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 シリウス・ルヴィグラが初めて挫折を知ったのは、五つの時であった。大国ディミドリーフでは、生まれて五度目の春が訪れた子供の魔力を必ず測定している。そしてその高さが毎年新聞の一面に取り上げられ、ルヴィグラ家三兄弟の長兄、次兄はその高さを更新し続けており、末弟シリウスには、家の者のみならず、各公爵家、ひいては王家まで方々から大きな期待がされていた。


 しかし、その年シリウスが魔力保有量一位を取ることはなかった。


 それどころか、新聞に掲載される上位五十名に入ることすら出来なかったのだ。


 以来、ルヴィグラ公爵と夫人は、彼の存在を徹底的に無視した。魔力が少ないことを上の兄が馬鹿にし、玩具のように扱っても止めることはしない。遊びの延長でシリウスが死んだとしても、むしろ都合がいいとすら考えている節があった。


 上の兄に魔力を吸い取られた、空っぽの玩具。兄のみならず周囲からも揶揄され、シリウスの居場所はどこにも無かった。


 だからこそ、シリウスは努力を重ねた。魔力が少なくとも高位の魔法が扱えるよう、寝る間も惜しんで努力を重ね、魔術の研究をした。そしてとうとう、十二の時に少ない魔力で高位の魔法を繰り出せる術式を開発し、学園に入学したその年の武闘大会で優勝を果たした。


 それから、兄や両親はわずかながらシリウスを視界に入れるようになった。成績一位を取れば、挨拶を交わすことができるようになった。首席で学園を卒業したら、言葉が交わせるようになった。魔法士の資格を最年少で取れば、共に食事をするようになった。


 そして、国一番の魔法士になったら、誕生日に祝いの言葉をもらえるようになった。


 シリウスにとって誕生日を親から祝われるというのは初めてだった。兄たちの誕生日はもちろん、父や母の誕生日だってみんなで祝っていたが、シリウスだけは祝われたことが無かった。毎年、もしかしたら今年は祝ってもらえるかもしれない、あれをがんばったから、これをがんばったからと思っていたが、ついぞ祝われることは無かった。でも、国で一番という評価を受けたその年、「誕生日おめでとう」と言われた。


 存在を許された瞬間だった。


 シリウスが家族の輪に入れたと感じるようになったのは、彼が卒業と同時に魔法士の資格をとった十五の頃だ。彼は魔法省で働きはじめ、違法な魔力石を売買する人間の取り締まりを行う仕事に就いた。そこでも最優秀の成績を納め続け、彼が二十歳になったころだ。兄たちを抜いて次期宰相の話が持ち上がり、末姫である王女シンディーとの婚約話が舞い込んだのである。


 このままいけば、きっと家族でいられる。


 無視されない。


 邪魔な存在じゃなくなれる。


 シリウスはそう考え、日々の仕事に打ち込んだ。魔法士の職務は順調であったが、最年少である彼と、彼より一回りも二回りも年上の部下たちとの折り合いは、決して良くなかった。


 シリウスは、神経質なところがあり、幼いころから矜持を踏みにじられ続けてきたために、気位が高すぎる面がある。そういったところで軋轢が生じていた。さらに、完璧でないと両親に目を向けてもらえないという彼の強迫観念に似た部分は、奔放で、よく言えば自由、悪く言えば幼いシンディーと、日頃衝突を繰り返した。


 シンディーは、度々ガイと姿を眩ますことが増え、シリウスが注意をしても聞くそぶりがない。東へ向かう旅の途中、自分と婚姻することは国の均衡を保つ上でどんなに重要なことなのか、婚約者以外の男と王女が二人きりになることが、外国にどんなふうに広がり、そして国民に対してどんな影響を及ぼすのか何度説き伏せてもついぞ頷くことはなかった。


 誰も自分を理解しようとしない。でも、自分は将来宰相の地位を得るのだ。そうしたら、きっと理解せざるをえなくなる。誰にも無視なんてさせない。シリウスはただひたすら宰相への夢を追いかけ生きてきた。東の魔物を見事討伐し、全てが順調にいっているはずだった。しかし、あと一歩のところで、全てが砂の城のように、荒れ狂う波にさらわれ崩れていったのだ。


 魔力を奪われ、挙句の果てに奴隷契約に用いられる捧生の印を与えられ、死神令嬢の婿にされる。


 シリウスは、前から死神令嬢の噂は聞いていた。どんな場所でも黒い服を着る変人。この国ではどの色のドレスを身に纏おうと自由であり規定はないが、毎シーズン同じ色に身を包み誰とも接しようとしない彼女の存在は異質であると同時に、嫌悪の対象だった。


 周囲から奇異の目で見られても、認識はされている。自分のように無視されない。努力して努力して努力してやっと周りから認識してもらえる自分と異なり、ハルミアはただそこにいることだけ許されている。それが妬ましく、誰より強く見えて、辛かった。妬ましいとすら思わない。見ていると辛かった。


 同時に辺境伯の令嬢といえどもその管理権限が譲渡される娘との結婚なんて、シリウスにとって何の益もない。そしてシンディーが結婚相手に指名をしたということは、シンディーと死神令嬢が裏で繋がっていたということ。彼はどうにか死神令嬢を利用し挽回が出来ないかと考えオルディオンの屋敷へと向かった。


 そしてハルミアの反応を見て、自分に気があると確信したシリウスは、シンディーとなにか契約があったのだと踏んで、彼女を利用することにした。並行してルグヴィラに何とか王都へ戻れないかという相談と、シンディーやガイが言ったシリウスの行動はすべて冤罪ということを訴える内容を認めた。


 シリウスは、シンディーを責めることはしても、暴力を振るったことは一度もない。ましてや痣になるほどなんて、人間相手にするなんてありえなかった。しかし、ルヴィグラ家からの返信は彼の身が潔白であるとは全く信じておらず、王都へ戻るシリウスを拒絶するどころか、彼の生すら拒絶するものあった。


 もう生きていても仕方ない。

 自分は誰にも見てもらえない。

 無視されるだけ。



 よって、彼は生きる意味を失った。このまま生きていても仕方がないと、導かれるように淡々と窓の外へと身を投げたのである。


 そして、そんなシリウスが目覚めると、眼前には気難しそうな老齢の医者が自分の腕を取り、骨を確認しているところだった。窓の外は日が暮れかけており、真っ赤な夕焼けが部屋に差し込み、強い光によって一面を強い橙に染め上げている。


「あ……」

「お目覚めですかシリウス様」


 声をかけられ、シリウスはすぐさま起きそうになるが、使用人のべスに押さえられた。


「なっ何を!? 離せ」

「ばたばた動かれても迷惑ですからね、べスくんに押さえてもらうことにしました」

「ぶっ無礼な」

「無礼? 私は医者です。貴方を治す側だ。敬意を持つべきはそちらでしょう」

「は……?」

「ですから、大人しくしていただけますか? 私は今、治療用の薬品を持っています。貴方の意識を奪うことなんて簡単だ。しかし、薬は貴重なものです。無駄な消費をさせないでください」


 冷ややかな目でハルバートにそう吐き捨てられ、シリウスは口ごもった。周囲を見渡すと、自分がいつも寝泊りしている場所とは違い、家具は少なく窓しかない。隣を見るともう一つ寝台が置かれ、ハルミアが瞳を閉じてぐったりと横たわっていた。


「生きていますよ。彼女は」


 シリウスの視線に気づいたハルバートが、無機質な声色を発した。しかしシリウスは興味ないと言わんばかりに、「興味ない。勝手にしたことだ」と視線を背ける。


「そんな言い方はあんまりではないですか!? ハルミア様は貴方を庇って!」

「アンリさん待ってくださいっす、相手は病人っす!」


 思わず掴み掛かろうとするアンリを、べスが必死に止める。シリウスは気に留めることもなく目を伏せた。


「シリウス様は、何か勘違いをしておられるようですね」


 ハルバートが、シリウスを見やる。その視線だけで、空気が変わった。


「彼女が生きているのは、ただただ運が良かっただけです。本当なら、今頃葬儀の準備をすべきだと、私はこの二人に伝えていたことでしょう」


 責めるわけでもない淡々としたハルバートの口調に、アンリとべスの動きが一瞬にして止まる。ハルバートは、シリウスが顔を向けた方へ移動して、ただただ見下ろした。


「ハルミア様は、寝ずに貴方の看病をしていました。愚かですよ。一方的な奉仕など、自己満足でしかならないというのに。貴方が目覚めてから、不要だと言っていた食事はすべて、ハルミア様がご自身で作られたものです。それしか尽くし方が分からないのですよ」

「そ、それがどうした……」

「死神令嬢なんて馬鹿な噂を鵜呑みにして、貴方を庇った娘を不死か何かだと思っているのかもしれないですが、貴方が婿入りする随分前からこの娘は、棺に半身を置いた生き方しかしておりません。心なんて、もう弔いに預けている。十八だと言うのに、振る舞いに幼さを感じたことはありませんか?」


 ハルバートの言葉に、アンリとべスの表情が苦々しいものに変わった。空気が変わったことを敏感に察知したシリウスは、言い返すことができず押し黙る。


「この娘は、まだ産まれて十八年だ。いや、ただ死に至ってなかっただけで、正しく生きた年数なんて、三年にも満ちていない、幼子同然の特殊な娘です」


 ハルバートは、ハルミアへ視線を向けた。目を細め、鋭い目で見据えてから、無感動な瞳でシリウスを射抜く。


「貴方は多くの不幸に襲われて、心に余裕がないと見受けられます。何も優しくしろと言ってるわけではありません。自分の心のさざ波は自分で沈め、癇癪を子供にぶつけるなと、私は無傷の貴方への診立て代わりに伝えましょう」

「わ、私は癇癪など……」

「あと、それともう一つ。彼女の身体に殆ど魔力がないというのは本当のことです。オルディオン伯爵や夫人、姉のリゼッタ様は優しく温かく彼女に愛情を注ぎましたが、他の者は異なります。魔力が低い者に対して、人々がどんな反応を示すのかは、貴方もよくご存じではありませんか? シリウス・ルグヴィラ様」

「き、貴様――」


 シリウスが言い終える前に、ハルバートは荷物をまとめさっさと部屋を後にした。アンリとべスは声をかけることもできず、ただ隣で眠るハルミアの元へ集い、彼女の目が覚めることを願って祈り見つめていた。


◇◇◇


 瞼の裏に眩く白い光を感じ、波の音だけが響く。潮風の匂いにハルミアが目を開けると、雪と見間違えるほどの砂浜に一面の海が広がっていた。空も鏡写しのように遥か遠くまで鮮やかな青で染まっている。


「ここは……シリウス様……?」


 自分は、先ほどまでオルディオンの屋敷にいたはずだ。目の前の光景が理解できずに俯くと、足元に色とりどりの貝殻を見つけた。


 夏の深緑、秋の夕景、そして、春の花畑を思わせる、貝殻たち。一つ一つ手に取ったハルミアが、日の光に掲げていると、「ハルミア」と彼女を呼ぶ声が響いた。


「えっ……」


 鈴のように軽やかで甘い声に、ハルミアはすぐに立ち上がり、辺りを見渡す。しかし彼女の探し求める者の姿は見えず、たまらず彼女は駆け出した。


「ハルミア」

「ハルミア」


 どっしりとして、安心を覚える声がハルミアを呼ぶ。続いて、どこか神経質ながら、慈愛を帯びた声がハルミアを呼んだ。


「待ってください……」


 ハルミアは砂浜を駆けていく。走るたびに着ているドレスがもつれ、やがて彼女は転び、砂浜に倒れこんでしまう。すると遠くに探し求めていた人影が見えた。


「待って、待って、私を、どうか――」


 ハルミアが叫ぶ。しかし人影は陽炎のようにゆらめくばかりで、とうとう景色に溶けていった。

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