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04 超サイヤ人現る

 ーーーー………何故こうなのか………

 

 サワサワとする尻への不快感。

 覚えのあるこのザワザワタイム。

 そう。

 

 痴漢である。


 夕方の帰宅ラッシュにはまだ早いはずが、たまに起こる的外れ。満員電車というものにここ最近特に酷く感じて、疲れたなぁと俯いていたらコレである。

 なぜわたしの尻などに興味があるのか理解出来ないけれど、あれ以来その需要もなくなったものだと安心していたのに。

 わたしの異変も周囲は変わらず、ゴトゴトした電車の効果音と雑音が響き渡る。


 あと二分くらい……か。


 我慢だ自分。

 耳の穴に蠅の記憶を思い出せ自分。

 

 そうだ帰ったらすぐお風呂に入ってご飯食べて。

 アニメ見て菜那ちゃんにLINEしてお風呂入って。

 あ、お風呂は入ったから。そうだ散歩と………

 

 ………イベントのチェック、して…………

 

 お風呂に…………

 


「やめなよ、おっさん」

 


 不意に聞こえた声に、びっくりして顔を上げる。

「人生棒に振りたいわけ?」

 声の主に、わたしの後方へいた会社員の男性が狼狽えている。

 

「な、なにを……!!」

「次で降りようか、おっさん」

 けれども、扉が開くと会社員の男性は声の主の手を振り払い一目散に駆け出し改札口を抜けて行った。


 

「あーあ、電車行っちまった」

 会社員の男性には目もくれず、声の主は遠くなる電車を眺めている。降車する人の流れが途切れた頃、わたしはその人に頭を下げた。 

「あ……あの、有り難うございました」

「………」

 しばらく無言でいるその人に「?」と顔を上げた。

 

 推しのキミと同じ制服だった。

 推しのキミと同じくらいの長身で、推しのキミのように綺麗な面立ちをしていた。

 

「アンタさぁ、その見た目で満員電車の中俯くとか、それ狙われるに決まってんじゃん。そーゆーおとなしそーな奴を狙うんだよ、痴漢っつーのは」

 

 ただ、全く違うのはこの人の髪の毛は明るい金髪でツンツンと尖っていた。その姿はまるで…………

「もっと普段から周りをキョロキョロしたり、しっかり前を向くとかしねーとまた……」

「超サイヤ人だ」

「は?」

 

「はっ!ご、ごめんなさい、えっと………?素敵な髪型ですね」

「はあ!?」

「あ、次の電車はちょうど10分後みたいですね」

「おっ、おまえ………ちょっとこっちに来いッ!!」

 なんか知らないけれど、超サイヤ人は激昂した。


 

 ※


 

「いいかッ、電車内では常に前を向け!たまに振り向いて周囲を見渡せ!!」

「は……はあ」

「それか俺みたいな金髪にしろ!ピアスを付けろ!髪を切れ!」

「18号ですか」

「おっ、おめーはまたおかしな事を………真面目に聞いてんのか!?」


 

 駅構内のベンチに座り、超サイヤ人は激昂しながらご丁寧に痴漢対策のレクチャーをしてくれていた。

 良い人………なんだろうけれど、もう帰りたい。

「気を付けます」

 と返すと、超サイヤ人は「おお」と沈静化した。

 

 構内アナウンスが響き、彼が乗る電車が到着すると超サイヤ人は立ち上がった。

 

「本当に有り難うございました」

 彼の背中へもう一度お礼を言う。すると「ああ」とこちらへ振り返った。

「やっぱさっきの無し」

「?」

「髪は切るなよ。もったいねーし」


 

 ※


 

「ワンワンッ!!」

 帰宅すると、我が家の愛犬が玄関で出迎えてくれた。

「ただいま、コロ助」

 頭を撫でてリビングへ向かう。うん、今夜はおそらくシチューだ。

 

「ママ、ただいまー」

「おかえり、もうすぐパパも帰宅よ」

「じゃぁその前にコロ助と散歩行ってくるね」

 自室で部屋着に着替えてから、コロ助へリードを付けて家を後にした。


 

 だいぶ日が長くなって、茜色の綺麗な夕日が空を彩っている。

 散歩コースの近所の公園へと、コロ助と一緒に歩いて行く。春には満開だった公園の木々も今はすっかり青々と葉を付けていた。

 

 すると、ピコン!とスマホのLINE通知音が鳴った。見れば「散歩中〜?」と菜那ちゃんにクスッと笑みが溢れる。

「お見通しだね菜那ちゃんは」

 けれど心配性の彼女にまた痴漢に遭ったと話したら心配かけてしまうだろう。駅での超サイヤ人のレクチャーをふと思い出す。

「周りをキョロキョロかぁ……」

 

 そう言えば、推しのキミがいた時はそうだった。

 どんなに夜更かししても、彼が隣にいる時は眠くもなかった。窓ガラスに映るシルエットを食い入るように見て、肩が凝ってるフリをしては推しをチラ見した。

 今朝だって、推しのキミがいないかずっと周囲を気にしていた。

 

 推しを見なくなって一ヶ月。もしかしたら引っ越しだって有り得る……そう思うと、チクリと胸が痛んだ気がした。

 

 

「ねぇコロ助、明日は会えるかな」

 公園の雑草をクンクンと嗅いでいた愛犬は、話しかけられて嬉しそうに尻尾を振り「ワンッ!!」と一声鳴いた。

「そうだね、明日こそ会えるといいな」

 


 茜色の空に一つだけ強く輝く星に、わたしは密かに祈った。

  

 

 

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