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4 床上手の同僚

 夕食時。練兵場で何の成果も得られなかったアランは、くたびれ顔で食堂に向かった。


 カウンター越しにB定食をオーダー。5枚の銅貨を対価に、炙り塩豚に麦飯、汁物に小サラダを受け取り、テーブルに向かう。利用者の数が少ないタイミングだったので、席は選び放題だ。


「なんかもう、今日は色々あったな……」


 6人がけのテーブルで、手足を投げ出して座る。脳裏には神殿、院長室、練兵場の光景が矢継ぎ早に生まれては、消えてゆく。


「さすがに急ぎすぎたな。育成は明日からでも良かったかもしれん……」


 塩豚の香りで腹が鳴る。意識は現実へと引き戻され、フォークを掴んだ。空いた左手を胸に当てて呟く。「女神ルミナスの恵みに感謝を――」


 そして肉にフォークを伸ばした、その時だ。


「なにこれ、おいしそう!」


 アランの右手首にいきなり頭が生えて、そう叫んだ。とっさに腕ごと引っ込めたアランは、テーブルの下で叱りつけた。


「お前、急に出てくるなって! 何か合図くらいだせよ!」


「ねぇアランにぃ。さっきの美味しそう、ちょうだい?」


「分かったから、待ってろ……!」


 アランはカウンターから取り皿を分けてもらい、席に戻る。そして肉と麦飯、そして葉野菜を盛り付けては、隣に置いた。


 実体化したソフィアは、すまし顔で席についている。


「それだけあれば十分だろ」アランがそう言う間にも、ソフィアは勢い良くかきこんでいく。食欲は、傍から見る分には、胸がすくほどに旺盛だった。


「それだけの熱意が、成長にも向いてくれたらなぁ」


「アランにぃ! もう少しちょうだい? お肉ちょうだい?」


「もう食ったのかよ! オレの分がなくなるだろ!」


 アランが晩餐の危機を迎えた所で、ちょうどデニスもやって来た。彼は豪勢にも牛豚鶏の三種盛りをトレイで運びつつ、アランの正面に腰を降ろした。


「賑やかだね〜〜。やめてくれないかな、僕の居ない所でイチャつくのは」


「そんなノリじゃねぇ。調査の方はどうだ?」


「ううん、正直言って一筋縄じゃいかないというか……一朝一夕では難しいよね。アランは?」


「完全な空振りだ。いや、待てよ」


 そこで脳裏をよぎったのは、あの不思議な種だ。それが成果らしいものであり、同時に謎に包まれている。


「デニス、お前は知ってるか? アニマシードという……」


 しかしその時、デニスはフォークに突き刺した肉をソフィアに差し出していた。


「ほらほらソフィアちゃん。焼き立てのお肉だよ、食べるかな〜〜?」


「んんっ! んま〜〜い、もう1個!」


「良い食べっぷりだねぇ、どんどん食べていいからね〜〜?」


「話を聞けよオイ」


 練兵場での経緯を説明すると、初めのうちは「ソフィアちゃんの表情は?」「その時の仕草は?」と不必要な事ばかりを問われたものだが、確信に迫ると顔つきが変わった。


 デニスはアゴ先に手のひらを添えて、虚空を眺めている。


「アニマシード……ねぇ。知らないなぁ」


「それをキッカケに、ささやかな技が使えるようになった。実用性に乏しい、掃除係を悩ませるだけのものだがな」


「確かに、地面をヌメらせるだけじゃねぇ」


「それも調査する必要があるのか……」


 分からないことが増えてゆく。文献をあさり、実地で精査し、判断する。そんな手厚い手段で臨みたいが、アランたちに余裕はなかった。


 彼らには通常任務も課せられるのだから。

 

「デニス、お前明日は?」


「破損した魔術具の修理および検査。他にはアニマストンの選別かな」


「オレは市中の見回り、新兵の調練だ。育成はいつやれば良いんだ……」


「仕事上がり、かな?」


「そんなんでやっていけるか? タダでさえ、まともに育ってくれねぇんだぞ」


 2人の間に重たい空気が漂いだす。さすがのデニスも「2日にいっぺんで、様子をみようか」と消極的な胸の内をあかした。


 こんな事で本当に育成が出来るのか――と、問題の根本に思案が及んだところ、新たに人がやって来た。


「奇遇ですねアラン・ウェスター。ここは空いてますか?」


 焦げ茶色のショートボブに丸メガネ。アランと同じ制服を着る魔術士である。彼女はメル・サイザールと言い、ミールデン院長の秘書官だ。


 メルは返答を聞く前に、アランの斜向かいに着席した。その隣のデニスが、あからさまに顔を歪めた。


「姉さん、なんでこっちで食うんだよ。院長の傍にいなくて良いのかい?」


「ミールデン院長は役員会議です。私も同席しようとしたのですが、参加メンバーの制限から押し出されて、ヒマになりました」


 メルの持ち込んだ料理はデニスと同じ三種盛りだが、量はさらに上を行った。皿だけ見たなら大男の食事に引けをとらない。しかし彼女は細身で背丈も低い。どこにそのボリュームを押し込むのかと、アランは不思議に思う。


「アラン・ウェスター、うちの愚弟がお世話になってます。何かご迷惑ありましたらお申し付けください」


 そこでデニスが顔をしかめた。


「言っとくがね、姉さん。僕はいまや立派な戦力だよ。外征に出て神殿まで潜り込んだし、今や特別任務の一員だ。いい加減保護者ヅラはやめてくれよ」


「あなたはサイザール家の跡取りとして自覚がなさすぎます。魔術はそれなりだとして、体術が絶望的で、ガガンボの如く貧弱を極める。それなのに魔術具になどうつつを抜かし、鍛錬をおろそかにして、父がどれほど嘆いているか――」


「あ〜〜あ〜〜! うるさいのが来たなーー! 僕は早いところ調べ物に戻ろっかなーー!」


 そんな声を響かせて、デニスはそそくさと立ち去っていった。去りゆく背中を見守るメルは、小さな溜め息をついた。


「アラン・ウェスター。弟はアナタから見て、どうです?」メルは切れ長の瞳を一層細めていた。この時なぜか、ソフィアの石像の表情を思い出す。


「悪くないと思うぞ。少しばかりお喋りだが、仕事はキッチリこなしている。知識も豊富で堅実だから、裏方としてなら文句はない」


「デニスもあなたのように、体術にも熱を入れてくれると安心なのですが」


「オレの場合は半強制的だろ」


 アランはこれまでに、たびたびメルに拉致されることがあった。メルの父は武芸師範なのだが、アランの才気に惚れ込んでしまった。そのため事あるごとに訓練と称してアランを連れ込み、メルと3人で激しい稽古を重ねていた。


 その場にはたいてい、デニスの姿はなかった。


「そうだ。父が『近々、みんなで無茶しようぜ!』と申しております。ここ最近で最も激しい訓練になるでしょう。もちろんアナタにも来てほしいです」


「はい無理、残念だが諦めろ。オレには特別任務があるんだよ。そんなヒマは無いから覚えとけ」


「そんな、ひどい……。何度もとこで気を失うほど肌を重ね合わせた仲なのに。あっさりと見捨てるのですね」


ゆかだろ、床! 紛らわしい言い方すんな。お前に絞め技食らって気絶しまくっただけだろが!」


「まぁ、そんな言い方もできますね」


「それよりな、冗談抜きでヒマがないんだ。通常任務にソフィアの育成、余分な時間なんて、小指の先ほどもない――」


「通常任務なら免除されますよ。辞令も追ってでます」


「えっ、マジで……?」


「はい。あなたはこれより特別チームに組み込まれます。肩書も神器官となり、今後は独立して動くことになるでしょう」


「なんだそれ、聞いてねぇぞ!?」


「今ミールデン院長が、最後の調整をかけています。明日にも公式発表があるでしょう」


「ずいぶんと急だな……」


「ソフィアの育成に期待されてるということです。それよりも良かったですね。時間が増えるので、私との組手は存分に楽しめますよ」


 メルが静かに目を歪めた。普段から表情の乏しい分、ささいな変化が、凄まじい圧を放つことがある。


 実際、アランは腰が引ける思いだった。


「いや、そうとは言えんな。なにせ大事な大事な特別任務だ。人類が反映するかの境目だろ。おろそかには出来ない――」


 その時ソフィアを見た。妙に静かだなと思っていると、その両手は脂で濡れていた。


 正面のメルの皿から肉をかっぱらい、黙々と食べ進めていたのだ。今やメルの大皿は、そこが見えるほどに量を減らしていた。


「あっ、すまん。勝手に食ってしまったらしい。今すぐ買い足しを――」


 その時、食堂に1つの声が響いた。「三種盛りは完売しました、次回の入荷は未定です」と。


 アランはとりあえず弁償しようと、財布をまさぐった。しかしメルは、その手に触れては、小さく首を横に振った。


「水臭いですよ。子供のやった事ですし、私は気にしていません」


「いや、それだとさすがに」


「その代わり、組手の件をよろしくお願いしますよ」


 素早く夕飯を食べ終えたメルは、返事を聞く前に立ち去っていった。無表情で鼻歌を響かせながら。


「面倒な事になったな……」


 通常任務から解放されるのは朗報だった。しかし、あの暑苦しいサイザール親子との縁が深まるのは、別の意味で重たく感じられた。


 ソフィアは満腹さんの顔になって、悠々と宝珠に戻っていった。


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