8話 スヴェインの反省
(どうしたものか)
スヴェインは悩んでいた。ライラとの関係は、シャノンの協力のおかげで順調に深められている。
悩みの種はそのシャノンだ。
スヴェインはシャノンをライラとの関係を誤魔化す隠れ蓑のように扱っているが、その分2番目に愛するという約束は果たしていた。
シャノンへの感謝を欠かしたことはないし、彼女が喜ぶような扱いもしてきた。
シャノンには王妃になってもらうのだ。
優秀な彼女は、家柄、能力共に申し分なく、シャノンとのデートが頻繁に行われていると思われている世間から見ても王妃にふさわしい人物だと言える。
スヴェインはシャノンともある程度の仲は深めておかなければならないと常々考えているのだ。
だが、どうもスヴェインはシャノンとの仲が深まっているようには思えなかった。
シャノンは立場をわきまえ過ぎており、人の目があり、スヴェインの評判などに関わる噂が流れそうな場面でしか、スヴェインと話さない。
それも仕事の話が主で、本当のプライベートではシャノンとスヴェインは全くの他人のようなものであった。
スヴェインはシャノンと何とか普通に話そうと試みてみる。
「やぁ、シャノン」
「すすすすスヴェイン様!!」
ガサガサとシャノンは後ろ手でなにか紙のような物を集める。
「何をしていたんだい?王妃教育の復習?」
「たたたたいしたことではありませんわ!ちょっと絵を描く練習を」
「君は絵を嗜むの?いいね、私も見てみたいよ」
見せてと手を伸ばすとシャノンはお見せできるものではないのでなどと言ってぴゅーっと逃げてしまった。
スヴェインは諦めずシャノンに声をかける。
「シャノン?何をしてるの」
「ひゃあ!スヴェイン様!」
バシンと、シャノンは勢いよく読んでいた本を閉じた。
「なんの本を読んでたの?」
「えーっとちょっとした歴史書……みたいなものでしょうか」
「そうなんだ、国の歴史書?シャノンは勉強熱心だね」
「あ、ありがとうございます」
「僕も読んでみたいな、なんて言う題名?」
そう聞くとシャノンは用事を思い出したなどと言いながら本を後ろ手に隠し、ぴゅーっと逃げてしまう。
いつもこんな調子だ。
お茶会を開けば彼女は普通に来てくれるが、お茶の席ではどうしても仕事の話に話題がそれていってしまう。
そういう事ではないのだ。スヴェインはシャノンと普通におしゃべりしたいと思っているだけなのだ。
ならばとスヴェインは作戦を変える。
「シャノン。今度の新作オペラ一緒に見に行かないかい?」
「私と、ですか?」
「そう。話題になりそうな題材だし君も見ていた方がいいよ」
「ありがたい申し出ですけれどライラに悪いですし遠慮させていただきますわ。そう!ライラと一緒に見に行かれては?」
「私は、君と行きたいのだけど……」
「まぁ。ご安心くださいませ。同情していただかなくとも私はスヴェイン様のお役に立てるだけで幸せなのです」
「……うん、そうか……」
にっこりと屈託なく笑う彼女はスヴェインの事が嫌いになったという訳では無いのだろう。愛情は感じるのにどこか遠い彼女をスヴェインは困ったように扱うしかなかった。
ライラとの関係に嫉妬して怒っているのかと思えばそうでもない。
ライラとシャノンは仲が良く、よくシャノンがクレイヴァン伯爵家に行ってお茶会などをひらいている。未来の王妃と側室が仲が良いのは良い事なのだが、どこかズレているような気がしてスヴェインはモヤモヤとした気持ちを抱きながら2人を眺めるのだった。
茶会などでの言動も報告を聞いてみれば、ただ忠実に臣下のように、婚約者役の王妃の役割を果たしているようであった。ライラのことを貶めるといった行動もこの3年見たこともないし、ライラからもシャノンはとても信頼されているのだ。
―――
「『月の雫』?」
「はい。最近ご令嬢の中で話題の化粧品ブランドでシャノン様が立ち上げ人として旗を振っている事業です」
「事業なんて始めてたの、シャノン」
初耳である。
どうやら3年ほど前から隠れて事業に奔走していたらしい。それにしても言ってくれればいいのにとスヴェインはしゅんとシャノンに話して貰えなかった事実を悲しんだ。やはり自分はもっとシャノンに歩み寄るべきだとスヴェインは立ち上がる。
「シャノン、君、事業をしているんだって?」
そう問いかければシャノンは慌てふためきながら言い訳のようなものを連ねてきた。
「ななな何故それを!違うのですこれは色々とありまして!!」
わたわたと手を振る彼女は普段の凛とした態度からかけ離れておりスヴェインは愛らしさすら感じた。くすくすと笑いながら普段とは違う彼女を詰めればシャノンは観念したように白状しだした。
「ちょっと2人のデート時間が暇だなーって始めた趣味のようなものでして、やってみたら意外と儲かるし楽しいし止まらなくなっちゃって」
モジモジと指を回しながら話すシャノンはどこか照れているようだった。
「いいじゃないか。何も私は怒ってはいないんだよ?言ってくれれば協力するのに、みずくさいじゃないか」
「あうう、す、すみません、なんだか言い出しにくくって」
しゅんと、まるで怒られている子犬のようなシャノンに温かな愛情を覚える。ライラと居る時とは違う、おだやかな情愛だ。
今ならばとスヴェインは「シャノンの事業が見てみたいな」とデートの提案をしてみる。
シャノンが「ちょうどブランド専門店の2号店ができたんです」と言ってくれたことでやっとスヴェインは彼女をデートへ連れ出すことに成功するのだった。
スヴェインは理由がなければデートには誘えないようだと、今までのシャノンへの扱いを反省する。これからはたまにはシャノンとも時間を過ごそうと心に決めるのだった。
―――
「とても繁盛してるみたいだね」
「そうみたいですね!私もここに来るのははじめてですが、王都の1号店にも負けない売上げ具合で、新作もバンバン出荷されてるんです!客層も結構富裕層の方から市井の方まで幅広くてとても期待のできる2号店なんですよ!」
シャノンは早口でまくしたてた。
(シャノンってこんなによく喋るんだ)
普段見ない姿に彼女が興奮しているのがよくわかった。
事業の成功が嬉しいのだろう。自分とのデートを嬉しく思っていてくれるのかもしれない。どちらにしろ元気に店舗の店員と仕事の話をするシャノンが楽しそうでなによりだとスヴェインは微笑む。
「スヴェイン様、こちらがうちの新商品なのですが老若男女問わずに大人気の香水なのですよ。いかがですか、ライラへのお土産に」
そんな事を言うシャノンはすっかり商売人の顔だった。
苦笑しながら「買うよ」と言えばシャノンは「ありがとうございます」と微笑んだ。
はたとスヴェインは止まる。シャノンがライラのことを気遣うような発言をしたのはこのデート中さっきの1回だけではなかったからだ。彼女は時折ライラのことを気遣うような言動があり、シャノンが今までほんとうに忠実に自分の願いを叶えようとしてくれていたのだとスヴェインはようやく理解することになる。
(それなのに私は、彼女を蔑ろにしすぎてやいないか?)
今でこそ事業という生きがいを見つけて生き生きとしている彼女だが、辛い時もあったはずだ。そんな想いはさせまいと振舞ってきたつもりではあったが、やはりスヴェインはライラを優先させてきた記憶しか無かった。
シャノンの明るい振る舞いにスヴェインは甘えていたのだ。
スヴェインは彼女に対しての罪悪感と、やはりどこか温かい感情を覚えるのだった。