09 ヒーロー三原則
ピコン!と今日も制服のポケットから幸せの音が鳴る。
昇降口を出て体育館をふと見ると、バスケの休憩中であろう菜那ちゃんが手を振り走ってきた。
「今日も蓮水くん?」
「うん、また早めの電車に乗るから改札口で待ってるって」
と返せば、彼女はニマニマと生温い笑みを見せた。
「また甘い時間を過ごすわけですな?」
「今日は遅いからすぐ帰りますぞ?」
「あら残念!いつも駅の売店で軽食買ってゆ〜っくりベンチで語り合ってるんだもんねぇ?」
「蓮水くんも甘いのが好きってゆーから。新作のスイーツは二人で半分こして批評会をしようって」
「それはそれは、ゴチソウサマ!」
語気を強める菜那ちゃんは肩をすくめて大袈裟に溜め息を吐いて。
それからまた生温かく笑った。
「まぁこの時間は帰宅ラッシュだし、甘い時間には変わりないか」
「どーゆう………??」
「あーあ、彼にはすっかりお株を奪われたなぁ。うちの姫をあっさり掻っ攫ってくれちゃって、あの腹黒王子ときたら」
「おぅっ!?………聞き捨てならぬぞ来栖氏、蓮水くんはあくまでも推し、推しのキミである!」
腹黒王子とは気になるところだが。
「まーだそんなこと言ってんの?」
菜那ちゃんは笑って「王子によろしく〜!」などと戯言を言いながら体育館へと戻って行った。
「ぬぬぅ〜!!」
まったく、我が親友は。
※
日が長くなったものの茜色の夕暮れから少しだけ色を落とす時間帯。今日は委員会が長引いて、帰宅ラッシュはピークを迎えていた。
とゆうわけで、いつになく推しとの密着度が高い。親友のせいで無駄に心臓が高鳴り、わたしは必死に滝修行のイメトレで精神を統一した。
けれど、ふと朝よりは大分弱まったものの蓮水くんから微かに感じるバラの香りにギクッと身体が強張った。否応なしに脳裏を過ぎる赤ピアスを思い出しまた胸が重くなった気がして、わたしは知らずに俯いてしまった。
「星来ちゃん………?大丈夫?」
「あ………う、うん、だいじょぅ………ぶふぅ!?」
頭上から心配そうなイケボが降り注ぎ我に返ってパッと顔を上げ………その眩しさに歓喜と後悔が入り混じる。
「お…………王子だ…………」
「え?何か言った?」
はっ。
い、いいいや違う、おお王子ではない推しだ!おお推しのキミを邪な目で見るなど言語道断なのだ!!
「ちょっとごめんね」
悶々としていたら、蓮水くんが少し態勢を変えた。
わたしの隣にいた中年男性から、わたしを遠避けるようにしてくれたのだ。
まるで自分が壁となるように。
「………っ」
壁くらいにはなるからとは言っていたけれど。
本当にしてくれるとは想像もしてなくて。
思えば。
彼が記憶喪失になる前も、推しがいる時はどんなに混雑していても辛くなかった。
それは精神的な意味合いだけではなく。
物理的にも。
人混みに押されて苦しかったこともなければ痛かったこともない。
ーーーーいつも壁となってくれていたから………?
「またね」
遠くなる電車と効果音が薄れても、わたしの鼓動は早鐘を打ったままだ。
マズイ。
これは。
非常事態、、なのだ………………!!!!
※
「おっ………推しに…………推しに不埒な感情を抱いてしまいました…………っっ!!」
部活帰りの菜那ちゃんを拉致し、自室へ連れ込んだわたしは深々と彼女に頭を下げ懺悔した。
「つまり?」
「…………好………………き、なのだと…………」
「でしょうね」
目の前で煎餅をボリボリ咀嚼する音を聞きながら、わたしはゆっくり顔を上げた。
「へ?」
「むしろ今?って感じ」
「ぅええ!な、菜那ちゃん占術師では!?」
「うん。で、どーするの?」
「どう………とは!?」
「告白して正式に付き合うんでしょ?」
「こっ……くはぁっ!付き合っ…………ぅおお推しとそんな………なんと罪深い………!!」
「まぁなんか今更感あるけど」
と、彼女はゴクゴクと麦茶を飲んで煎餅を流し込み言った。
「蓮水くんもわざわざ時間合わせて帰ろうだなんて………そりゃその気持ちもわかるけど」
「それは蓮水くんはお年寄りにもすごく優しいから、わたしに対しても親切心というもので」
そう返すと、菜那ちゃんは「ハッ!」と鼻で笑った。
「分析力といい金髪男からの素速い対応策といい、さすが頭の切れる男は違うと言わざるを得ないわねぇ」
「分析…………対応………え?」
「あぁ娘を嫁にやるってこーゆうことかぁ」
などと、親友は項垂れた。
「………いざこーなると改めて癪だわ。ずっと私が守ってきたのにそんな簡単に奪われるなんて………もっと苦しみ悩んで悶えればいいのに」
「でもわたしが勝手に………好……き、に…………なってしまったわけで。蓮水くんが同じでいるとは限らず………」
「あれで?」
ドス黒い感情が駄々漏れる親友はそれはもう野太い声で、その後何事かブツブツ呟いてわたしへ向いた。
「星来ちゃん、ヒーロー三原則とは?」
「へ?え………えっと…………友情、努力、勝利」
「そう……………友のため、もしくは友と共に惜しみない努力をもって勝利を掴む。即ちそれはヒーローの鉄則ッ…………!!告白も出来ない男にヒーローの資格は無ァいッッ!!」
「え?え?」
なんだか親友がアツい。
「もちろん応援はする。でも三次元の男にこちらから動いたら付け上がるだけよ。告白はヒーローが!は、す、み、く、ん、から!!するべきなの!!」
「え………う、うん?」
珍しくわたしが置いてけぼりにされ、まるで悪役に扮した親友は高らかに宣言した。
「ヒーローが告白するまで!本性を晒すまで!!
絶ッッ対に渡すもんですかッッッ!!!!」