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3 アニマを食えよ

 アランの右手に宝珠が装着された。サイズ感や重量に問題ないものの、彼はしかめ面をさらした。


「なんだか右腕だけ豪華絢爛で、バランス悪くないか?」濃紺のジャケットに同色のズボンという装いとは、確かに不釣り合いだった。勇壮な銀鎧や、もしくは豪華な指輪でも欲しいところだ。


 あれから院長室を出た2人は、本棟の階段を降った。通りすがりの同僚が、アランの腕を見て驚きの声を漏らす。悪目立ち――と言えなくもないが、デニスが軽口でカバーした。


「なかなか似合ってると思うよ、エースアタッカーさん」 


「茶化すなよ。それより育成はどうしようか」


 アランは既に基本方針を仮決定していた。魔力アニマの成長を促すことが最優先であると。ソフィアに特別な能力があったとして、それを使用するには、アニマが無くては始まらない。


 その読みは正しいはずだと、アランは経験則から予感した。


「そうだねぇ。まずは買い揃えるところから始めないかい?」


「それは魔術書とか、杖の事か? わざわざ買いに行かなくても、備品を借りれば済むぞ」


「違う違う。もっと色々な服を着させてあげようよ。あんな味気ないローブじゃなくてさ、フリルのワンピースとか、リボン付きのハーフパンツも良いよねぇ」


「デニス。やっぱりお前はそういう趣味が――」


「違う違う! ソフィアも訓練ばっかりじゃ息が詰まるだろうから、ご褒美と言うか、息抜きが必要だと思って!」


「それは息が詰まってから考える事だろ。オレはアニマを鍛えるべきだと考えるが、お前の意見は?」


 尋ねると、デニスはアゴ先に手のひらを添えて、目を細めた。熟考する時の癖だと、付き合いの長いアランは知っている。


「宝珠も魔術具の一種だと思うんだ。魔術具は、君も知っての通り、予め設定されたルーンにアニマを注ぐことで機能する。街灯が常に光ってるのも、ルーンと魔力石アニマストンを組み込んでるからさ」


 前置きについては、わざわざ聞くまでもなかった。アランは無言のまま続きを促した。


「その理屈を踏まえると、アニマを注ぎ込んだ分だけ、宝珠の力として蓄えられると思う。ただし、それを注入するのが、果たしてソフィアの身体なのか。それとも宝珠本体なのかは、僕には分からないけどね」


「そこは手探りで見つけるしかないだろうな」

 

 それからアランたちは本棟を出て、敷地内の練兵場へとやって来た。幸いにも無人で、この後の使用予定はなかった。


「ここで何をするんだい?」


「魔獣を召喚する。倒せば相応のアニマを吐き出すし、戦闘訓練にもなる」


「魔獣召喚かぁ。私的利用の場合は有料だけど?」


「もちろん公務だから、公費で落とす」


「まぁ細かいことはいっか。それよりも、クフッ。はじめての戦闘ってやつを、じっくり拝見させてもらおうかな、グフフッ」


「デニス、お前は調べ物を頼む。ソフィアに関する文献とかを当たってくれ」


 するとデニスの顔から生気が消え失せ、瞳も光を失った。すかさず、アランにすがりつくのだが、その仕草も半ば狂気じみていた。


「どうして!? 唐突なイジワル何で!? 僕も見守りたいよ、ソフィアの活躍シーンをさぁ!」


「2人揃って眺める光景でもないだろ。オレは実技を見るから、お前は調査。手分けしたほうが効率的だろ」


「ううっ……。あとで、話を詳しく聞かせておくれよ。緻密に、正確無比に」


「分かったから。そっちは任せたぞ」


 アランはデニスを見送りつつ、操作板に触れた。特殊なガラス面にルーンを描き、詳細設定をする。


 練兵場の中心に、魔法陣が現れては消えた。代わりに1匹の魔獣が出現。それはゼリー状の身体で、寝ぼけ顔の貼り付いた、とりわけ無害なもの――ムニルという名の魔獣だ。


「こいつ相手なら危険はないし、多少なりともアニマを稼げるだろうよ」

  

 宝珠に声をかけると、ソフィアが地面に降り立った。そしてムニルを見つけては、興奮したように、早口で言った。


「ねぇ、アランにぃ。行ってきて良い?」


 蒼い髪をサラリと揺らして微笑むソフィア。思いの外やる気に満ち溢れた態度に、アランは思わず顔を綻ばせた。


「もちろんだ、存分に暴れてこい!」


「はぁい! いってきまーーす!」


 幼い身体が一直線に突撃していく。しかし丸腰だ。そのうちナイフの一本でも見繕ってやろうかと、背中を見つめながら呟く。


 それでもムニルは最弱の魔獣だ、今この瞬間には、彼も必要性を感じていない。


「まずは様子見だ。おっ、いきなり飛びかかったか」


 ソフィアが頭から敵に突っ込んだ。攻撃性は悪くない。拙いくらい何だ、技術はあとから教えてやれば良い――と彼は思う。


 戦況は一進一退だった。ソフィアが馬乗りになったかと思えば、ひっくり返され、逆にのしかかられたり。激しい攻防が続く中で、ソフィアが高い声で叫んだ。


――あはは! 待て待て〜〜!


 繰り広げられる光景は、どこか戯れるようでもあった。ソフィアは眩く、混じり気のない笑みを浮かべては、ムニルに飛び乗る。


 一見して仲睦まじい両者。まるで長年の友のように、気のおけない者同士、愉快そうに触れ合っていた。


「楽しいねぁ〜〜、次は追いかけっこしよう!」


 そこでさすがにアランは吠えた。


「いやいや! アニマを食えよ!」


 たまらずアランは駆け寄った。すると小首を傾げたソフィアが、ムニルを抱きかかえながら振り返る。


「なぁに、アランにぃも混ざる? じゃあ、にぃは泥棒を追いかける役ね。私とムニちゃんは、貧乏人のために宝石を盗んだ役をやる」


「妙に凝ってんな。そうじゃなくて、そいつをブッ倒せよ! そんでもってアニマを食えって!」


「えぇ〜〜? そんな事しないもん。こんなにいい子だよ?」


 抱きかかえたムニルが眼前に突き出された。卵の白味のような質感に、気の抜けた顔。開いた口に牙はなく、噛まれたとしてもムニムニな感触だけがある。しかもほんのり冷たくて夏場には重宝する。確かに殴る気の起きない相手ではあった。


「とにかく倒せっての。お前の成長のためだろうが」


「やだも〜〜ん。そんなヒドイことしないもんね〜〜」


「仮にも宝珠の化身が……。かつては魔獣を殺しまくったんじゃないのかよ」


 頭をかきむしりながらボヤくと、ソフィアが静かに呟いた――ような気がした。


「だから嫌なんじゃない」


 あまりにも冷たい響きだった。アランは腹を突かれた気分になり、思わず刮目してソフィアを見た。


「おい、今のはお前が……?」


 問いかけに答えないまま、ソフィアは奥の方へ駆け去ってしまった。そしてムニルとの「お遊戯」が再開される。追い回したり、足元を掬われてムニルの背中に落下したりと、交流を満喫するかのようだった。


「なんだよアイツ。全然戦わねぇし、それにさっきのセリフは……」


 子供の声色とは大違いだった。理知的で、そして冷えを伴う響き。大人びた、と言うより大人そのものの口調だった。しかしソフィアに何ら変化はなく、年相応に遊び倒している。


 考えたところで結論には辿り着けない。結局は考察を諦め、デニスと合流しようと考えた。


「ソフィア、もういい。いったん引き揚げるぞ――」


 するとその時だ。辺りに眩い閃光が駆け抜けた。


「なんだ、この光は……!?」


 ソフィアは驚きもせず、むしろ歓喜の声を響かせた。


「うわぁ、アニマシードをくれるの? これでほんとのオトモダチだね!」


「アニマ、シード? 何だそれは。アニマの種……!?」


 ムニルの頭上には、たしかに粒状の塊が七色に輝いている。たしかに種といえる形状をしている。


 アランにとって初めて見聞きするものだった。20歳という若年ではあるものの、魔術の専門家だ。その彼が知らないほどアニマシードは希少で、そして特別な存在だった。


「ありがとうムニちゃん。アナタの心は、しっかり受け取ったからね」


 ソフィアはアニマシードを両手で受け取ると、自分の胸元に押し当てた。種がスウッと溶けていく。


 すると辺りに風が吹き荒れた。それはどこか暖かく、そして草花の豊かな香りを乗せて、アランの全身を包むかのようだ。


 それは遠目から眺める彼でさえ不思議な心地に覆われた。心の奥が激しく揺さぶられる気分で、アランはうまく言葉にできない。ただ、大切な何かを忘れていたような罪悪感。そして唐突に思い出した安堵が、胸の中で膨らんでいく。


「これが宝珠の能力……? ソフィアの奇跡……!?」


 やがて風がやみ、眩しさも消えた。今は魔石灯の無機質な光だけが辺りを照らしている。


 それだけの事が起きて、結果的に何が変わったのか。ソフィアは今も幼いままで、ムニルも姿形を変えていない。アニマシードとやらは、現実にどう作用したのか、アランは理解できずにいた。

 

「ムニちゃんのお陰で、すこ〜〜しだけ力を取り戻したよ! ありがとねん!」


 その言葉を信じたなら、今のプロセスがソフィアの成長法という事になる。アランの理解が及ばなかった手法だ。


 そんな困惑など当事者が構う事もない。ソフィアは指先を鋭く伸ばしては、高らかに叫んだ。


「新技いっくよ〜〜。ムニッとシャワ〜〜!」


 すると指の先からドロリとした液体が溢れて、そのまま落ちた。


 足元の石畳と、その割れ目から伸びる雑草が濡れて、ツヤツヤと湿った。まるでムニルが這いずった跡のようだ。

 

「わぁい! 見てよムニちゃん、そっくりでしょ! おそろいだね」


「ムニッムゥ〜〜」


「喜んでくれた! よぉし、もっと練習するから、期待しててね!」


 もったいぶったアニマシード。得られた能力は、ヌメリ。それだけだった。


「いやいやいや! それが何か!?」


 アランは叫ばずにはいられない。頭上に広がる陰鬱とした空も、一面が暗闇で、彼の行く先を暗示するように感じられた。


(ここまでだ、もう付き合ってられるか……!)


 アランは宝珠を外そうとするが、はたと手が止まる。視界の端で微笑むソフィアの顔が、懐かしい記憶と重なったからだ。


――母さん見て見て〜〜! 火の玉が出せるようになったよ、本物の魔術なんだよ!


 それは魔術と呼ぶにはささやかで、小さな火の粉を宿すだけのものだった。何の役にも立たないものでも、アランは得意顔になった。


 母も優しく頭を撫でたものだった。暖かく微笑みながら、その小さな偉業を褒め称えた。


 そんな光景が脳裏を駆け抜けては、儚く消えた。

 

「……仕方ねぇ、もう少しだけ見守ってやる。あと少しだけな」


 右腕に添えた手が、静かに離れた。そして地面に腰を降ろしては、ソフィアの戯れる姿を眺め続けた。

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