2話 婚約者"役"
「あの、スヴェイン様……婚約者"役"とはいったいどういったことでしょうか」
説明するよとスヴェインはにっこりと笑った。いつものスヴェインの笑顔なのに、どこか冷たい、シャノンにはそんな風に感じ取れた。
「実は僕には想い人が居てね、ライラ・エル・クレイヴァン伯爵令嬢と言うんだけど」
知ってる?と聞かれてライラの事だけならとシャノンは頷いた。
ライラ・エル・クレイヴァン伯爵令嬢。スヴェイン殿下の母方の従姉妹に当たるご令嬢だった。
「周囲からは猛反対されていてね、なんでもクレイヴァン伯爵家から2代続けて王妃が出るのは政治的にあんまり良くないことらしい」
はぁとスヴェインはため息を付く。確かにクレイヴァン伯爵家から連続で王妃が出るのは他の貴族からのやっかみなどもすごそうだとシャノンは思う。
「最近じゃあライラに会うこともままならない始末なんだ。僕が愛おしいと思えるのは彼女だけなのに」
自分は何を聞かされているのだろうと、シャノンは涙を堪えるのでいっぱいいっぱいだった。スヴェインに好きな人が居るという話は噂程度で知っていたが、本人から語られるのとでは信憑性がちがう。
「ライラを側室に置き彼女を一番に愛することを許してくれるのなら君を王妃に据え、二番目に愛すると誓うよ。これが婚約者役の意味。どうだい?」
あぁ、彼は酷い人なんだと、シャノンは思った。
シャノンの気持ちを知った上でそんな提案をしてくるなんて鬼畜の所業としか思えない。
でも、シャノンはそれでも良かった。王妃と側室など王族にはよくある話だ。現リュミエール王のゼフィール様は側室を置かず、王妃だけを愛していたが、先代や先々代では側室が居るというのはままある事だった。
それにスヴェインはシャノンの事を2番目に愛してくれると言った。スヴェインの中で2番目だ。それは、それは、シャノンにとって十分幸せなことのように思えた。
「分かりました。スヴェイン様のお役に立てるのならそのお話お受けさせて貰います」
「あぁ、ありがとう。君にそう言って貰えて嬉しいよ」
それからシャノンとスヴェインの婚約話がまとまるまでに1ヶ月もかからなかった。
ライラと初めて会わされたシャノンは、なんて儚げなご令嬢なのだろうという感想を得た。ライラはスヴェインの従姉妹らしくスヴェインと同じような金髪に碧眼の大人しそうなご令嬢だった。
(私とは正反対のタイプだわ……)
水色の髪と蒼い瞳を持つシャノンはどちらかと言うと活発で明るい令嬢だと言って過言では無いだろう。なんせスヴェインを追い回す程の胆力の持ち主だ。
スヴェインはライラをそれはそれは大切に扱っているようだった。婚約者としての扱いを受けているシャノンですらスヴェインのあんな笑顔は見たことがない。
(私にもあんな笑顔を向けて欲しい)
そう望むのは自然の流れだと言える。
スヴェインの婚約者として挨拶をするシャノンをライラは悲しそうな目で見つめた。
(あぁ、この子もスヴェイン様の事が好きなんだわ)
女の勘と言うものであろうか、シャノンはライラの視線からそうであると感じ取っていた。ライラとスヴェインは両思いなのだ。
「シャノンは協力者だよ、ライラ」
「協力者……ですか?」
シャノンは二人の会話に耳を傾ける。
「シャノンには将来王妃になってもらう予定だが、私はライラ以外を愛することはないよ。国の情勢を考えると仕方の無いことなんだ」
「えっ、でも……」
ライラは痛ましげにシャノンに視線を送る。その控えめな様子から争いごとが苦手な人なのではないかとシャノンは思った。シャノンは苦しい心を隠しながら言葉を紡ぐ。
「王妃と側室の関係でも仲良く出来ないことはないはずよ。私はスヴェイン様のお役に立てるだけで幸せなのです。スヴェイン様の幸せのお手伝いができるだけで十分なのです」
そう言って笑って見せると、ライラは今日初めての笑顔を見せた。
(ああ。可愛らしいご令嬢だわ)
スヴェインに愛されるライラがシャノンは心底羨ましかった。
それからシャノンの辛い婚約者"役"生活がはじまった。
スヴェインはシャノンを婚約者として扱ったが、シャノンを隠れ蓑にライラと密かに会っていた。
例えば視察で、例えば城下のデートで、例えば王城での茶会で。
シャノンとライラは背格好が似ていたから髪の色を変える魔術で髪の色を交換してドレスも変えてしまえばそっくり入れ替わることができたのだ。
今日もシャノンは王都のカフェで1人本を読んでいた。その髪は魔術で金色に変え、シャノンなら普段絶対着ないようなピンクのドレスはライラのものだ。
今日はスヴェインとライラは城下町でデートをしているらしい。
呼び出されたシャノンはただライラと入れ替わりここで待つだけ。
(ライラが羨ましい)
でもシャノンにもご褒美はあるのだ。お役目が終わったあとはスヴェインからたくさん感謝して貰えるし、たまにお土産を貰うこともある。シャノンはスヴェインの役に立てているのだと感じるだけで嬉しかった。
スヴェインによく思われようと王妃教育だって頑張った。スヴェインはシャノンの努力は認めてくれているようで、よく頑張ったねと頭を撫でてくれる。
そんな日には舞い上がってしまってどうしようもない。
婚約者としてパートナーとしても完璧に振舞った。
「君は優秀だね」
なんてスヴェインに褒められるだけで嬉しかった。
だけれど、スヴェインはライラに向けるような愛おしげな笑顔を向けてくれることはない。
シャノンは少しづつこの立場の辛さを覚えることになる。
嬉しい、満足、これ以上いらないと言い聞かせても、ライラとの扱いの違いが明らかになってくると羨ましくて仕方がないのだ。
今日もスヴェインはライラとオペラデートをするらしい。
はぁとため息をつきながらシャノンは準備に取り掛かるのだった。