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8 竜神都市ドラゴニア

 火竜の里ラグナマール。

 早朝の屋外訓練場、その中央にて一人の男が坐禅を組んでいた。

 たなびく長く赤い髪、その赤色は火竜の因子を持つ証拠であった。そして彼の髪の鮮やかさは、その因子の強さを物語っていた。


 坐禅で己と向き合う至高の時間、しかしそれは長続きしなかった。

 男の元にバタバタと足音を立てて、誰かがやってきた。


「カイレス様! き、来て下さい!」

 赤髪の男――カイレスは己の世界から意識を離し、気だるげに目を開けた。


「騒々しいな。この時間は邪魔するなって言ってただろうが」


「も、申し訳ありません! し、しかし、一大事なものですから」


「一大事? なんだ、何が起こった?」

 カイレスは落ち着き払った態度で聞いた。


「は、はい、それが、水竜の――」


 報告を聞いたカイレスは、ぴくりと眉を動かした。


「なるほど、そりゃ一大事だ。仕方ねぇ行くか」

 そう言ってカイレスは立ち上がった。


 しかし、その彼の背中に声が掛けられた。


「――遅いよ。カイレス」

 いつの間にか、カイレスの背後には誰か立っていた。


「相変わらず悪趣味だなユリーシア」

 カイレスは驚く素振りも見せずに振り返る。


 そこには青ローブに身を包んだ水竜序列一位のユリーシアの姿があった。


 ユリーシアはカイレスと目が合うとにっこりと笑った。


 その顔を見てカイレスはため息をつく。


「この時期に序列一位がのこのこ来るんじゃねえよ。間違って攻撃されても知らねえぞ」


「私としては訓練にもなるし、それでも良いのだが。皆、逃げ回るばかりでつまらなかったよ」


「それで? 用件はなんだ?」


「無粋だね。客人にはまずお茶でも出したらどうだい?」


 再びユリーシアはにこりと笑った。





「――闇竜の十位がねえ……。ま、あんまり、関係ねえけどな」

 カイレスは気だるそうに頭を掻きながら言った。


「どうしてだい? 火竜の長――序列一位として気にならないのかい?」


「ま、気にはなるが、どうせたどり着けねえからな」


「へえ、見てもないのにわかるのかい?」

 ユリーシアが問う。


 カイレスは水で口を潤す。


「……ウチの八位が出る。八位のイグレムがドラゴニアで待ち構えるそうだ」


「ああ、あの性悪のイグレムか」


「性悪か。ま、否定しねえがな。それはそうと、水竜の高ランカーは出ないのか?」


「出ないよ。私が止めたからね」

 カイレスが眉根を寄せる。


「……お前、他の竜をけしかけに来といて、自分のとこは出さねえのか」


「五位以下であっても大事な家族だからね。本戦以外で余計な被害は出したくないのさ。でも、すごく興味はあるからね、他の竜との戦いを楽しませてもらうよ」


 悪びれる様子も無く答えるユリーシアに、カイレスは舌打ちをする。


「まったく。悪趣味な女だぜ」

 ユリーシアは再びにっこりと微笑んだ。



 ◆◇◆◇◆◇


 

 竜神都市ドラゴニア――遥か昔、始祖の竜の力を受け継いだ竜人によって築かれたと言い伝えられている聖域。


 重層の城壁が八竜種の威信を今も守り続けている。その中心に広がる玉座の広場では、これまで竜神聖戦の火蓋が幾度も切って落とされた歴史を持つ。


 そして今は竜神聖戦予備戦の最終決戦の場だ。

 鉄竜の二人は、オゴートとバンガードでの目撃情報があった以降、行方知れずとなっていた。その為、各竜の陣営は彼らの目的地であるドラゴニアにて待ち受けるという作戦に変更した。


 そして、一週間を期限を迎える今日、各竜の陣営の刺客はここドラゴニアに集結していた。


 東西南北の四方の門は言わずもがな、城壁の上からも竜人の配下の兵士たちは監視の目を光らせ、ネズミ一匹通さぬ厳戒態勢を敷いていた。


 そんな中、一人の少女が東門に馬車に乗ってふらりと現れた。彼女はその身に竜人監査官の制服を纏ったエレナだった。

「――停まれ、女。お前、どこの担当の竜人監査官だ?」


 東門を通ろうとしたエレナの制服を見て、門番が呼び止める。


「どこだっていいでしょ? 竜人監査官なんだから、入れてよ」


「……名前はなんだ。正直に言え」


 問われてエレナは正直に名乗った。それと同時に門番たちの顔に緊張が走る。


「お前は鉄竜の! どこだ! 鉄竜はどこだ!」


「さぁ、はぐれちゃったから分からないわ。そのうち来るんじゃない?」


 とぼけた様子でエレナは言う。そんな彼女の態度とはうらはらに門番は慌ただしく動き出した。


 他の門や城壁の上の見張りに伝令を出し、街の中で待機している刺客の竜人にも、鉄竜担当の竜人監査官が現れた情報が伝えられた。



 同じ頃――。

 馬車の中を検分していた兵士は、酒樽をコンコンとノックするように叩き、中身が詰まっていることを確認した。


「よし通れ」

 通行を許可された馬車は、目抜き通りを通ると路地に入り酒場の裏口に停まった。


 御者は馬車から降りると、不自然な程に辺りを見渡しながら荷台に乗った。


 そして、一つの酒樽の蓋を開けた。中には満杯近くまで入った水に浸かっている人の姿があった。


 ざばんと音を立てて人が立ち上がり、酒樽から出てきた。


「ありがとう、酒屋さん」

「いいってことよ。ほら着替えだ」


 アッシュはそれを受け取ると、足早に路地に消えていった。


 ◆◇◆◇◆◇



 赤味がかった茶色の髪の毛の男は、神経質そうな顔で貧乏ゆすりをしていた。

 ドラゴニアの中央広場の一角にその男は居る。彼こそ火竜序列八位のイグレムだった。


 彼は鉄竜たちの最終目的地である中央広場にて完全武装の姿で待機していた。


「――現れないわねぇ。もうこないのかしら?」

 イグレムの隣から間の抜けた女の声が聞こえた。


「ネフィラ、こっちに来るなと言っただろ。大人しく風竜陣営の中に居ろ」

 イグレムは隣の女にうっとうしそうに言った。


「あら、いいじゃない。今日は協力関係なんだし、仲良くおしゃべりでもしましょうよ」


 ネフィラは緑色がかった髪を手ぐしで整えながら、呑気な口調で言った。


「明日になればまた敵に戻る。仲良くなんてする必要は無い」

 イグレムは冷たく言い放った。


「つれないわねぇ」


「それよりも相手の情報は頭に入れているのか?」 


「ええ、もちろんよ。一人は妙な武器を使う女、もう一人は妙な力を使う少年、その二人でしょ?」

 ネフィラの返答にイグレムは舌打ちをする。


「肝心の能力は把握しているのか?」


「ええ、もちろん。妙な武器はいろんな竜の力を使えて、妙な力は鉄を自在に操る、でしょ?」


 イグレムはふんっと鼻を鳴らす。ネフィラの返答はひとまずは及第点だったようだ。


 この二人はそれぞれが火竜と風竜という違う竜種でありながら、今日この場では協力関係を結んでいた。


 協力して鉄竜の二人を狩り、それぞれで手柄を分け合うことで、二人して本戦への参戦をするという目論見だった。


 その他にも中央広場には火竜と風竜以外の陣営の竜人も待機していた。しかし、イグレムの火竜序列八位、ネフィラの風竜十一位の二人が高ランクの竜人であり、二人以外はあわよくば手柄の横取りを狙う低ランクの竜人ばかりだった。


 その中央広場へ一人の兵士が走ってやってきた。


「申し上げます! 鉄竜が現れたとのことです! 西地区にて交戦しながら移動しているとのことです!」


 その報告に広場の竜人たちは色めき立つ。


「来たみたいねぇイグレム。さぁ行こうかしら」


 ネフィラが言う。しかし、イグレムは動かない。


「イグレム?」


「――他の竜人で様子だけ見てこさせろ。俺はここで待機する」


「いいの? 狩られてもしらないわよぉ?」


「構わない。今まで何の足取りも掴ませなかった奴らが、ここに来て無策にも現れることが解せない。それにあいつら低ランクじゃ狩れねえよ」


「ふーん」


 そして各竜の陣営がリーダー格を含めて大多数の竜人を西地区に向かわせたのに対して、火竜のイグレムと風竜のネフィラ、そしてその取り巻きだけは広場に残った。




 その頃、東門でも鉄竜の出現の報せに騒然としていた。


 そして、一人の兵士が手伝いに行こうと言い出した。

 兵士たちは皆、見張りに飽き飽きしていたので多くが賛同した。中には見張りを続けたほうが良いと主張する者も居たが、それは少数派であり、その少数を残して東門の兵士たちは街の中へ走っていってしまった。



 ちょうどその時、一台の馬車が到着した。


 しかし、簡単な検分だけされて、馬車は通されたのだった。荷台の下に隠れている者にも気づかずに。




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