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10 決戦②


「――お、い、おい、起きろ」

 揺すられてアッシュは目を覚ました。目の前には見知らぬ男がいた。身なりからするに竜人の配下の兵士だ。すぐに身体を動かそうとするが身動きが取れない。覚醒した頭で身体の感覚を探ると、両手と両足を縛られていた。


「ハハッ、お前もこっぴどくやられたね」


 隣を向くと同じように縛られたイルが居た。彼女は全身アザだらけで、口元には血が滲んでいる。


「いやぁ、助けるつもりだったんだが、逆に追い詰められちまったよ」


「イル……」


 話す二人のもとに一組の男女が近づいてきた。イグレムとネフィナだった。



「さて、終わりだ鉄竜。極力殺すなと言われているからな、この程度で済ましてやっている」


 イグレムが冷徹な目で見下ろしながら言った。



「お優しいことで。さすがは慈悲深い竜人様だ」


 イグレムがイルの腹を蹴る。イルはくぐもったうめき声を上げた。


(しゃく)に障る話し方だ。うっかり殺してしまってもいいんだぞ?」


「その辺にしときなさいよぉ、イグレム」


 呑気な口調で言ったのはネフィナだった。


「ねえ、貴方たち。このまま日暮れが来れば貴方たちの負けだけど、このまま縛られていたい? 降参して負けを認めれば、縄を解いてやってもよくてよ?」


 ネフィナは微笑みながら言った。しかしイルは不敵に笑う。


「ふん、そりゃ、こっちの台詞さ。そっちが降参して縄を解けば、このアザは無かったことにしてもいい」

 それを聞いたネフィナは一瞬呆けた。やがて言葉の意味を理解して大きく笑い出した。



「あはははっ! 面白いわ。わかったわ、降参するわ。私の負けよ」


「おい、ネフィナ」


「いいじゃない、イグレム。私だけが降参なのだから。貴方がいれば、この人たちの勝ちは無いわよ」


 そう言うとネフィナは、もう用が済んだとばかりに二人から離れていった。


 イグレムは二人を一瞥すると、少し離れた所に腰をおろした。

 どうやらこのまま日暮れを待つ気らしい。





「――さて、アッシュ。最後の仕上げだよ」

 小声でイルは告げた。アッシュは声は出さずに、視線だけイルに向ける。


「気づかれないように左の方を見てごらん。何がある?」


 アッシュはちらりと言われた方を見る。


鉄竜牙(ティラガ)と俺の新型――鉄竜甲(バルグレイン)もある」


「そうだ、ちょうど2つ揃っている」


「でも、どうするんだ? 動けないぞ」


「ハハッ、動けなくても、お前なら動かせる物はあるだろ?」


「……どういうことだ?」


「奥の手だよ。いや、()()()か。手をこっちに出しな」


 次の瞬間、イルは腹痛に悶えるように身体を動かして呻き出した。


 何事かと周囲の視線が集まる。


 そしてイルは、ひときわビクンッと大きく震えると口から何かを吐き出した。




 それは、人差し指ほどの鉄の棒だった。




「……ヘヘッ、ちょっと汚いが、気にすんな」


 イルはニヤリと血の滲む口角を上げた。



「おい! お前ら、そいつらを取り押さえろ!!」

 イルの意図に気づいたイグレムの怒号が飛ぶ。



 それに反応した兵士たちがアッシュたちに向かって駆け出す。



 しかし遅かった。



 次の瞬間、アッシュの手のひらから鋭い鉄のワイヤーが飛び出た。それはいとも簡単に二人を縛るロープを切り裂いた。


 逃げ出そうとするアッシュたちを止めるべく、兵士たちは剣を抜いた。



「そりゃ、悪手だよ」


 イルは不敵に笑う。



 次の瞬間、アッシュは剣を素手で掴んだ。


 剣はぐにゃりと形を変えて、アッシュの腕に絡め取られた。


 アッシュはそれを横薙ぎに振るった。ムチのように伸びたそれは、他の兵士たちの剣も次々と取り込んでいく。


 剣を失った兵士たちは一瞬唖然となるが、すぐに素手で襲いかかってきた。


 アッシュは巨大化した鉄のムチを軽々と振るう。


 すると、鉄のムチは空中で分裂して、それぞれが拳ほどの大きさの鉄球となった。充分な威力を持った鉄球は兵士たちにことごとく命中し、彼らの大部分を行動不能に陥らせた。



「役立たずが!」


 鬼の形相でイグレムがアッシュに向かってきた。


 しかし、二人の間にイルが踊り出た。彼女は地を這うような姿勢でイグレムの下半身へ体当たりを食らわした。


 二人はもみくちゃになりながら地面を転がる。



「行きな! アッシュ!」


 イルが叫ぶ。



 アッシュは鉄竜牙(ティラガ)鉄竜甲(バルグレイン)を奪い返すと、素早く装着した。


 顔を上げたアッシュの前には、イグレムとネフィラが立っていた。

 そして、イグレムの足元にはイルが横たわっている。



「どうやら、本気で死にたいらしいな」

 イグレムが強烈な眼光で睨みつけながら言った。


 アッシュは鉄竜甲を纏った右手で鉄竜牙を構える。



「アレには気を付けて、イグレム」

 ネフィラが言うが、イグレムは鼻で笑う。


「問題ない。アレは大した強度の術は出せない」


 その言葉にイグレムの足元のイルは笑みを浮かべる。


「女、何がおかしい」


「いいや、アンタの言う通りさ。だがね、それは一つだけだった場合の話さ」


「なんだと?」

 次の瞬間、一陣の風がアッシュに向かって吹いた。


 イグレムがアッシュを見ると、彼が掲げた剣の周りにつむじ風が発生している。

「ケッ、どうせ生半可な疾風突きあたりだろ」


 しかし次の瞬間、彼は瞠若する。


 アッシュの剣の周りには風、そして彼の右腕の手甲の周りには炎が発生しているのだ。



 風と炎が混ざる。


 炎は風に煽られて大きくうねる。風は炎をまとい、アッシュの腕の周りには炎の竜巻のようなものが発生していた。



「ば、馬鹿な……、2つ同時だと……?」


「アレは逃げた方がいいわよぉ」


 声の方を見るとネフィラは一目散に退散している。



「ま、待て、防御を!」

 イグレムがそちらに気を取られたその時、アッシュは静かに呟く。



煉獄旋風(パージヘルゲイル)



 鉄竜牙の周りの炎の竜巻が巨大化した。アッシュはそれを振り下ろした。


 風により極限まで加速された炎がうねりをあげてイグレムに襲いかかる。


 イグレムは獰猛な炎の風に為す術なく吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。


「ク、クソがぁ!」


 怒りに震えながらイグレムは身体を起こす。彼の目の前ではアッシュが既に構えを取っていた。



疾風(ストーム)強弾砲(マグナバスター)


 風の力で強化された鉄竜の一撃。凄まじい威力でイグレムの身体は壁にめり込んだ。そしてそのまま動かなくなった。



 アッシュは地面に膝をつく。


 気を抜いた瞬間、イグレムにやられた傷の痛みと、疲労とが一度に襲いかかってきていた。



 しかし、まだ終わっていない。中央広場の祭壇まで行かなければならない。


 アッシュがなんとか立ち上がった時、周囲を囲まれているのに気づいた。



 それは火竜と風竜以外の竜人たちであった。イグレムたちの戦いを遠巻きに見ていた低ランクの竜人たちが、戦い終わって消耗したアッシュに群がって来ていたのだった。


 竜人のうちの一人が薄ら笑いを浮かべてにじり寄る。


「悪く思うなよ、鉄竜」



 竜人たちが我先にと襲いかかってきた。アッシュが鉄竜牙を振るおうとした時――。


「――そこまでだよ」


 突如として、アッシュの周りに分厚い水の壁が出現した。


 竜人たちの攻撃は水の壁に遮られてアッシュに届かない。すると今度は竜人たちの体に水が巻き付いて、彼らの動きを封じた。


「あなた達、矛を収めなさい。もう勝負は着いたよ」


 その声の主を見て、一人の竜人が叫ぶ。


「あ、あなたは!」


 現れたのは、青のローブを羽織ったユリーシアであった。


 彼女は緩く笑いながら、指先をパチリと鳴らした。それを合図に水はすべて霧散した。


「勝負が着いたとはどういうことだ! 邪魔をしないで頂きたい!」


 ひとりの竜人が荒々しく叫ぶ。


「やれやれ、愚かだね。だから君たちは低ランクなんだよ」


 ユリーシアは呆れ顔で中央広場のある場所を指差した。




 そこには、祭壇の上に腰掛けて、手を振るイルの姿があった。



 竜人たちはその光景に呆然となった。



「目の前の敵に気を取られて、勝負のルールを忘れる。最初っから君たちには竜神聖戦への参加資格など無いのだよ。出直してきな」


 ユリーシアが吐き捨てるように言うと、竜人たちはその場に崩れ落ちた。



「竜神聖戦の予備戦、この勝負は――鉄竜の勝利だよ」


 ユリーシアが予備戦の終戦を宣言した。




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