13話 シトリン
シャノンが正式に王妃となる日までもう少し。
シャノンはバタバタと慌ただしい日々をおくっていたが、結婚式が近づくにつれやらないといけないことも徐々に減っていった。
(あとやらないといけないのは……)
ぎゅっと書き終えたクリーム色の封筒を握る。
「プリシラ」
「はいシャノン様」
「これを、内密にイアンに届けてくれないかしら」
丁寧に手紙を受け取ったプリシラはどこか悲しそうな表情をしながら「かしこまりました」と頷くのだった。
―――
今日のシャノンはいつものようにライラの変装をしていなかった。水色の髪は下ろされ、深くフードを被ったシャノンはいつものカフェの扉を押す。
個室の客の連れだと店員に話せば、見慣れない女性であるはずのシャノンも「伺っております」と奥へと通された。
個室の前でフードを取り、深く1つ深呼吸をした。
ドアを開ける。
そこにはいつものようにイアンが待っていた。
シャノンが後ろ手にドアを閉めると、イアンはつかつかとシャノンに歩み寄る。そして、祈るように、耳元を確認するようにシャノンの横髪を撫でた。
今日は耳には何もつけていない。
イアンは苦しげに顔を歪めた。唇を引き結び、そっとシャノンの両肩にその手を添える。
「アクセサリーは身につけてこそ、その価値を発揮するものだと思うけど?」
突飛な一言目だったが、シャノンにはすぐにその意味が分かった。
「なくしちゃいそうだもの」
今あのピアスを着けてこられてもイアンは困るだけだろう。なんせシャノンとスヴェインの結婚式はもう間近なのだから。
「今日はね、あなたにお礼とお願いをしにきたの」
「そう」とイアンはどこか投げやりに答えた。
「この部屋でイアンと事業の計画を考えるの私とっても楽しくて大好きだった。辛いお役目がへっちゃらになったのも全部全部あなたのおかげよ、イアン」
肩に置かれたイアンの手に自分の手を重ねる。
「今まで本当に本当にありがとう」
「どういたしまして。俺も、うん。楽しかったよ君と話すのは」
そう言ってイアンは優しく笑った。
「それで、お願いなんだけど……あなたが今右耳にしているそのピアス。私にもらえないかしら」
ひゅとイアンが息を吸い込む音が聞こえた。
目を見開き、自分が今聞いた言葉が信じられないというふうに首を振る。
「これは大事なものなんだ。これがないと大切なレディを助けに行けなくなってしまうよ?」
「レディはもう助けを必要としてないかもしれないわ」
シャノンはイアンの右耳に手を伸ばす。短く切られた金髪の隙間からのぞくのは、あのシトリンのピアス。
「レディは国のために尽力する立派な王妃になるの。優秀な未来の伯爵様を縛り付けておくなんて出来ないわ」
涙声にはなっていなかっただろうか、きちんと笑えているだろうか。シャノンはそれを気にするのでいっぱいいっぱいだった。
今ここで泣き出しでもしたら彼に攫われてしまいそうだったから。
「ね、イアン?」
イアンは懇願でもするかのようにシャノンの手に頬を擦り付けた。
シャノンもそれに応えイアンを撫でる。
「分かったよ」
長考のあと、やっとイアンは頷いてくれた。
コロンとイアンの耳から外されたシトリンがシャノンの手にわたる。
「俺からもお願いがあるんだけど」
「なぁに?叶えられることならどんなことでも叶えてあげる」
シャノンは笑う。
「1度でいいからそのピアスをつけた君が見てみたい」
「そんな事でいいの?」
シャノンは肩透かしを食らった気分だった。でも、イアンがそう望むならとピアスを着けようとがんばる。がんばる、が、自分でピアスを着けるのは難しくなかなか上手くいかない。
「不器用だね、君は」
「いつもプリシラがこういう事はやってくれるんだもの」
「貸して?」
イアンにピアスを渡すと彼はシャノンの右耳につけてくれた。
そしてコツンと額を合わせてくる。
「ずっと君は俺にとって大切な人だったよ」
「うん」
どちらからともなく2人の距離は縮まり、やがて重なる。
どこか強引に、それでいて優しく与えられる口付け。
どれだけそうしていただろうか、幸せな時間は長い時間のようであっという間に終わってしまった。
「ありがとう。これ、大切にするわ。……さよならイアン、幸せになってね」
「あぁ。君も。幸せになってくれ」
シャノンが、扉を閉めて、ピアスを外し、しばらく放心していると、ガタンッと中からなにかがぶつかったような、勢いよく倒されたようなそんな音がした。
シャノンは中が気になったが、ぎゅっとピアスを握りしめると、フードを深く被り直し、カフェを後にするのだった。