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貴きものの定義・3

勧告よりも先に砲撃を開始しているように見えるが、『航宙保安省による強制捜査』と『警察庁から以来された家宅捜索の代行』がたまたま同時に実施されているだけで、手順に誤りはない。

要塞に立て籠もった時点で武力による抵抗と見做されている。


『こ、こいつらがどうなってもいいのか!』


通信が回復したと見るや、慌てて回線を開いたのだろう。

〈ローレライ〉のメインモニターには、カレンバッハ伯と思しき男が怒鳴り散らす姿が映し出された。

彼が指差した先には、血まみれで猿轡をかまされた男女が並んでいる。


「あれ、誰?」

「さぁ?血糊を被った家人かもしれませんな」


ジークリンデとムラサメは、相手に聞こえるように通信をオープンにしたまま会話する。


「誰でもいいわ。なんとも、見飽きた展開ですね」


ジークリンデは扇の陰で目尻をかすかに下げた。

笑いというには冷たすぎ、嗤いというには品がある。

サクライ少将は無表情のまま、カレンバッハ伯の愛人を一人引き立て、無言で軍刀を突きつけた。


命より倫理が大事などという考えは、彼らには無縁だ。

ジークリンデの信条にして、辺境艦隊の行動原理である。

人質には人質を。

ジークリンデが軽く扇を動かすと、愛人一号が艦橋の外へ連れ出され、入れ替わるように愛人二号が連行されてきた。

モニター越しの伯爵の目が、はっきりと揺らぐ。


「五分以内に武装解除し、そちらの人質を解放せよ。さもなくば――」


サクライ少将は台詞の途中で一度言葉を切り、唇を引き結ぶ。

口元が引きつっているのは、緊張に寄るものではない。


「貴殿の愛人たちを鉢合わせさせるぞ」


あまりにも下世話な脅しは、カレンバッハ伯の心を確実にへし折り――同時に、最強の造反者を生み出す魔法の呪文だった。


武装解除など、最初から期待していない。

軍艦の役目は、突入口の確保と心理的な陽動。

二千隻の軍艦が天を覆えば、誰もが空を見る。

装甲兵の突入こそが、本命だった。

派手な破壊活動はおまけにすぎない。

爆音と舞い上がった土埃に紛れ、壁に空いた無数の穴から、総勢五百人の装甲兵が一斉に流れ込んでいた。



「……愛人?」


カレンバッハ伯の隣に立っていた女が変貌した。

全身を宝飾で飾った彼女――カレンバッハ夫人の表情が、目に見えて変わっていく。

後に天井から突入機会を伺っていた装甲兵の一人が語ったところによれば、「豹に見えた」そうだ。

社交界にほとんど顔を出さぬジークリンデの耳に届くほど、カレンバッハ夫人の嫉妬深さは有名だった。


伯爵家にとって最も致命的な内乱――家庭内暴力の誘発。

民事不介入は警察の原則であり、犯罪者の内輪もめならもっと関係がない。

止める義務はないし、止める意思もなかった。

敵を内から崩す。仲間割れを誘う――

戦の初歩にして、最も有効な一手である。



「えげつないですな!」


無事に内乱が勃発したのを見届けて、武士の情けとばかりに通信を切るやいなや、サクライ少将はこらえきれず大笑いした。

通信を回復“させた”時点で、あの部屋以外の制圧は完了していた。

ほどなく装甲兵部隊がカレンバッハ夫妻を押さえたと報告してくるだろう。


「夫人の愛人の出番が回って来なかったわね。活きの良いうちに取り調べに回して。

色々面白いネタもあったのに、使えなくて残念です」


万が一、もはやこれまでと自害されたり、自爆されたりしたら、後が厄介だ。

重罪人の命などどうでもよいが、使い終わってから物言わぬ口になってほしい。

そこでジークリンデは、カレンバッハ伯のメンタルを丹念に抉る方針を取った。

身分差で根拠のない矜持を折る。

戦力差で身の程知らずな戦意を挫く。

戦わずして崩せるものは、すべて先に折っておいた。

『元』カレンバッハ伯が一人で立っていられないように、傍らに夫人を置きたくなるように。


この判断は、「中途半端な要塞をこしらえて悦に入るような男が、自爆装置だけ整えていないはずがない」という、やや悪意を含んだ偏見に基づいている。

自害も自爆も、ある程度以上の自己陶酔がなければできる芸当ではない。

ゆえに、通信が死んでいる状態なら、敵方に自爆を“宣言”できないため、実行しないだろうという推理である。

ああいった手合は、自慢の要塞が勝手に爆発したと思われるなど、耐えがたいはずだ。

せめて「華々しい自爆」として歴史に刻まれなければ、気が済まない。

その意味でも、ジークリンデが誘導した苛烈な痴話喧嘩は、伯爵の生け捕りに大きく貢献する。

ボロ雑巾のようにされたあとで、果たして“誇り高き自害”など成立するだろうか。

――否、である。


「閣下。面白いネタは皆で共有すべきかと愚考いたします。どうせ待っているだけですし」


先に中身を見せられていたムラサメ大佐が、真面目くさった顔で進言した。

作戦前に呪われた書物を見せやがって、と恨みがましく呟くのも忘れない。


「共有していいの?突入部隊にコピーを配ったら、ものすごく嫌がられたんですけど」

「あんなもん配ったのか!」

「詳細な要塞地図が載ってたから。共有ね、ええと……」


ジークリンデは扇を口元に当てたまま、しばし黙考し――。


「そうね、じゃあ……『狂気に飲まれた者、装飾曲の絶滅アラベスク・エクスティンクション』」


ジークリンデは軽やかに、歌うように呟いた。


「まさか……」


サクライ少将の額に汗が浮かび、喉がごくりと鳴る。

ジークリンデは、ノートの表紙に並んだ文字が見えるように、サクライに向けた。


「カレンバッハが中等学校に通っていた頃のノートよ。

これを手に入れるのが、一番大変だったんですって。

さすがカウロ、いい仕事をするわ。

裁判中の暇つぶしに、ルペルティエに届けてあげないとね」

「間違いなく、閣下の薫陶の賜物ですね」


カレンバッハの青春の黒歴史は、彼の人生にとどめを刺す切り札となるだろう。


「ふりがながついてるなんて、親切よね。

直訳なんだから、わざわざ振らなくてもいいのに」

「ひねりが足りませんな」


自分ならもっと洒落たルビを振る、と男性陣が勝手に盛り上がる中、

カレンバッハ夫妻の確保を知らせる通信が入り、作戦は無事に幕を閉じた。


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