3 鉄竜の正体
次の日もエドウィンたちは工房を訪れていた。
「――交渉決裂だよエドウィン。せっかくアンタに手柄をやろうと思ったのに、他の監査官に話を持っていくよ?」
「なにが手柄だ、厄介事以外の何物でもねえ。竜神聖戦参戦の前に、まずあの武器を調査機関に差し出せ」
「お断りだよ。あんな奴らの玩具にされてたまるか」
昨日に引き続いてエドウィンとイルの話は平行線だった。
それを尻目にアッシュは表面が荒いプレートを削る作業をしていて、エレナはその作業を眺めている。
ふとアッシュが手を止めた。
そして外の方に視線を向けて眼を眇めた。
「アッシュ、どうしたの?」
エレナが尋ねると、アッシュは唇の前に人差し指を立てて、エレナの話を止める。
「イル、誰か来ている」
アッシュがそう言った瞬間――工房の壁が爆発によって吹き飛んだ。
それに対するイルの反応は速かった。
「アッシュ、鉄竜牙を持って逃げるよ!」
「エレナ行くぞ!」
エドウィンも素早くエレナを呼び寄せた。
四人は裏口から抜け出し、裏路地を走る。
後の方では追手が迫る音が聞こえる。
「エドウィン! アンタ達は無関係だし監査官だ。逃げる必要は無いよ!」
走りながらイルは言う。
「関係は大アリだ。まだ鉄竜牙の秘密を聞いていない。襲われるのを黙って見てられるか!」
イルを先頭にした一行は、裏路地から少し広い通りに出た。
しかし、そこにも襲撃犯の仲間がいたらしく、イルたちを見ると追いかけてきた。
「広場に行くよ! あそこなら手出ししないはず」
広場に着いた四人が肩で息をしていると、わらわらと男たちが現れて取り囲まれてしまった。
しかし男たちは襲いかかってこなかった。
イルの言う通り広場の人目を気にして躊躇しているようだった。
「どきな」
その男たちの囲いを割って一人の男が出て来た。
エンジ色のローブを纏って同じ色の髪色をした若い男だ。
「おい、あの女が標的か?」
エンジ色の髪の男は近くの男に問う。問われた男は首肯で答えた。
エドウィンがそのエンジ色髪の男を見て、驚いた様子で言う。
「アイツは、ガルーダ……」
「知り合いかい? エドウィン」
「見たことがあるくらいだ。アイツは『火竜』から追放された『崩れ竜』だ」
「なるほど。なりふり構ってられないってことか」
二人がそう話していると、ガルーダがゆっくりと近づいてきた。
「おしゃべりは終わったか?」
そう言うとガルーダは腕を上へ伸ばして人差し指を立てた。
「ここなら襲ってこないと思ったか?」
突如としてガルーダの指先に巨大な火の玉が出現した。
突然現れた巨大な火球に広場は騒然となる。そして広場の人たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「待て、こんなところでそんな術を使うな。街に被害が出るぞ」
エドウィンがガルーダを制止する。
「なんだお前、指図される筋合いはねえ」
「俺は竜人監査官だ。竜の戦いを取り仕切る権限がある」
ガルーダはほぅと呟くが鼻でわらう。
「馬鹿が俺にそんな権限が通じるわけねえだろ。お前も死んどけ」
ガルーダは手を振り下ろした。
火球が襲い掛かる。
アッシュからプレートを受け取ったイルは、それを素早く鉄竜牙に装着した。
「水牢」
イルが剣を突き上げると半円球状の水の壁が四人を包んだ。
火球が水の壁に衝突すると、水の壁が火球を包み込む。火球は水に飲み込まれるようにかき消えてしまった。
水蒸気が立ち昇る中、それを切り裂くようにしてガルーダが襲いかかって来た。
その手には炎を纏った剣を握っている。
「終わりだ」ガルーダは呟く。
炎の剣はイルの身体を切り裂いた。
しかしそれは水が生み出した鏡像であり、ガルーダの剣は水の壁をわずかに蒸発させただけだった。
「そう、終わりだよ」
水の槍がガルーダの肩を後から貫いた。
「甘かったね。水蒸気に紛れて策を練っていたのは、アンタだけじゃないんだよ」
しかしガルーダは嗤う。
「甘いのはそっちだ」
突如して広場の石畳が弾けて男が飛び出して来た。
不意打ちを喰らったイルは石畳の上を転がる。
土から出てきた男は、そのままイルの腹を蹴り飛ばす。
大きく吹っ飛ばされた彼女は広場の噴水に叩きつけられた。
「イル!」
「動くな」
叫ぶアッシュにガルーダが喉元に剣を突きつけながら言う。
「そっちの監査官も動くなよ。こいつの喉に穴が空くぞ。おいガンザス、その女を持って来い。俺が直々になぶってやる」
地面から出てきた男にガルーダが命令した。
そのガンザスは噴水からイルの身体を引っ張り上げて放り投げた。
石畳の上を這いつくばるイル。彼女の口には血が滲んでいた。
「……ふぅ、油断したね。奥の手を用意していたなんてね」
「へっ、その余裕がいつまで続くかな」
すると突如としてイルは哄笑し始めた。大きな笑い声が広場に響く。
「何がおかしい」
「ハハッ、笑わずにはいられないよ。ガルーダとか言ったね、アンタが取った行動は最大の悪手だよ」
「何だと」
イルは妖艶に笑う。
「アッシュ、いいよ。やっちまいな」
次の瞬間、アッシュは目の前の剣を無造作に手で掴んだ。
すると剣は溶けるようにただれてしまった。驚愕するガルーダの目の前で、剣だったそれはぐにゃりと形を変えながら、アッシュの腕を包む。
そして瞬く間に手甲へとその姿を変えた。
手甲を纏ったアッシュの拳がガルーダの顎を跳ね上げた。
その一撃でガルーダの意識は飛んだ。
しかし、ガンザスがその身に土の鎧を纏って、襲いかかってきた。
「アッシュ!」
イルが鉄竜牙を投げてきた。
アッシュの手の中で鉄竜牙は光り輝く。
そして先程の剣と同じ様にその形を変えはじめた。両刃の刃の間に細長い筒が浮き上がって来て、細長い筒を剣の両刃が挟むような形状となった。
アッシュはそれを両手で握って突きの構えを取る。
ガンザスの拳が眼前に迫る。
「強弾砲」
アッシュの剣が鋭い爆発音を放った。
次の瞬間、ガンザスの土の鎧が木っ端微塵に砕け散った。
何が起きたか分からないガンザス。ただ身体に伝わる衝撃で何らかの攻撃を受けたことを悟った。
アッシュは剣の鍔に当たる部分を握って捻った。
鉄竜牙はガチャリと音を立てる。
「多弾砲」
再び爆発音。土の鎧が剥がれたガンザスの身体を無数の衝撃が貫く。
呻き声をあげる間も無くガンザスの意識は断ち切られた。
それを確認したアッシュは鉄竜牙を周りの男たちに向けた。
取り囲んでいた男たちは一目散に遁走したのだった。
◆◇◆◇◆◇
四人は工房に再び戻っていた。
「――アッシュが『鉄竜』の因子を持っているんだな」
イルの手当をしているアッシュにエドウィンが言う。
「察しがいいな」
答えたのはイルだった。
「ずっと気になっていた。仮に武器が因子を持つのだとしても、誰がそれを付与したのか。そして、アッシュが見せた鉄を操る能力。あれこそが『鉄竜』の力。そうだろ?」
「ああ、正解さ。本戦まで隠しておきたかったけどね」
イルは微笑みながら言った。
「まさか、本当に新しい竜が出てくるなんて、どこで見つけてきたんだ?」
「それも秘密さ。でも交換条件だ。竜人認定してくれれば、ある程度話してやってもいい」
エドウィンは天井を見上げてため息をついた。
「……いいだろう。局長に掛け合ってみる。だが教えてくれ、どうして竜神聖戦に出ようとするんだ? 何が目的だ」
その問いかけにアッシュとイルは視線を合わせる。
そして二人は口を揃えて言った。
「竜神聖戦を――ぶっ潰すのさ」