Duke it out in the court
王国標準時六時、王都マイヒ・メルの空が薄明に染まる頃――『あの』ベルナドッテでも察知できる程度にのんびりと、第一艦隊は公爵領惑星ストライサンドへと近付いていた。
首都星フェヴァルからストライサンドまでは民間の高速便で十五時間の距離だ。
たっぷり普通の睡眠を取ったジークリンデは、行儀悪く戦闘食の栄養ドリンクをストローでちゅーっと吸いながら、艦橋にやってきた。
「おはようございます、閣下。ゆっくり朝食を採られてもよろしかったのでは?」
サクライ少将麾下の幕僚筆頭であるゴトウデラ准将がジークリンデの姿を見て苦笑した。
「あちらがこんなに寝坊助だとは思わなくて。まだ動きは無いの?」
「ベルナドッテがどの標準時で生活しているかは不明ですが、滞在地から推測するに、奴は寝入り端でしょう。情報封鎖と通信阻害が強力すぎたのかもしれませんね」
「常識的に考えたら、共犯からの情報が遮断されれば慌てるもんじゃない?仮にも総督でしょう?」
「だから、『老害』なんですよ。
昨日の大ニュースは、マイヒ・メル宇宙港の半日閉鎖だけですから」
ムラサメ大佐が、モーニングティーを片手に口を挟んだ。
「昨日の交戦は情報統制により、公にはされていません。
降伏勧告の公開映像回線は軍事用帯域を使っているため、民間の通信網からは閲覧不可です。
宇宙港の被害についても、報道では事故扱い。
いわゆる軍事マニアが傍受した可能性はありますが、傍受は許されても窃用は刑罰の対象です。
彼らはひっそり鑑賞し、後日のニュースを楽しみにしているでしょうね」
ジークリンデは栄養ドリンクを飲み干し、ことりと瓶を置いた。
「反逆に加担した公爵は何人だったかしら」
「七人です」
「装甲兵部隊は降下して潜伏済みよね?」
「既に配置についております」
「どうせ公爵の館なんて、高台にぽつんと一軒家なのだし、襲撃しても周辺被害は出ませんね?」
「弾道ミサイルが直撃しても問題ない程度には。無駄に庭が広大ですしね」
「よろしい。降伏勧告と同時に公爵の館に突入。面倒だから七箇所一斉にね。
尻に火が付けば、流石に動くでしょう。
それに実行犯――爆弾のね?その家族が囚われている可能性が高いから。
実行犯の特定までは出来てるんでしょう?」
「はい」
「実行犯の家族は行方不明だった?」
「その通りです」
「全装甲兵に通達。
抵抗するものは即時射殺してよい。
人質の救出が目的だと悟らせるな。
宇宙港の方は適当に、追い立てる感じでいいわ。
艦隊の出撃は阻止するふりだけしておきなさい」
ジークリンデは監禁場所の候補から、王弟領を外した。
王弟に言わせればきっと『下賤のもの』だろう。
人質の拘禁などという雑事を、自ら行うとは思えない。
そして同時に攻め込まれれば、人質の存在すら忘れる。
こちらに対して有効なカードではないのだから。
「万事、心得ております」
ムラサメは簡潔に応じた。
この後、下される命が彼には判っていた。
努めて事務的に、無機質さをもって待機することで、非情な指令を機械的な作業へと落とし込む準備であった。
「反逆した公爵家の係累は残らず処刑します。……ムラサメ大佐」
「は」
「公開処刑向きの、領内で恨みを買っている人物を三人ほど選んでおいて。公爵本人と親密な者が望ましいわ」
「了解しました」
「――内宮でどんな悲鳴が上がるかしらね」
この期に及んで生き延びられると考えた者は、自身の甘さを思い知ることだろう。
公爵たちが王弟の計画に乗った理由は、王弟と公爵の間に横たわる血縁でも友誼でもなかった。
彼らは単に金欲しさに権力を拡大しようとしただけだ。
「事業でもなんでもなさればよろしかったものを。
男爵相当の領地持ちなんて、平均的な市民からすれば大地主の億万長者なのに」
惑星ストライサンドの周回軌道に到達し、形だけの降伏勧告を発したジークリンデは、メインスクリーンに映る星々を見上げていた。
「閣下、公爵領と王弟領から艦隊が上がってくるようです。
数としては二個艦隊でしょうか。頑張ってかき集めましたな。
ベルナドッテ率いるストライサンド駐留艦隊と……残りは、なかなか面白い編成ですよ」
宇宙空間で交戦すれば、地上の被害は抑えられる。
彼らとて自領を焼け野原にしたくない。
「こちらが第一艦隊のみだと思ったのね。倍なら勝算ありと見たのかしら」
ジークリンデは少し考えると、通信管制オペレーターに命じた。
「奴らが出揃うまで第四、第五艦隊は潜航モードでの待機続行。
ああ、そうそう。
内宮でご覧いただけるように交戦は中継して差し上げて」
目的地が判明した時点で、第四、第五艦隊に現地集合するよう指示を出していた。
潜航モードとは所謂ステルス状態であり、探知を避ける高難度の技術だ。
レーダー艦が指向性レーダーで全力探知するか、何かの間違いで接近、または攻撃を命中させなければほぼ発見されない。
ただし隠れた側も光学観測しか使えず、移動速度は制限される。
隠れる場所が無い宇宙空間においては、かなり有効な戦術の一つである。
今回は姿を晒した第一艦隊が通信妨害と探知阻害を行い、二艦隊のステルスを援護していた。
「戦力差に驚く顔が目に浮かびますな。――工作艦に中継衛星を射出させろ」
ムラサメは嬉々として中継回線を確認した。
中継は内宮だけでなく、王国全土に配信される設定である。
首都マイヒ・メル、聖ブランダン宮殿――
内宮は制圧と呼ぶには程遠い、混沌とした状況だった。
「国王はまだ見つからないのか?」
アストレイン公爵は彼が自称する高貴さなどとうに失い、うるさいだけの怒鳴り声を上げていた。
彼は王弟の反乱に加担した七人の公爵の筆頭であり、実質的に王弟の代理人として振る舞っている。
「外はどうなっている、五家の当主は一人でも捕らえられたのか」
「判りません。
外の様子が知れたのは、追手に出したフルヒナーの艦隊が第一艦隊に惨敗したあの中継のみです。以降は再び完全に情報封鎖されています。
外に出した者も、まだ戻っておりません」
第一王子の捜索という名目で内宮に手勢を侵入させることに成功した反逆者たちは、まず国王を最奥の部屋に追い詰めた。
開かぬ扉の前で王弟が第一王子を連れてくるよう命じたところ、七人の公爵は互いが互いを誘拐犯だと告発し始め――誰一人として第一王子を捕らえていないと知って、一同は愕然とした。
五家当主の捕縛にいたっては一人も成功しておらず、王国の軍事力のほとんどを敵に回す羽目になってしまった。
王弟と公爵たちは単に内宮に閉じ込められたようなものである。
第二王子、第一側室と第一王女は手の内にあるが、身内では人質どころか盾にすらならぬ。
「おかしい、国王を捕らえてから兵を挙げたはずだ」
――本当に?
『見つけたぞ、国王だ!我々の勝利だ!』
歓声と同時に内宮を閉鎖したが、すべては演出に過ぎなかったのではないか――。
さらにはシュレディンガーの小娘が不遜な勧告をご丁寧に中継したせいで、動揺が広がっている。
――大逆の徒を捕らえれば赦免もあり得るでしょうね。
我が辺境艦隊の手で虚空を漂う塵となろうとも、大逆の罪は肉親に及ぶと知れ――
シグワードと公爵を差し出せば助けてやるぞ、と言っているのだ。
さもなくば肉親もろとも罪を問うと。
手勢の士官たちを外に出したら、投降してしまうに決まっている。
「おのれ、おのれ!貴族の誇りも持たぬ五家当主どもめが!
シグワードが王になれば皆死刑だ!」
アストレイン公爵は怒りのままに叫んだ。
だが、誰もが聞こえぬふりをする。
皆が生き延びる道の模索に忙しい。
いかにして出し抜いて仲間を売るか――上手くやれば甘い蜜を吸えるかもしれないのだから。
「公爵さま、通信状態が一部回復しました。ですが、その……」
報告に来た王弟の従者が言い淀む。
「どうした、早く申せ!」
アストレイン公爵の苛立ちは従者に向けられたものだが、現状に対するものでもある。
外で何が起きているのか知りたいのだ。
「TV回線が復旧しました。ストライサンドでの戦闘が中継されております」
「今すぐ映せ!」
従者は慌ててホロディスプレイを展開した。
回線の復活は、明らかに故意だ。
アストレイン公爵にもその程度は判っていたが、見ないわけにもいかない。
「第一艦隊が我らがストライサンドに!なぜだ!」
従者は心のなかで、移動したからでしょうよ、と悪態をつき、主を見限る算段を始めていた。