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6 荒れる叙任式

 通路にできた人だかりは、増える一方だった。今やアランは注目の的である。


「それが宝珠か、すげぇキレイじゃん!」


「ねぇ、宝珠の化身ってどこにいるの? やっぱり強いのかな?」


 アランは矢継ぎ早な質問に四苦八苦する。とにかく場をおさめようとしたのだが、それは予期せぬ声で実現した。


「邪魔だよ君たち。道を空けないか」


 鋭い声に全員が振り向いた。そこには4人の魔術士が、人だかりの方を向いていた。


 声の主はザッカス・クロムフェルト。金色の髪を丁寧に撫でつけては、鼻で嘲笑った。


「君たちが何に騒ごうが、どうでもいい事だけど。僕を煩わせるのは勘弁してくれないか」


 すると人だかりは静まり返り、三々五々と、よそへ散っていく。そして全員がはけたところで、ザッカスが静かに歩を進めた。アランと真正面から睨み合う。


「やぁ、英雄気取りは楽しかったかな? 貧乏人のささやかな喜びを奪ってしまって申し訳ない。次からは場所を選んでくれると助かるよ。例えばそう――ゴミ捨て場とかね」


 ザッカスの言葉に、取り巻きたちが吹き出して笑った。


「オレは別に何もしてない。今のは突発的な事故みてぇなもんだ」


「ふぅん。てっきり神器官という名誉に浮かれてるんだと思ったけどね」


 ザッカスは、アランの脇を通り抜けた。そして去り際、付け加えた。


「あまり調子に乗らないことだね。宝珠は、君のような、底の浅い人間にふさわしくない。足元をすくわれる事になるよ」


 そうしてザッカスは、取り巻きを引き連れては本棟から出ていった。アランの胸に小さな不快感を生み付けて。


「それよりソフィアの件だ。誰かに相談を――」


 しかしミールデン院長は不在だった。秘書のメルも同じだ。そしてデニスでさえ、すでに業務で忙殺されていた。整備室に積み上がる魔術具を前に、弱音と悲鳴を響かせていた。


「まいったな。いつ打ち明けたらいいんだ」


 アランにも任務はある。街なかを見回り、それが終われば新兵の訓練。たいていは複数名で担当するので、そばに誰かしら同僚はいた。しかし相談相手にはならない。彼らはみな「宝珠があれば魔獣なんざ怖くねぇ!」と息巻いており、その力に期待するばかりである。


 とてもではないが、打ち明けることはできない。そして、秘密を彼の胸だけに抱きながら、翌朝を迎えてしまった。


 神器官の叙任式だ――。


 式典はささやかなもので、身内と僅かな来賓だけで執り行われた。場所も魔術院の大会議室だ。

 

「なんで街の公会堂を使わないんだ?」


 一般参列者の席から疑問の声が上がる。しかしそれも、仮設の壇上にミールデンが登ると静まり返った。


「え〜〜、皆様。本日はお忙しい中にお集まりいただきまして」


 ありきたりな前口上を、アランは席の前から2番目の列で聞いていた。視界から誰かの視線を感じた。それはミールデンの方から明らかにはずれていた。


(ザッカスのやつ、何をジロジロと)


 それとなく目をやると、少し視線が重なった。いつもの嘲笑う顔が見えて、顔を正面に向けた。例によって不快感を、それに加え、微かな焦燥感も込み上げてきた。


 その理由は分からぬまま、スピーチは続く。


「ついに我ら人類は取り戻したのです。決死の想いで闇に飛び込み、悲願の宝珠を手に戻ってまいりました。アラン・ウェスター、そしてデニス・サイザール。壇上へ」


 ミールデンが鷹揚にうなずき、登壇を促した。アランはどことなく背中を丸めて、そしてデニスは両手足をガチガチに揃えつつ、登った。


 室内には割れんばかりの拍手が鳴り響いた。


 ミールデンが「せっかくなので、ソフィアの顔見せも」と告げた。アランは思わず目を見開いた。


「ソフィアをこんな場面に? みんなが面食らうぞ」


「避けては通れない道だよ。どこかでソフィアの幼さについて、認識を統一させる必要がある。それが今だと思う」


「そこまで言うなら、仕方ない」


 アランは宝珠に口を寄せて囁いた。「挨拶しろ。余計なことは口走るなよ」すると辺りに閃光がきらめいた。瑞々しい萌芽が芽吹くかのように身体を伸ばしつつ、壇上に1人の少女が現れた。


 その清らかさは多くの者の心を奪った。しかし同時に、強い疑念も感じさせ、困惑となってあらわれた。その様子は、ソフィアの発言によって更に色濃く刻まれることになる。


「やっほ〜〜、みんな元気? ソフィアだよ! これから毎日楽しくやってこうね〜〜」


 聴衆は片っ端から石化したようになる。誰もが思う。いったい何を見せられたのかと。会場はザワつきだした。


――どういうことだ。ソフィアは見目麗しき大人の女性と聞いたが、まだ子供だぞ。


――全く強そうに見えない。本当に戦ってくれるのか。


 徐々に不穏さが漂い出すなか、ソフィアは格好を崩さなかった。それどころか、にこやかに微笑んでは声をあげた。


「あれあれ? 元気がないなぁ。ここは景気づけに、ムニちゃんの体液でも振りまいて――」


 やめておけと、アランは止めようとした。しかしそれよりも早く、来賓席で1人が立ち上がった。


 それは最前列に座る主賓で、アランもたびたび見かける人物だった。白髪頭に厳しい顔、上等なスーツに身を包んだ男が、壇上を睨みつけた。


 彼はザイン・クロムフェルト。この街の重鎮だった。


「なんだこの茶番は! フザけるのも大概にしろ!」


 怒り心頭のザインは、怒気を冷ますことなく壇上へと登った。そしてアランに詰め寄る。


「なぜこのような若造が神器官なのだ! うちのせがれの方が適任ではないか?」


 その言葉を受けて、ザッカスが立ち上がった。そして流れるような仕草で頭を下げた。気品と嫌味に満ちたもので、思わずアランは舌打ちをした。


 この予期せぬ反論に会場はざわめく。それを鎮めようと、ミールデンが答えた。


「ザイン殿。昨日の会議でお話したでしょう。宝珠を取り戻した経緯と、新任する魔術士について」


「訊きはしたが、そもそも私は納得していなかった。徹頭徹尾だ」


 ザインはアランを真正面から見下ろした。


 彼は体格に恵まれており、頭1つ飛び抜けるほどに大きい。威圧感は強烈だった。それをアランはまっすぐ見返す事で跳ね除けた、隣で膝から震えるデニスとは対象的だ。 

 

「それに何だ今のは。宝珠の化身と言いつつ、どうみても子供だぞ! これはどういうことだ? 伝え聞く姿とは大きく違うではないか!」


 肌に響くほどの怒声にソフィアは退いた。そしてアランの影に隠れるようにして、寄り添った。その態度もザインには不満で「情けない!」と口撃を受けてしまう。


「宝珠のソフィアが聞いて呆れる! かつては魔獣の大軍と渡り合い、人類を勝利に導いたというのに!」


 場内を威圧するほどの怒りに口を挟んだのは、同じく年配のミールデンであった。

  

「驚くのも無理はありませんよ、ザイン殿。しかしこれが現状なのです。封印を解いたところ、かような姿で現れたとの事。そう報告を受けました」


「やはり、戦うだけが能の戦争屋まじゅつしに任せるべきではなかった! 強引な手段のせいで、ソフィアの復活に大きな支障をきたした。そうとしか思えん!」


「封印はじきに解けるという段階でした。彼らの手法に特別な問題があったとは考えられません。正しい判断だと言えましょう」


「その結果がこれだというのか。街の連中も納得はするまい」


「ごもっとも。ですので、ここから育てるのがよろしいかと。成長した暁には、きっと我らの救いとなり――」


「それまで何十年待たせる気だ! 自分たちの不始末のせいだろうが!」


 ザインは聴衆の方を向いた。


「見たか、そして聞いたか、皆のもの! このアランという小僧は功を焦ったがゆえに、せっかくの復活を不意にした! 果たしてこのような小娘に、我ら人類の未来を託せるだろうか!」


 そう訴えるザインは、席の一画を指差した。それは彼の息子であるザッカスに向けられた。


「これ以上、粗忽者そこつものに任せておれん。宝珠を我がせがれに預けてもらおうか。クロムフェルト家に代々引き継がれる技術と人脈で、必ずやソフィアを最強無比の兵器に叩き直してくれよう!」


 圧倒された参列者たちは、無言を貫いた。反論も擁護もない。ただ単に、クロムフェルトの圧迫感に制圧されていた。


 それを押しのけたのは、胆力に優れたアランくらいだ。


「あんまり騒がないでください。もう歳なんだ、血管が破けても知りませんよ」


「何だと!」


 顔を真っ赤にしたザインが、アランの襟首を掴み上げた。そうまでなっても、ぞんざいな口調は変わらない。


「オレたちは大損害を出しつつも、目的の宝珠を持ち帰ったんだ。予定と違うからって、ギャアギャア騒がねぇでもらえます?」


「この、不遜な態度を……!」


 アランは虚空に魔術語ルーンを描き、微かに魔力アニマを注ぎ込んだ。すると襟首を掴む手に電流が走り、ザインの手が離れた。


「おのれ! 何をする!」


「静電気じゃないですか。襟首のバッジが帯電してたんでしょう」


「許さんぞ貴様……この私に恥をかかせおって!」


「まぁまぁザイン殿。アラン君もおさえておさえて」


 ミールデンは柔和な笑みで割って入ったが、微かに闘気が感じられた。指先に集約されたアニマは、ささやかだが濃厚で、いつでも撃てる状態だ。その光は冷や汗を誘うほどに冷たい。


 これにはさすがのザインも、咳払いをして怒気をおさめた。


「やる気かミールデン。我が一族と反目しようというのか?」


「いえいえとんでもない。ただ、我らに仲違いしている余裕はありません。魔術士が魔獣と戦い、貴方がた技術者が結界を保持する。持ちつ持たれつではありませんか」


「宝珠を渡せ。そうすれば水に流してやる」


「そうですなぁ……当人に選ばせてみますか?」


「それは誰の事だ」


「もちろん、ソフィアですよ」


「こんな木偶でくに選ばせると? 所詮は兵器ではないか」


「人格がある以上、相性も考えねばなりませんよ」


 ミールデンがザッカスを壇上に呼んだ。そしてアランと肩を並べて立つ。お互いにソフィアと向き合うようにしつつ。


「ソフィア、どちらの下へ行きたいか、選ぶと良い」


 先にザッカスが手を差し伸べた。


「私の下へ来ると良い。最新の設備に技術が揃っている。君を最短で育て上げることを約束しよう。それに、一流料理人の食事も味わい尽くせるよ」


 アランは眉を潜めた。ザッカスが意外にも調べ上げている事に気づいたせいだ。食に釣られやすいのは、泣き所でもある。


 実際、ソフィアは少し物欲しそうな顔をした。まんざらでもない様子だ。


(さて、オレはどうしたものか……)


 ともに過ごしたのは僅かな日数だった。封印を解き、育成を依頼され、練兵場で一悶着。食堂では食い散らかされて、翌日も進捗なし。


 ひどく手を焼かされている。いっそ、技術者集団に任せてしまって良いかも知れない。


 しかし何故か、素直に譲る気にはなれなかった。


(ザッカスの奴、ソフィアの真意を聞いたらどう思うか……)


 魔獣と戦ってはならない、など誰が受け入れるだろう。融和策など一度として聞いた試しもない。誰もが、いかに魔獣を討ち倒すか、その念に囚われている。


(ムニルとたわむれてニッコリ笑顔……なんて光景は、もう見られないだろう)


 そう思うと、なぜか寂しさを伴った。率直に手放したくないという欲求が生まれ、それに戸惑う。果たして自分はソフィアに何を見たのか、何が寂しさを感じさせるのか――アランは自覚出来なかった。


 アランは手を差し伸べた。特に気を引く言葉のない、ありふれたセリフだった。


「お前が育ちたいように育てば良い。何をして学ぶかはお前が決めろ、オレはサポートに徹する」


 室内がどよめく。それにザッカスの嘲笑う声が重なった。投げやり、責任回避の言葉にしか聞こえないだろう。


 しかしソフィアは――アランの手を取った。そして微笑む。「これからもよろしくね」


 その決断をミールデンが拍手で称えた。釣られて参列者たちも続く。憤慨したのはザインくらいのものだった。


「くだらん! これ以上付き合ってられるか!」


 ザインが足を叩きつけるようにして退室し、その後をザッカスも追った。丸く収まったようではないが、ひとまずは決着を迎えたのだ。


「これで正真正銘に、ソフィアの保護者だね」


 アランの隣でデニスが声を震わせた。


「なんだ生きてたか。てっきり気絶してると思った」


「あと一押しでチビるところだったよ。尊厳は守られた。それとソフィアの身柄もね」


「良いのか。これで後戻りはできないぞ。失敗したじゃ許されない」


「平気さ。ソフィアのためなら何でもやるよ。クロムフェルトと事を構えるのは――避けたいけど」


「何でもじゃねぇな」


 アランは、胸元のバッジを交換した。一般的な銅製ではなく、銀にまばゆく輝くもの。上位の身分を示すもので、異例の大出世であった。


「これにて叙任式を閉幕とする。最後に盛大な拍手を」


 アランはデニスと並んで喝采を浴びた。しかし、参列者の半数ほどは冷たい視線を向けていることに気付かされた。


 前途は決して明るくない。アランは無言のままで受け止めた。



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