5話 前編:盗賊の男は
誤字脱字ありましたら申し訳ありません。
後日修正します。
光あれば必ず影が生まれるのと同じだ。
治安が良いと言われる王都にも、ゴミの溜まり場みたいな区画がある。
かつては小さな町だったが、発展した王都付近に移住する者が増えた結果、家主に見捨てられた空き家達。
脱け殻となった町は今や、居場所を無くした貧民や悪党のもの。
色んな奴らが暮らしている。
放置されたままの家具などを売り、少ない金に変え慎ましく生活する奴。
衛兵の目を掻い潜り、鑑定魔法が使えない平民相手に、阿漕な商売を行う奴。
俺はどちらかといえば後者だった。
商売相手は人じゃない。というか、商売でもない。
俺は盗賊だ。別に自分で名乗った訳じゃないが、元々住んでいた国では、泥棒や怪盗だと揶揄された。
確かに世間的に見れば俺は泥棒だろうが、目的は金儲けじゃない。あくまでも蒐集だ。殆ど趣味に近い。
己の欲求を満たすための盗みを見て、世間は愉快犯と罵った。
でも俺は、俺の知的好奇心に従っているだけだ。
自分の欲しいもの、興味があるものを盗んで、それの何が悪い?
許可を取れば正当化される発掘調査だって、遺跡の当事者にしてみれば不法侵入だろう。
結局、常識と価値観は時代が決めることであり、他人がとやかく言う資格などない。俺が非難されるのは可笑しな話だ。
この異世界は、俺の好奇心を満たしてくれる。
始まりは一年前だ。鮮明に思い出せる。
当時、俺は雑木林の中で目を覚ました。
もちろん最初は混乱したよ。
この世界は一体何なのか。どうやってここへ来たのか。元の場所に帰れるのか。一切分からない。
だが、そんな事どうでもいい。
知らない国、歴史、文化、鉱石、美術品。
全て興味深い。未知の宝庫だった。
あらゆるものを手中に収め、コレクションしたい。
元の世界に帰る方法は、全部奪い尽くしてから考えればいい。
最優先は食糧と水、貨幣。
とにかく情報が必要だ。大前提として言語は通じるのか。色々調べなければならない。
幸い、林から近い場所に都があった。
人や物資は大きな町に集まる。
躊躇いもせず俺は王都へ向かった。
どうやら、この国は王政らしい。中世ヨーロッパ風の城と、兵士が剣を携え歩く光景に圧倒された。
等間隔に設置された見張り台は、町を監視するカメラや、交番みたいな役割なのだろう。
何より、人間とは明らかに異なる種族が普通にいて驚いた。
よくファンタジーに登場する獣人や、エルフっぽい彼らはコスプレじゃない、本物だ。
要するに、ここは異世界なのか。
いやはや素晴らしい。どこまで俺の好奇心を刺激するんだ。
しかし王都で盗みを働くのは、かなり厳しいと実感する。
俺はただの人間だ。それこそ異世界特有の魔法とか超能力を使われたら、勝ち目などない。
難易度の高さに冷や汗が流れる。だが僅かに昂揚もあった。簡単な盗みは面白くない。
元々いた世界でも、俺は一切の痕跡を残さなかった。如何なる警備だって掻い潜り、警察連中を欺いてきた。
この未知なる世界で盗みを成功させた時、どれほどの達成感を得られるだろう。
諦めるのは、泥棒のプライドが許さない。
通行人が話す言葉は理解出来た。看板も読める。まるで自動翻訳した画面を見ている気分だ。
不安要素だった言語をクリアした俺は、図書館らしき建物へ入った。
凄まじい広さの館内に目眩を覚えながら、目当ての本を探した。
図書館では会話を控え、静かにするのがマナーだが、こっちの世界だとその感覚は薄いらしい。
寧ろ図書館は交流の場所、皆テーブル席で雑談している。お喋りに夢中で、誰も俺が王都の民だと気づかない。良い隠れ蓑だった。
さて、調べて分かったことだが、ここはマジのファンタジー世界だった。
魔法や異種族はもちろん、かつては魔王までいたらしい。
既に討伐された後だと知って安心した。
魔王なんて現れたら、盗みどころじゃない。
好奇心よりも我が身の安全第一。引き際は弁えている。
しかし皮肉なものだ。
魔王が消え、英雄もお払い箱になったおかげで、誰にも邪魔されず勇者を手に入れることが出来るのだから。
そう、勇者。
俺が欲しいと思ったのは、英雄の棺だ。
墓に埋葬した棺とミイラ。
それと一緒に発掘される財宝。
歴史的な価値がある、貴重な品々。
欲するなと言う方が無理な話だ。
博物館のガラス越しに見るだけじゃ、満足出来ない。手元に置いておきたい。ずっと眺めていたい。
しかも勇者の墓だぞ。
この500年間、英雄の墓を盗掘した者なんていないだろう。異世界史上初の墓泥棒というトロフィーは欲しい。だが、決して自分が犯人だとバレてはいけない。
なんて贅沢な二律背反だろうか。
偉業を成し遂げた英雄は、無情にも忘れ去られ過去の人。
墓地の場所を聞けば、相手は露骨なほど忌避感を見せた。墓参りという概念自体が無いようだ。せいぜい慰霊月とやらに、期間限定で故人を偲ぶ程度の良心。
まったく、盗人としては好都合だ。
北の街道沿いに墓地があると知った俺は、下見へ出掛けた。
薄気味悪い林を抜けた先の、寂れた墓地。
整列した周囲の墓標より少し大きい墓がある。
他の墓石と比べれば立派な造りだが、とても英雄が眠る場所とは思えない。
王族は権威の象徴として、豪華絢爛な墓を作るのに。英雄にはそこまで金を払わないのか。
英雄の名前が刻まれた石を見つめる。
記録としては、墓には棺のみ納めたと書かれていた。
真偽は分からない。亡者に対する関心が極端に低いせいで、勇者の墓についての文献は少なかった。
もしかしたら、世間を欺くためなのか。
誰も墓を暴こうなどと思わない。
本来は宝物庫で管理する宝や武器を、敢えて棺に納めれれば、逆に安全と言えるだろう。
どちらにせよ、俺は根こそぎ手に入れる。
一応墓守はいるが、夜は見回りを行っていない。危険な野生動物が出没するからだ。
街灯や車道が無いゆえに、夜出歩くのは想像以上に怖い。
空き家地区に戻った俺は、浮浪者達が開く市場を物色した。
畑から無断で仕入れた野菜や、騙し取った珍しい魔法道具、武器が売られている。ろくな警備システムもない。商品を二つくすねるなど、朝飯前だ。
動物避けの効果を持つ魔法の鈴。
身体能力を増強する腕輪。
それらを身に付けて、再び墓地の敷地に侵入した。
墓石を慎重に押し退け、地面にスコップを突き立てる。魔法の腕輪があっても、時間がかかる作業だ。
定期的に周囲を確認しながら、なるべく早く土を掘る。
やがてスコップの先端が、岩のように固い物とぶつかった。
表面の細かい土を払い除けると、重厚な黒い石の扉が現れる。俺は逸る気持ちを抑えて、周りの土を掘り返した。
棺の上から土を被せ、地面に埋葬するが一般的だが、やはり勇者は特別扱いらしい。
小さい石室のような空間に、棺は安置されていた。
黒と金の装飾が入った長方形の棺。この中に、500年前のヒーローが眠っている。
緊張感と興奮で身震いした。
記録の通り、棺だけしか埋まっていなかったが、それよりも現物が残っていたことに安堵する。
棺を持ち上げ外に運び出す。
穴が空いた地面を土を元通りに均し、墓石を置いたところで、ポツポツと小雨が降って来た。
魔術師の天気占いが的中して良かった。
掘り返したことで不自然になった地面の色も、雨が消してくれる。
棺を担いで足早に墓地を後にした。
走りながら、無意識に口元が笑っていた。
あれから何日か経ったが、誰も墓が盗まれたことに気づいていない。気づいたとしても、俺の仕業だとは思わないだろう。
証拠は全て処分してあるし、痕跡は雨が洗い流した。
何事もなく時間だけが過ぎ、俺は笑いが止まらなかった。
慰霊月には空っぽの墓の前で偲ぶのだ。
なんて滑稽だろう。
この世界でも俺は逃げ切った。
逮捕不可能の泥棒なのだ。




