11 竜人と竜人監査官
終戦が宣言されると、物陰から戦いを見守っていた竜人監査官たちが現れた。
その中にはエドウィンとエレナの姿もあった。
「まさか、本当に勝つとはな」
「ハハッ、この程度なんざ余裕さ」
「よく言うぜ、ズタボロのくせに」
エドウィン相手にイルは軽口を叩いている。
その横でエレナはアッシュの顔を覗き込む。
「大丈夫? アッシュ?」
「監査官は中立なんだろ。いいのかよそんなこと言って」
「いいでしょ。無事を確認するくらい」
エレナは微笑んだ。
すると、ひとりの兵士が近づいてきて、傷の手当をすると言ってきた。
アッシュが無防備に傷を見せた時――。
「馬鹿が」
兵士の指がアッシュの傷にめり込んだ。
悶絶するアッシュ。兵士は帽子を脱いだ。その正体は――イグレムだった。
「勝負なんざ関係ねえ! てめえだけはぶち殺してやるよ!」
イグレムはアッシュに襲いかかる。
しかし次の瞬間、イグレムの顔面に拳がめり込んだ。
不意打ちを食らったイグレムはずるりと崩れ落ちた。そして今度こそ動かなくなった。
「勝負は終わったって言ったでしょ!」
イグレムの顔面を殴って卒倒させたのは――エレナだった。
それを見てエドウィンは頭を抱えて項垂れるのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
その日の夜。
ドラゴニアの夜景が見渡せる高台にアッシュは来ていた。
そしてその横にはエレナの姿もある。
アッシュは一人でも無事だと言っていたが、エレナはアッシュから目を離さないと言って、無理やり付いてきていた。
見るともなく街を見下ろしていたアッシュはおもむろに口を開いた。
「良かったのかよ。竜人監査官が竜人を殴って。エドウィンが頭抱えてたぞ」
「だって、もう勝負は終わっていたのだから、私たちが介入しても問題ないでしょ」
「そりゃ、そうだけど……」
「あら、心配してくれているの?」
「そんなんじゃねえよ」
アッシュはわざとらしく顔をそらした。
「いいのよ。竜人監査官は綺麗なことばかりが仕事じゃないのよ」
「なんだよそれ」
アッシュは横目でエレナを見ながら呆れた顔をする。
それを見てエレナは緩く微笑む。
街並みに視線を戻したアッシュ。その横顔にエレナは話しかける。
「ねえ、アッシュ。どうして、竜神聖戦に参戦したいの?」
「言ったろ。竜神聖戦をぶっ潰すって」
「どうして、ぶっ潰したいの?」
「…………」
アッシュは黙りこくる。
「ひょっとして――」
「ガイル爺さんに何を聞いたか知らないが、関係ないだろ」
「もうここまで付き合わせといて、関係無くはないわ。それに食べたでしょ? 私の作ったご飯」
「はぁ?」
「私のご飯は高くつくわよ」
エレナは小悪魔っぽく笑う。
アッシュはため息をつく。しかしエレナの方を向いて笑顔を見せた。
「分かったよ――エレナ」
一陣の風が吹いた。その夜風は二人の胸の奥を爽やかに吹き抜けていった。