雄の墓が盗掘された?

 墓泥棒は俺だぞ。

 棺だって、まだ家の地下にある。

 誰にもバレていない。


 この二人組が、墓から何かを盗める訳がない。

 記事には書かれていないが、捜査した連中は気づいているはずだ。

 二人組が盗掘する前から、墓の中は空だったと。真犯人が他にいると。


 唇から血が滲み出た。

 奥歯がギリギリと嫌な音を立てる。


 よりによって、こんな奴らのせいで!!


 こいつらが余計なことをしなければ、俺の華麗な犯行は、明るみにならなかった。

 こいつらは泥棒ですらない紛い物だ。


 棺を盗んだのは俺だぞ!

 屈辱だ、ふざけるな!


 今まで感じたこともない怒りが頭を駆け巡る。苛立ちに任せて掲示板を殴った。


 この屈辱はすぐにでも晴らさなければならない。一年も気づかなかった無能共に、思い知らせてやる。


 俺は隠れ家に戻ると、旅の準備を整え馬車を借りた。

 獲物はもう決まっている。

 勇者の墓を手に入れたなら、同じ英雄を狙うのは当然だろう。

 とはいえ城に忍び込むほど愚かじゃない。

 宝物庫にある勇者の装備は、後回しで良い。まずは警備が甘いところからいただく。


 この世界では人間族以外、墓を作らない。

 だが最近、ドワーフ達の間で新たな動きがあった。

 彫刻師のドワーフが考案した小型の墓石を、王が気に入ったらしい。斬新で画期的なアイデアだと、連中の間でも好評だ。

 そして同時期に起きた墓泥棒の騒動を聞いて、ドワーフ王は家来に命令した。


「ドワーフの英雄の墓を作ること」

「勇者の墓地にそれを運び、彼らの功績を改めて讃えよう」


 ドワーフの英雄。即ち500年前、勇者達と共に魔王を討伐した戦士だ。

 墓が暴かれた事件に対して、ドワーフ達なりに思うところがあったのか。職人が多い種族だから、単純に墓石を作ってみたかったのか。

 それは分からないが、僥倖だ。

 今度はドワーフの墓石を盗んでやる。

 そしてエルフ族英雄の宝も奪い、コレクションに加えよう。


 丁度明日、ドワーフ王代替わりの式典が行われる。

 連中の視線と警備は式典に集中するはずだ。その隙に墓石を盗み出す。

 彫刻師が作るのだ、さぞかし素晴らしい墓に違いない。


 俺は密かに嗤いながら、馬車に乗り込んだ。



 *   *   *



「『墓泥棒の真犯人捕縛。ドワーフ王とエルフの衛兵隊長による、見事な作戦』……だってさ」

「そうですか。安心しました」


 王都で配られた号外記事から顔を上げた。

 割りと驚いているオレと違い、相変わらずイゼは呑気に本を読んでいる。

 本当に、この人間は底知れない。

 溜め息を吐いて、イゼが読み終えた本を持ち上げた。


 壁は見渡す限り天井まで本、本、本の山。

 町の賑やかさと違って、ページを捲る音しかしない静寂さは、深い森を連想させる。

 流石は王都で一番大きな図書館だ。

 棚に収まる古今東西の書物、その在庫数は書庫も合わせると、万を余裕で越えるらしい。

 まさしく本の森。

 そこに設けられた机で、文字を読み漁るイゼの傍らへ、ひたすら書物を運んでは返却する。もう何往復したか分からない。

 司書曰く、今日は利用者が少ない。

 オレ達二人だけのテーブル席には、人の代わりに本が座っていく。


「それで、結局何をしたんだ?」

「何を、というと?」

「誤魔化すなよ。この墓泥棒を捕まえたの、本当はイゼなんだろ」

「まさか。少し作戦を提案しただけですよ」


 にこやかに微笑むイゼは何とも恐ろしい。

 墓守の怒りに触れた哀れな泥棒は、自分が罠に嵌まったなんて、夢にも思うまい。


「でもよく分かったな。オレはてっきり、ユバが犯人だと思ってた」

「私が最初に違和感を覚えたのは、そこなんです」


 勇者の墓を暴いた二人組に、指示を出した黒幕は、役人ユバだった。

 ところが英雄の棺を盗んだのは、奴らとは無関係な人間の男で。しかも一年前の犯行だと、新たに判明したのだ。


「そもそも何故ユバは、あの二人組に盗みを依頼したのかが疑問でした」


 もしもユバが棺を盗んだとしたら。

 自分が犯人だとバレないように、偽物の犯人として第三者に依頼したのだろうか。

 それは不自然だ。

 わざわざ偽物を用意したのに、奴らは雇われたと証言してしまった。だからユバの関与に気づいたのだ。


「本当に棺が欲しいなら、回収後に実行役の二人をすぐ始末すればいい。ユバと彼らが協力していたという証拠は残らない」


 犯人は永久に分からないまま、棺だけ行方不明となる。その後に、仕事を辞めるか引っ越しすると嘘を吐いてユバが消えれば、計画は成功だ。


「でも本来なら、偽物を用意する必要すら無かったはずです。ユバは恐らく人間性ではない。あの魔法のような力を使えば、棺を盗むなど簡単でしょう」


 あの日、垣間見た見たユバの本性。

 夕焼けを覆う程の不気味な影を操る姿を、思い出してはゾッとする。


「ユバはこう言っていました。『お前らが墓守を名乗るなど、500年早い』と」


 500年と言えば、魔物が闊歩していた時代だ。もしかしたら、あいつは魔物の生き残りなのかもしれない。

 であれば、勇者に対して恨みを持っていてもおかしくはない。たとえ棺の中身が、物言わぬ亡骸だったとしても。


 だがイゼが言った通りなら、棺を盗んだのはユバじゃない。

 では何故、泥棒二人を雇ったのか。


「恐らく棺が盗まれたのは、ユバにとっても想定外だったんです。そして彼は、それを私達より先に知っていた」

「一年前の犯行に気づいていたのか? じゃあ何で誰にも言わなかったんだ」

「捜査が始まれば、犯人に逃げられると思ったのでしょう。だから一年間、ユバは犯人を探した。しかし見つけられず、別の策を取った」


 重要だったのは、墓が暴かれたという事実。

 棺を持つ真犯人を動揺させ、炙り出す作戦だったのだ。


「……あれ? 待てよ、じゃあユバは棺を取り戻そうとしたのか? 何のために?」

「狙っていた棺を横取りされたから、取り戻すためか。それとも、棺に関する何かが明るみになるのを防ぐためか」


 どちらにせよ、ユバも英雄の棺を手に入れようとしたのは間違いない。


「ユバが本物の魔物なら、何百年も正体を隠してきた変装のプロです。そんな彼でもボロを出すくらい、焦っていたのでしょう」


 正体を暴く決め手となったあの発言は、犯人が見つからない焦りがあったから。


「私はユバの作戦を利用させてもらっただけ。真犯人は手掛かりを残さず、プライドが高い人物。そんな彼を無視して、あの二人組が墓泥棒だと言われたら、当然怒るでしょう」


 そこでイゼは墓泥棒を捕まえるため、フォード隊長に頼み、偽の情報を流してもらった。

 ドワーフ王が命じた墓石。それが完成した日と保管場所、お披露目の日程について、わざと違う情報を伝える。

 間違っていても問題はない。

 人間含め全ての種族は、墓に関する興味関心が少ないから。

 凝り性な職人が多いドワーフにとっては、作業が予定より長引くことは珍しくない。

 だから上記の日程は、あくまでも目安だと認識している。

 どうせ作るなら完璧なものを、という命令だったので、最初から製作期限は定めていなかった。


「案の定、偽の情報に釣られた泥棒は、ドワーフ王自ら成敗したらしいですよ」

「王様、意外とノリノリなんだな」


 とにもかくにも、泥棒は捕まった。

 残る問題はユバだ。衛兵や魔術師が捜索しているが、未だに見つからない。

 だがこの騒動を聞けば、何らかの動きを見せるはずだ。


 現在、勇者の棺は城で保管している。大勢の衛兵や魔術師がいる城なら、ユバも近づかないだろう。

 しかし慰霊月になれば、棺は元の墓地へ戻される。慰霊月は国の神聖な行事だ。中止にすることは出来ない。

 行事の最中にユバが現れたら、どんな被害が出るか。


「それだけは絶対に阻止しなければなりません」

「ああ。魔物について調べ、対策を考える。次こそ捕まえてやる」


 オレは積まれた本を取り、ページを開いた。

 文字の羅列に目眩がするが、少しでも手掛かりを集めないと。



 慰霊月まで、あと少し。


次回の更新:一ヶ月以内には何とか……。

あと2話で完結予定です。


しばらく更新遅くなります。

理由は急激な寒さによる風邪。

すぐに治します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ