03 いちごミルクを飲みながら
それからというもの、わたしは勝手に推しのキミ、またの名をブルーと名付け密かに観察し続けた。
気怠そうに佇む推しはどこが物憂げで、戦隊ヒーローのポジション的にブルーと結論付けたからだ。
彼はいつも決まって三両目の扉のすぐ真横、窓際にいる。わたしがわざわざ列の最後尾に並ぶのは、必然的に扉の前に……つまりは推しの前または隣を陣取るためだ。
流石にガン見するわけにはいかないので、景色を眺めるフリをして窓ガラスに映るシルエットを注視し盗み見していた。
有り難いことに推しはよくうたた寝をしていた。それをいいことに、隙をついては直に拝顔するとゆうスキルも徐々に身に付けていったのだ。
完璧に見えるだろう推しは身なりも美しく、時折うたた寝にしては難しい顔をして考え事をしてみたり、ある時は降車時に手荷物を引っ掛けたお婆さんにさり気無い気遣いをしてみたりとゆう、まさしく弱者の味方レッドのような正義感も見せた。
二次元の男性しか興味を抱かなかったわたしには、推しは新鮮で眩しかった。
高校の制服なんてどれも同じに見えて、ましてや男子高生の制服なんてじっくり見たことはなかったけれど、推しはわたしよりもう一駅先の、とても偏差値の高い有名進学校ということもわかった。
ーーーーこの見た目で賢いなぞ、ブルーが現実にいるなんて信じ難し
しかしわたしには全くもって無縁の存在。
なので別に降車するまでの一駅七分間だけ見ていれば幸せだったのだけれど。
その後推しのキミは、翌日も、またその翌日も。
週を跨いでも、わたしの視界に映ることはなかった。
※
「なるほど、今日もいなかったんだ」
野菜ジュースを一口飲んで、菜那ちゃんが頬杖を付きながら言った。
「元気ない星来ちゃんはツラいなぁ」
と、また親友は溜め息を吐く。
昼休み、教室で二人でお弁当を広げるのはいつものことだった。
普通に昨日だってその前だって変わらずにいたつもりだったのに。彼女からわたしはどう見えていたのだろうか。
「なにが?わたし元気だよ?夜更かしもしてないし」
と、ミートボールを頬張った。
「ほらね、なのにそれ」
「えー?」
「ああもうっ、ホント複雑」
菜那ちゃんはガシガシと頭を掻き、苦々しく笑った。
「もう一ヶ月近く……だっけ?推しを見てないの」
「……だね」
「何かはあったんだろうけど、せめて原因がわかればねー」
「うん………最初は体調崩してるのかと思ったりしたけど。それとも部活始めたとか。ほら、菜那ちゃんみたいに」
「だから今朝も電車時間を変えたわけか。先週よりだいぶ早く登校してたもんね。朝練の時間帯に合わせてみたんでしょ?」
「え!えーと、まぁ、それは………やっぱりほら、推しへの想いは強いといいますか。しばらく見てないとなんか落ち着かなくて」
そう返すと「うーん」と彼女は頭を抱えた。
「私の星来ちゃんが三次元の男なんかに………!!」
「日課みたいになってたから気になってるだけだよ。観察記録が中断した〜みたいな?」
「それだったらなんで……」
と、菜那ちゃんは小さく呟いてからまたウンウン頭を抱え、被りを振って徐にスマホを手にした。
「……ええいクソ!星来ちゃんの幸せは私の幸せ!!」
「どっ……したの?」
声を掛けるけれど、彼女は無言でスマホを操作している。
「よし、あっちもちょーど昼休みか」
なんて言いながら集中する彼女の邪魔をしないよう、わたしは黙々とお弁当をつついて見守った。
いちごミルクを飲みながら待つこと暫し、誰かと連絡を終えただろう菜那ちゃんがスマホを置いてニッと笑った。
「星来ちゃん、明日の放課後、駅前のカラオケに行こう」
「カラオケ?いいけど、でも菜那ちゃん部活あるんじゃ………」
「それが今朝ちょっと突き指しちゃってさ。今日は逆手でやってみるけど、たまにはエースも休養しないとね」
「そっか。指、まだ痛い……?ごめん気付かなくて」
「平気平気!星来ちゃんが謝ってどーすんの!」
「さっき体育のとき、菜那ちゃんわたしの背中押しながら走ってくれたから」
「あー………だからそのくらいは平気だって。それより星来ちゃん、今日委員会で少し遅いでしょ?帰宅ラッシュに巻き込まれないように気をつけるのだぞ」
そう言う親友は相変わらず優しく心配性だ。
「りょーかいナリ!」
そしてその後わたしはまたしても、人生二度目のピンチを迎えることになる。