9話 亀裂
「はぁ〜良かったぁ〜」
スヴェインとの月の雫ブランド2号店への視察を終えてシャノンは伸びきっていた。今までこっそりとしていた事業をスヴェインに話せたことで内心ホッとしていたのだ。
別段言っても問題はなかったものだが、イアンとこっそり始めた事業はなんだかスヴェインに悪い事をしているようで言い出しにくかったのだ。
「シャノン様」
「なぁにぃプリシラ〜」
うーんと伸びをしながら侍女のプリシラの方を見る。赤毛を短く切りそろえたエルフ族の女性はペラペラと紙をめくりながら凛と立っていた。
「今回の視察中の報告書が上がってきてます。別段確認不要と判断したものは私の方で処理しましたが幾つか見てもらいたい点があります」
「そうなのね、ありがとう」
シャノンはプリシラから紙の束を受け取る。
「あとは、スヴェイン様とシャノン様のご結婚式の準備に関する企画書が上がってきております」
ピタリとシャノンは止まる。
(もう、そんな時期なのね……)
シャノンは先月21歳になったばかりだ。結婚にはまだ少し早いかもしれない年齢だったが、スヴェインは今年26歳。結婚の話が持ち上がっても全くおかしくない年齢だった。
シャノンが王妃とならなければ側室は娶れない。シャノンはライラを側室とするために若干前のめりで準備を進めるのだった。
―――
最初に違和感を覚えたのは、シャノンが結婚式準備を始めてからだいたい4ヶ月後。毎年恒例の新春を祝うパーティでの場だった。
いつも通りスヴェインにエスコートされるシャノンは事業のための情報収集に勤しんでいた。
次から次へと挨拶に来る御仁たちとスヴェインと一緒に雑談をしながら挨拶回りを終わらせる。
「そろそろ音楽が始まるね。シャノン、行こう」
「はい、スヴェイン様」
ダンスフロアに出ると、ファーストダンスの曲が流れ始める。
これをスヴェインと踊るのもシャノンは慣れたものだった。
クルクルと回りながら周りに意識を向けるとライラが見えた。彼女はまるでこちらを見るのが辛いとでも言うかのように目を伏せ、その表情はとても暗かった。
曲が終わるとお互いに礼をし、ほかの招待客にフロアを譲る。
公の場でスヴェインはライラとあまり一緒に居ない。その辺の偽装はきっちりしていた。だけど今までライラがあんなふうに自分達を見ていない事はなかったのだ。いつも穏やかに拍手をおくってくれていたライラの姿を思う。
(そっか、愛する人が他人と結婚するのだから当たり前ね)
しゅんとシャノンはライラの気持ちにあたりをつける。今日の挨拶回りもほとんどがシャノンとスヴェインの結婚を祝うようなものばかりだった。
(1度ライラにフォローをいれないと)
自分はスヴェインを敬愛しているが、もう男性としては見ていないということを話さなければとシャノンは思うのだった。
―――
それからすぐにシャノンは約束を取り付けてライラの元を訪れた。
ライラは元気こそなかったがいつものようにシャノンを迎え入れてくれた。
シャノンは王妃教育で培った巧みな話術での雑談から始めた。まずはライラの緊張をほぐそうとしたのだ。話が弾み、ライラも笑いだしたところで、本題へと切り替える。
「なにか、元気がないように見えるけれど、何かあった?」
あったもあっただろう。シャノンとスヴェインの結婚式というでかいイベントが準備中だ。
だが、シャノンは一応確証を得てない状況でそんな事実を話し出すことは出来なかった。
「スヴェインにね、別れようって言われたの」
「は?」
青天の霹靂だった。突拍子もない出だしに、シャノンは何が起こったのか理解するのが遅れてしまった。
「えっと?」
「もう私を側室にしてくださるって話はスヴェインの中では無くなってるんですって。もう、恋人として会うのは……やめようって……」
「け、喧嘩でもしたの?」
「ううん。そんなことはないわ。スヴェインはただ一人、貴方をそばに置くと決めたみたいなの」
うるうるとライラはその目に涙を貯める。
シャノンは困惑していた。なぜそんなことになっているのか未だに理解が追いついていない。
「きっとなにかの間違いよ。ほら、マリッジブルーってあるじゃない?きっとそういうので勢いでいっちゃっただけよ」
はたとシャノンはそういえばここ最近ライラとスヴェインのデート偽装が無かったことに思い当たる。結婚式の準備や事業の方が忙しくて全く気にできていなかった。
「いいの。王妃に相応しいシャノンが居るんだもの。私は喜んで身を引くわ。今まで本当にありがとう」
「でも……だって、……」
あんなに仲が良かったじゃないかと、シャノンの方が泣きそうだった。
スヴェインとライラが幸せになってくれると、そう信じて、そしてその末に自分の幸せもあるかもしれないと願ってここまでやって来たシャノンは、ガラガラと足元が崩れていくような心地だった。
ちなみにライラ24歳、
イアン27歳です