幕間 生まれる星も選べぬ
首都星系第四惑星と第五惑星の公転軌道のあいだ、一つの岩塊が何食わぬ顔で、小惑星帯の一角に鎮座している。
それは軍務省が所有する小惑星であり、表面に幾重もの偽装が施された裏側では、王国宇宙軍主導のもと、軍用艦艇の開発が密かに進められていた。
ただし、この小惑星だけが特別というわけではない。
周囲には宇宙軍の駐留基地や工場、研究施設が数多く存在しており、この一帯そのものが、軍事と技術の中枢――そして、外界から最も口を挟まれたくない領域となっている。
「こちらが、新型のアデニューム級巡洋艦でございます」
設計主任が、しゃちほこばって紹介する。自信作らしい。
「シールド機能は? 強化できましたか?」
ジークリンデ・シュレディンガー辺境伯は、ドック内に鎮座する巡洋艦を見上げたまま、傍らの技術士官に問いかける。
「はい。変換効率を見直し、従来比で二十%の性能向上を実現しています。
艦体のナノマシンと連携することで、ダメージコントロールにも貢献します」
技術士官の声音はきびきびと自信に満ち、空中に展開されたホロディスプレイには、詳細な仕様がずらりと並ぶ。
「そう! 今回のナノマシンは我が技術部の自信作だぞ! なにしろ——」
「……どうして工部卿がここに?」
「止められなんだ。開発に深く関わっておってな……」
工部卿サラサーテ伯は、機関銃のように専門用語と数式を繰り出した。
途切れぬ口上は異界の呪文にも等しく、周囲の技術者たちは理解の及ぶふりすら放棄していた。彼らとて専門家には違いないが、サラサーテ伯の演算速度と早口に追いつけぬようである。と思いきや、ボイスレコーダーを起動し、ちゃっかりとメモを取りはじめる始末。
隣に立つ軍務卿ウィトゲンシュタイン侯ユルゲンの声は即席講義の熱量にかき消され、尻すぼみになった。
サラサーテ伯が優秀な技術者であることは、誰もが認めるところだ。
だからこそ追い返せなかったのだろう。
「……変なギミックは、また付けたりしていませんよね?」
「設計段階で、すべて阻止いたしました」
「よろしい」
ジークリンデはサラサーテ伯の存在を無視することに決め、巡洋艦の周囲を歩きはじめた。塗装前の冷たい金属色の肌に視線を這わせる。
「えー。この新型巡洋艦は既存の設計を大幅に改良したもので、試験的に反重力推進システムを搭載し、シールドシステムにナノマシン技術を組み合わせた革新的な艦体構造を採用しております」
「よろしい。我が社で十隻建造してテストします。軍務卿、宇宙軍に五隻回しますから、そちらでもお願いしますね」
シュレディンガー家は、航空宇宙産業において装備・艦艇を開発製造する企業を所有している。
もともとは航宙保安省に装備を供給する目的で設立されたもので、「買うより作る方が安い」というのは、創業当主の言葉だ。
技術の流出を防ぐため、五家は自らが主となる企業をいくつも保有していた。
「儂らは首都星系で試験運用するが、嬢ちゃんはどうする」
赤子の頃から知る仲なので、時として彼のジークリンデへの態度は幼子を相手にするかのようである。
「首都星系の外縁部にしようかと。ねえユルゲン爺様、一つお願いが」
「改まって前置きされると、ちと怖いのぅ」
ユルゲンは、髭をいじりながら演技めいた渋面を作ってみせた。
工部卿や技術士官に聞かれて困る話ではない以上、さして難しい頼みでもあるまいが。
「警察庁に艦艇を譲渡した後なんですけど、軍でオーバーホールを請け負って欲しいんです。うちは、ほら、遠いから」
「お安い御用だ。つまり、航保は艦艇を提供し、軍はその整備を担う――そういう分担だな?」
悪くない話だ、とユルゲンは微笑んだ。
軍の整備力を示す良い機会になるし、航保の艦艇は基本的に大規模な改装を受けている。協力者として面目も立つ。
技術交流の面でも有意義だ。
「こちらとしては、願ってもないお話です」
技術士官が一歩進み出て、深々と頭を下げた。
隣で工部卿が今にも口を挟みそうに身を乗り出しかけたが、ユルゲンの鋭い睨みに、しぶしぶ口を閉じた。
「警察庁への譲渡は来月からかの?」
「明後日の議会で可決される予定です。まとめてプレゼントしても乗る人がいないでしょうから、小出しになりますね。ウィグナー長官は驚いてくれるかしら」
ウィグナー長官とジークリンデはそれなりに親しい仲だ。
彼が警察庁長官を継ぐ前までは、よく遊んでもらったことをジークリンデははっきり覚えている。
彼の息子のニールとジークリンデ、そして法務卿のアルシドは幼馴染として育った。
「なんじゃ、ウィグナーには知らせておらんのか。可哀想に。今頃どこから予算を捻り出すか頭を悩ませておるだろうな」
ユルゲンは呵々と笑って、ジークリンデの頭を撫でた。
「もうすぐおじさまの誕生日だから、サプライズにしようと思ったんです。リボンは何色がいいかしら」
新型艦の視察を終えたユルゲンとジークリンデは、ウィトゲンシュタイン家が所有する宇宙ステーションのレストランで、久しぶりに晩餐を共にしていた。
専用の貴賓ルームには天井まで届く大窓があり、煌めく星々が漆黒の宇宙空間に散らばっている。
「ユルゲン爺様。最近、帝国が協商に近い星系の開発を終えたとか」
ジークリンデがナイフとフォークを一旦置き、ナプキンで口を押さえた。
「おお、知っておったか。わざわざ敵の隣に居座りよる」
ユルゲンは薄く笑い、グラスをひと口傾ける。
「……わざと、ですね」
「そう。帝国が、わざとじゃ」
ユルゲンはグラスを揺らし、液体にゆるい渦を生んだ。
「敵の鼻先に開発拠点を置いて、食いつくよう仕向けおったのじゃ。
協商の内情も割れておる。盟主気取りのチーグルがやきもきしておるらしい」
ユルゲンが指でウィンドウを操作すると、ベラルフルール帝国の皇帝の映像が映し出された。
「ジークリンデは、帝国皇帝がどんな人か知っておるかな?」
「ざっくりとした評価なら。弱体化していた皇帝権力と軍権を再び皇帝に集中させた遣り手だと聞き及んでおります」
「抵抗する勢力は潰し、取り込めるものは取り込み、外交では協商を煽っておる。
なかなかに強かじゃよ」
ワインを明かりに透かし、ユルゲンは目を細めた。
「それから、うちのお得意様です。我が社のウィスキーをこちらの言い値で毎年大量に買い付けてくれています。価値と味の分かる御仁ですね」
「もしや……」
ユルゲンの表情がこわばる。
「帝国の皇帝陛下が、うちの『猫にまたたび』社のシングルモルトを買い占めておられるんです」
がっつり稼がせて貰っているジークリンデは、帝国の皇帝に敵意は抱いていない。
毎度ありがとうございます、という気持ちだ。
「王国民からは恨まれそうじゃな。人気銘柄が軒並み値上がりしておるのだから。
しかし、なんと色気のない返事であることか。美形で独身の皇帝陛下じゃぞ」
「皇帝陛下のお財布には大変興味がございますとも。へぇ、あの方、まだ独身なんですか」
ジークリンデの淡々とした返答に、ユルゲンは肩をすくめた。
「他人事のように言うでない。
興味があるにしろないにしろ、そなたが独身でおれば、世話焼きどもに囲まれる。
儂も孫娘にはつい口を出してしまう。
儂の場合は血の繋がりがあるから、まだ許されようがな。デッカーも、ひ孫の顔を見たかろうて」
デッカーとは、先代シュレディンガー辺境伯であり、ジークリンデの祖父――デッカー・シュレディンガーのことである。
「私はまだ二十二歳です。
それに、お祖父様は母を見合い結婚させた結果、悲惨な結末を招いたことをお忘れではないでしょう」
ジークリンデの母は、彼女が五歳のとき、入り婿である夫に毒殺された。
母が吐いた血を拭ったハンカチを手に、デッカーのもとへ必死で走ったあの日のことを、ジークリンデは鮮明に思い出せる。
父も、愛人も、不義の子も――すべてはきれいさっぱり始末された。
五家の直系を害したのだ。
彼らは合法的に、かつ武門の家柄にふさわしく、執行官の手で斬首された。
シュレディンガー家の館の前には、領民たちが集まり、抗議の声を上げた。
斬首など生温い、と。
(うちの領民さんは、意外と蛮族寄りなところがありますよねー)
意識が過去へと沈みかけた瞬間、ジークリンデはユルゲンの声に現実へと引き上げられた。
「見合いしろとは言っとらん。嫁ぎたいと思う相手を見つけろ」
「ぐ……。私に何かあれば、ムラサメに後を継がせます。お祖父様の甥ですから、ぎりぎり私から五親等です」
傍らに控える副官を扇で指し示し、ジークリンデは言い放つ。
「嫌ですよ絶対。うちの嫁も親も断固反対しますって」
ムラサメ大佐は、ジークリンデの副官だ。
代々シュレディンガー家に仕える男爵家の現当主であり、ムラサメの母は、ジークリンデの祖父の妹だ。
つまり彼はジークリンデの従叔父にあたり、幼いころから守役として彼女の成長を間近で見守ってきた。
現在は妻のフヨウと共に、辺境伯たるジークリンデを補佐している。
「ムラサメが継げば跡継ぎもいますしー……」
「そこで投げ出すな、諦めんな」
ムラサメ大佐が鋭く睨みつける。従叔父の眼力が持つ圧力にジークリンデは怯んだ。
「私だって……財産目当て、地位目当て、顔目当て以外で! 浮気しなくて、常識があって、清潔感があって、私の代行が務まる男なら――前向きに検討しますよ。
いないんです! いないんですよぅ……なお、部下は除外します。雇用者と被雇用者の婚姻はろくな事にならんというのが持論ですので」
「無理じゃろ、それは」
ジークリンデは、ぐったりとだらしなく椅子に凭れかかった。
手首のバングル型汎用デバイスが震えてメッセージの着信を伝える。
「……緊急連絡?ちょっと失礼…………っ、な……にゃにっ?!」
読み進めていたジークリンデの動きが、ぴたりと止まり、みるみるうちに顔色が青くなる。
「どうしたんじゃ。顔色が悪いぞ」
「き、狐が……密航して……」
「ほれ。水を飲め」
ユルゲンは給仕を呼び寄せ、冷たい水を運ばせた。
「申し訳ありません。取り乱しました」
深呼吸を繰り返し、ジークリンデはなんとか平静を取り戻す。
「テウメッサの仔が、マイヒ・メルに現れたと、ニールが」
「おお……それは、大事件じゃな」
ユルゲンも事の重大さに気づき、声をひそめる。
誰にも聞かれていないとわかっていても、内心の焦りが彼を用心深くさせた。
「あとついでに貴族らしき者と警官が結託して民間人に冤罪を被せたとか。これを大至急どうにかして欲しいと」
「職権と特権を混同した公務員か。いらんな。徹底的にやるがよかろう」
「それはもう、遠慮なく。寄った大樹もどきも枯らします……あら、まぁ」
メッセージを読み進めていたジークリンデの目が丸くなる。
「どうしたんじゃ?」
ユルゲンもメッセージを覗き込んで、同じく目を丸くした。
「なんと、冤罪をかけた場に『マダム』が居合わせたとな!」
「ヨタカ中佐からの報せと、ニールからの要請、やっぱりどう見ても同じ案件ですよねー」
「これが別件なら王都の治安は終わっとるわ」
ヨタカ中佐というのは、第二艦隊旗艦〈セイレーン〉の艦長で――先々代の装甲兵部隊隊長、通称『マダム』の孫である。
「『マダム』が仕組んだ場面に民間人が巻き込まれたっぽいです……ああもう、可及的速やかになんとかしないと」
「航保で警官を逮捕すればよかろ。どうせ余罪はある」
「ですね。ムラサメ、私の名で令状を」
「了解、すぐに手配します」
ムラサメが足早に退出していく。
「ところで。テウメッサと冤罪の件に関係はあるのかの」
「テウメッサの友人が『マダム』を庇って相手を殴り飛ばしたとか……」
「ほう! なかなか肝が据わっておるな。他人のために怒れる若者がおるとは、喜ばしい限りじゃ。……屈強な『マダム』を庇う必要があるかどうかはさておくとして」
『マダム』は見た目だけはか弱い老齢の女性だが、中身は白兵戦のプロフェッショナルだ。
予期せぬ一般人の乱入にさぞ慌てたことだろう。
「道義的にはとても素晴らしいんですけど……殴り飛ばしてるから、逮捕自体を警官に撤回させないと面倒ですね。脛の傷を軽く蹴り飛ばせばいいかしら」
「して、肝心のテウメッサは如何する? 星に帰すのか?」
「……星に帰すかどうか相談したいそうです。相談するまでもない話なのに。
ウィグナーは、一体どういうつもりでしょうか」
ジークリンデは苛立ちを隠そうともせず、ニールからのメッセージを再び表示する。
「しかし、テウメッサが密航とは……行動的な個体か」
「――あ、いえ、こちらが把握しきれていないだけで、どうやらけっこう気軽に密航してるみたいです。セキュリティとのいたちごっこ状態で……彼らの忍び足は、日々進歩してます」
「狐と鼬ごっこか」
ユルゲンは、小さく含み笑いをもらした。
「笑い事ではありません! もうほんと、一隻一テウメッサしないと阻止できないところまで来てるんです!」
「む……秘匿どころではないな」
「ムルムルの目を盗んで密航したとか……いらん知恵ばかりつけて……」
「ほう、かなり優秀じゃな。うちにくれんか」
ユルゲンの冗談に、ジークリンデは半眼で睨んだ。
テウメッサ族のムルムルは、第二艦隊旗艦〈セイレーン〉に搭乗する最古参のクルーだ。
情報収集と分析を担い、艦の運用に欠かせぬ存在となっている。
「テウメッサ族は兵装ではありません」
「それは残念じゃ」
ユルゲンは笑いながら、グラスを傾ける。
「まっすぐ星に帰すわけにはいかないんじゃな?その仔の希望で」
「はい。フェヴァルで“大人になりたい”と希望しているようです」
「大人になるまで暮らしたい……首都星で、か」
ユルゲンは思案顔で呟いた。
「テウメッサ族は、知性と感情を兼ね備えた存在じゃ。彼らが選ぶ道には敬意を払うべきじゃろう」
「そういう約束なんですけど!首都星かぁ……難易度が、高いです……」
ジークリンデとしては、故郷の星に帰ってほしい。ものすごく。
テウメッサの星は広いし、同類だってたくさんいる。
人間と交流したいなら、航宙保安省の高級士官用保養施設で接客担当という選択肢も存在する。
「ユルゲン爺様……私を練習艦あたりでマイヒ・メルまで送ってください。ローレライで戻ると、人々に動向を注視されますし」
ジークリンデはだるそうに頬杖をついた。
「確かに、出港したばかりで目立ちすぎるな。
緊急の要件でもあって戻ってきたのかと、邪推する者もおろう。
よかろう――クー・フーリンで、人目は儂が引き受けた」
ユルゲンの座乗艦は〈クー・フーリン〉という名の戦艦である。全長七百八十メートル。
王国宇宙軍の総旗艦であり、民衆の注意を引くにはもってこいだった。
ジークリンデはニールからの連絡を読み進め、とある箇所で目の動きが止まった。
「ふぅん……出会った学生に名を貰ったと。どうしたものかしら」
テウメッサ族の鼻は確かだ。信頼に足る人物ではあるのだろう。
だが彼らを守るには、人間性だけでは足りない。求められるものが多すぎる。
「本当に……どうしたものかしら」
次の一手を見出すため、ジークリンデは思考の海を素早く泳ぎはじめた。




