08 ピコン!とスマホの通知音
「相っ変わらずあの女、クッソみたいな性格して!あいつの頭ドリブルしてゴールリングに沈めたろか!!」
ファミレスを出てすぐ激昂する親友に、わたしはつい笑ってしまった。
「菜那ちゃんはやっぱりカッコいいね。咄嗟に出ないよ」
「もっと言ってもよかったけど、あんなの相手にしてたら疲れるだけだから。にしてもアイツ!あの金髪男!なに星来ちゃんにあの態度!?」
一瞬収まりかけた菜那ちゃんだったが、また一転激昂し、さらにジロリと目を眇める。
「それと星来ちゃん、私に何か言うことなーい?」
んん??
「えーと?」
「痴漢のこと、どーして黙ってたの」
「あ!いやだって」
「んー?」
「………大したことなかったし。そんなことで菜那ちゃんに心配かけるのはなーって」
「ふぅん………大したことない、か。まぁ、結果的に今回もそう思えたわけね。金髪男にそこは感謝なのかな」
「え?」
親友はふと笑って、わたしの頭に手を置いた。
「私は星来ちゃんより、星来ちゃんをわかってるからね」
※
小学生の頃、わたしは。
運動会で見知らぬ中年男性に執拗に写真を撮られたことがある。
最初は誰かの保護者かと思っていたが、その男性はわたしが行くところ行くところ、カメラを手に追いかけてきた。
それに気付いた菜那ちゃんがすぐ両親へ教えてくれて事なきを得たと思ったら、その後ベランダに干していたわたしの下着が日に日に無くなっていくという珍事が起きた。
隣の家のおじさんが犯人と思わしき中年男性を遠くから見つけて一喝し、それ以後は何も起こらなかったけれど。お気に入りだったキリンのパンツがなくなったことは今も気持ちが悪い。
それ以外にも見知らぬ男性に手を握られそうになったり、男子生徒には縦笛に悪戯されたり背後から抱きつかれたりと散々だった。
その度に助けてくれたのは親友の菜那ちゃんであり、そして二次元の世界へ没頭するキッカケにもなったのだ。
二次元の主人公達は友情と努力と勝利に溢れ、みな美しかった。彼等は決してわたしを裏切ることはないのだ。
ピコン!とスマホのLINE通知音が鳴り、お風呂上がりの髪を整えながら漫画本を手にしていたわたしは「菜那ちゃんかな?」とスマホを覗く。
「ふぁばっ!?」
よーく目を凝らし………いや、凝らさなくてもわかる。
「は………蓮水、くん…………」
見れば『今日は先に帰らせてごめんね』
「ややや滅相も!お気遣いなく!!」
わたしはスマホを手に自室のベッドへ鎮座しそう返信した。
またピコン!と鳴り『www』と。それから、あまり滅多に耳にしない通話の通知音が鳴った。
「あばば!!」
と、思わず飛び退る。
なんと………LINE通話が鳴っている。その相手はもちろん蓮水くんだ。
「のおおおお………!?」
鳴っている…………ということは?
誰が!?蓮水くんが!?
誰に!?
誰に、って…………
ーーーーわたししかいないだろうが!!
あたふたとスマホを前に頭を抱えスーハースーハーと呼吸を整える。
よ、よし、女は度胸。
ーーーーいざ、参る!!
「は、はい……」
意を決して通話を押すと、心の中の決意とは裏腹な情けないか細い声に顔が熱くなる。
「あ………星来ちゃん?ごめん」
とんでもないイケボが耳に、脳に浸透してその破壊力にぶわわっと肌が粟立った。
しかしなにがごめんなのか。
「つい通話押しちゃって………忙しかったかな」
「え………いえいえ!まったく!寝落ち用の漫画本を選んでいただけなので!」
せっかく普通に話せるようになったというのに、初めての通話に頭の中はパニックだ。
「寝落ち用の漫画………そうか」
と、推しは笑った。
「なんの漫画?」
これもまた親世代の漫画で、イマドキの若者の認知度は低い。けれどタイトルを言うと、蓮水くんは「俺も知ってるよ、面白いよね!」と、嬉しそうに内容を話してくれた。
そんな漫画談義に花が咲き、つい長々と話してしまってから二人で同時に気が付いて、そろそろ寝ようかとなった。
「じゃぁ、また明日……」
そう言って、推しからの「おやすみ」を期待していたのだけれど、彼はなかなか言ってくれない。
「あのさ……」と、蓮水くんは間を置き遠慮がちに切り出した。
「今日、星来ちゃん達が店を出た後、けーすけだけ置いて俺もすぐ出たんだ」
「え……?」
「追いかけたんだけど、よく考えたら菜那さんもいるし、大丈夫だよな、と思って」
「大丈夫って……?」
「俺、部活は緩いから時間の調整効くし、黒崎みたいにカッコよくできないけど……」
「?」
「壁くらいにはなれるから」
またまた間を置いて、推しは言った。
「なるべく帰りも一緒に帰ろうか」
ーーーーーーっっ!!!!
一瞬頭が真っ白になるけれど、わたしは無意識のうちに小さく「うん」とだけ答えていた。
蓮水くんはホッとしたように息を吐いて「おやすみ」と言った後、
「また明日、三両目で」
その夜は、寝落ち用の漫画も全く頭に入らず。
ただひたすらに思い浮かぶ推しのキミの言葉を。
何度も何度も大切に。
繰り返しながら眠りについたんだ。