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危機との遭遇・3

「怖い思いをさせてしまったかしら?」


ジークリンデが学生たちに視線を向けた。

口を半開きにした学生たちからの応えはない。

無理もない。

妖精や女神に喩えられるほど、彼女の美貌は常軌を逸しているのだから。


「そうでもなさそうだ。第一艦隊に助けられたなんて、彼らがレポートを書き始める頃には自慢話のネタになってるかもしれないよ?」


ニールは冗談めかして笑う。


「私たちに救助されるなんて、大概ろくでもない状況ですけどね。

……ねえ、もしかして引き渡しの間、学生さんたちは放置されてしまうのかしら。

それと、そろそろお昼時ですよね。どうなさるおつもり?」

「そうだった! すっかり忘れてた」


ニールは焦って頭を掻く。

八隻の麻薬密輸船に、武装商船一隻。

それに、行方不明だった男爵令嬢の救出まで加われば、大戦果と言っていい。

喜ばしいが、応援を呼んだとしても、しばらくはクルー総動員での対応になる。

学生たちの相手まで手が回るとは思えなかった。


「ええと、どうしたものかな」


ジークリンデは想定済みだったようで、先ほどの問いかけは確認に過ぎなかった。


「私の落ち度でもありますし、こちらの食堂を利用していただいたらどうかしら?

その後は遊覧飛行で時間を潰していただきましょう。適当にその辺りを回りますよ。

艦橋や機密区画の見学は無理ですが、展望デッキの使用は許可します」


作業に数時間かかるのであれば、それが最善だとニールも思い至る。


「願ってもない申し出だけど……いいのかい?」

「問題ありません。手が空いている者もおりますから」

「そうか。ありがとう」


ジークリンデは小さく扇を振って通話を切った。


「ローレライでの遊覧飛行が決まりました。

皆さん、迎えが来るまで、こちらでしばらくお待ちください」


ニールの言葉に、学生たちは歓声を上げた。

武装商船との遭遇から一転、特別体験への期待に沸き立つ。

悠然と接近する戦艦〈ローレライ〉の姿が、ジークリンデと入れ替わりでメインスクリーンに大きく映し出された。


さほど間を置かず、迎えのシャトルが寄越された。

五家当主が使用するだけあり、学生たちの目にはどこもかしこも「とんでもなくお高そう」に映る。

学生たちは、遠慮がちに高級感あふれる座席へ身を沈めた。


もっとも、〈ローレライ〉はすぐ目の前だ。

心臓に悪いほど豪奢なシャトルの旅もすぐに終わり、学生たちはぎこちない動きで戦艦ローレライへと足を踏み入れる。

きらびやかさとは無縁の艦内は、軍艦らしい殺風景さを保っていて、学生たちは一様にほっとした表情を浮かべた。


「ようこそ。私はローレライの副長、フィリップ・ラザール中佐です。皆さんの案内を務めます」


ラザール中佐はにこやかに自己紹介をし、学生たちを招き入れる。


「どうぞ、こちらへ」


学生たちは感動半分、呆然半分の表情でラザール中佐の背中を追った。

二度と訪れることのないであろう艦内を、一歩一歩確かめて歩く。

学生たちは重厚な雰囲気に飲み込まれ、恐る恐る壁に手を触れてみた。

壁や床には特殊素材が使われており、あえて足音が響くように設計されているのだという。


「辺境伯閣下がお乗りになる艦ですから、警備には万全を期しています。

万が一侵入者がいても、居場所を“自己申告”していただけるというわけです」


かつん、とラザール中佐が軍靴の踵で床を鳴らす。


「水洗いで簡単に汚れが落ち、すぐに乾く。

しかも音がよく響く――一石三鳥の優秀な素材です」


ラザール中佐は壁に手のひらを当て、軽く叩いてみせた。

壁の向こう側――装甲兵専用の除染ドックでの、今まさに敵艦から帰還した装甲兵たちが、自動洗浄機で洗われ、血と煤を落としているという生々しい現実はおくびにも出さない。

平穏な叩音の響く廊下にはただ、微かなオゾンの香りが漂うのみ。



案内された食堂はというと――なんというか、本当に「食堂」だった。

威勢のよい給仕が、大皿を両手に抱えて忙しなく歩き回っている。


「っらっしゃいー! あれ、副長。若いお客さんたちだねぇ」

「学生さんたちだよ。ニールのところからの預かりもんさ」


下町の食堂さながらの空気感で、そこには軍艦らしい威圧感も、豪華さも、まるでなかった。ちょうど昼時とあって、学生たちが到着した時には、すでに多くの乗組員たちが食事をとっていた。

賑やかな声と湯気の立つ熱気が、室内に満ちている。


「ここは乗組員の要望で、こうなっているんですよ。食事は気楽にとりたいからってね」

「軍艦とは思えない雰囲気ですね」

「逆に考えてみてください。食事中まで緊張していては、消化に悪いでしょう?」


学生たちの笑い声が、和やかに食堂全体へと広がっていく。


「さあ、好きなものをどうぞ。味は保証しますよ。

なにせ、辺境伯閣下の食事も手がけているスタッフですからね」


ラザール中佐はカウンター越しに調理師へ声をかけ、学生たちに料理を取るよう促した。


ナイジェルを始め、学生たちは気付かなかった。

給仕のエプロンにひっそりと「中佐」を示す記章があったことに。


食事を終えた学生たちは、少し緊張した面持ちで、案内された貴賓専用の直通エレベーターへと乗り込んだ。向かう先は、滅多に立ち入ることのできない――戦艦最上部の展望デッキである。

艦体後方の最上部に位置するその部屋は、プラネタリウムを思わせる半球状の天井を持ち、張り巡らされた巨大なスクリーンには、全天の宇宙空間がリアルタイムで映し出されている。

入室した途端、足元の重力が失われ――宇宙そのものに溶け込んだかのような感覚が、ナイジェルたちを包んだ。

ドーム窓に見えるが、もちろん違う。

もし本物の窓であったなら、防御構造上の深刻な弱点となり、戦艦としては致命的な欠陥にほかならない。

展望デッキから望む宇宙には、〈ローレライ〉を護衛する二千隻ほどの艦艇が整然と展開していた。

ここは王族や五家の当主だけに許された特別な空間であり、並の貴族には足を踏み入れることすらできない領域だ。

帝国との首脳会談に用いられることもある。


「展望デッキ内でしたら、撮影していただいて構いませんよ」


先ほどの食堂とは打って変わった荘厳な空気に、身の置き場に困っていた学生たちも、ラザール中佐の一言に背を押され、やがて表情をほころばせ、思い思いに歩き始めた。


現実離れしたひとときののち、〈ブルージェイ〉からの通信が入り、事後処理の完了と帰投の案内が伝えられた。

学生たちが名残惜しげに展望デッキを離れようとしたとき、一人の学生がラザール中佐に問いかけた。


「――あの、辺境伯閣下は、いつもこの艦に?」

「いいえ。他のローレライ級で指揮を執られることもありますし、地上で政務に追われ――いえ、励まれていることも多いのですよ。あとは……そうですね、ローレライがマイヒ・メル宇宙港に停泊している場合、閣下がお乗りでないと考えて間違いありません」


ラザール中佐の返答は、知識と合致していて、ナイジェルを密かに喜ばせた。

辺境伯が首都星を訪れる際、彼女の乗艦が停泊するのは、マイヒ・メル宇宙港ではなく、宮殿敷地内の貴賓専用港――聖ブランダン宇宙港と決まっていたからだ。

ナイジェルたちを〈ブルージェイ〉に送り届けると、第一艦隊は厳然たる隊列を保ったまま、宇宙の深奥へとゆるやかに進んでいった。

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