18 ヒーローよりヒールに
言うや早いが。
楓くんは目にも止まらぬ素早さで置いてある銃を取り、構えたと思ったらパーン!!とテキ屋に響く甲高く乾いた銃声。
見れば、こてりと呆気なく倒れている犬の置き物があった。
「は?」
あまりの速さに瑠生くんがポカンと口を開ける。
わたしも周りもまた同じくその姿勢を取り、それから周囲がワッと湧いた。
「すげーな、兄ちゃん一瞬で!!」
「いや〜お見事!!」
「お兄ちゃんすごーいカッコいい!!」
楓くんが喝采を浴びる最中、佑月さんが言った。
「残念だったわね瑠生くん、前にサバゲーにハマって連れてったらうちの弟優勝しちゃって………今や私よりプロ級」
「詐欺だろ」
瑠生くんが苦虫を噛み潰したような顔で脱力する傍、楓くんはテキ屋のおじさんから景品を受け取った。
「やらないよ、黒崎には」
「………………にゃろう」
楓くんが前にやって来て「はい」と、犬の置き物を差し出してきた。思わず受け取ってしまってから慌てるわたし。
「えっ、これ……!」
「あげる」
「でも………」
いいんだろうかわたしで。
片想いの相手がすぐ近くにいるというのに。
「コロ助に似てるでしょ?だから貰って」
「そーだよ星来ちゃんそこは素直に!蓮水くんがくれるってゆってるんだから!」
「う………ん……だけど……」
「要らないならあたしが貰うわ!」
ヒョイと横から赤ピアスの手が伸びて、置き物は彼女の手に渡った。
「ちょっと櫻井!!返しなさいよ!!」
「困ってたようだし、要らなそうだったから。ねぇ雪代さん、あたしが貰っていいわよね?」
「え………」
そりゃ、わたしは楓くんの想い人ではないけれど。
ヒロインは彼女だけれど。
――――あげたくない………………
けれど、そんなのは我儘だ。
「……………櫻井さん、に……あげ……」
「蓮水がコイツにやるってんだから、コイツのもんだろ」
割って入ってきた瑠生くんは彼女の手から置き物を取り上げ、わたしへ押し付けた。
「瑠生!?それはあたしの………!!」
「黙れって」
ギロリと彼が一瞥すると赤ピアスは悔しそうに唇を噛んだ。
「おめーも。欲しいもんは簡単に手放そうとすんな。欲しいんだろ?」
そんなこと言われても。
わたしはモブなのだ。
「か…………返してほしいって、後から言わない………?」
楓くんはなぜそんなことを訊くのだろうと不思議そうな顔をしてから、いつものように微笑んだ。
「言わないよ。俺は星来ちゃんに貰ってほしい」
――――ああ、ほらね
こうやって優しいから、勘違いしてしまいそうになる。
記憶を思い出してほしくないと願いそうになるんだよ。
「…………ありがとう楓くん、大切にするね」
その心地のいいあなたの好意が、わたしの胸を締め付ける。
※
「近くの神社の境内が花火を見るのに穴場なのよ。テキトーにフードを買って、そっちに移動しましょ」
佑月さんの提案でわたし達は屋台を物色した。
「やっぱ祭りの屋台といえば焼きそばだよなー!」
圭介くんが楓くんを連れて人混みを行く。
「星来ちゃん、あっちに――――」
「あ、うん」
楓くんからの犬の置き物はコロ助の毛色より少しクリーム色で、おでこの星マークがキュートだ。
自分の名前にもあるからか、昔はやたらと星に関係するものを好んでいたなぁ。
などと思い出しながら置き物を撫で付け人混みを掻き分けていく。逸れないよう菜那ちゃんの後ろを歩いていたつもりが………
――――お、ろろ?だ…………誰、だ!?
はた、と気付いたら菜那ちゃんと似た服と背格好の別人の後ろにいた。
サーッと青褪める。
こ、この歳で迷子とか………一生の不覚!!
確かにコロ助人形に気を取られてはいたものの。
キョロキョロしてからハッとスマホの存在に気付くと同時にグイッと腕を掴まれた。
「ばーか」
「る……………瑠生くん、びっくりした……」
「こっちの台詞だろーが」
彼は呆れた顔をして溜め息を吐きすぐスマホを操作した。
「ああ、見つかった………ああ………ああ、わかった」
と、恐らくは圭介くんと連絡を取って切り終えると、
「トロくせー女だな、スマホの充電くらいしっかりしやがれ!!」
と一喝された。
「えっ!?そ、そんな充電は………………ない」
「昼間あんだけ馬鹿みてーにバシャバシャ撮るからだ、アホ!!」
うぅ………なんも言えねぇス。
「さっさと適当に食いモン買って行くぞ」
「…………はい、すみません」
フードひとつ買うにもなかなか並ぶわけで、少し時間がかかってしまった。
神社の境内は祭り会場から少し離れた場所にあり階段を登って行く。所々に薄っすら灯りも付いていて、穴場だけあって混雑はなくカップルの姿がちらほら見えた。
「いねぇな………」
境内を見回し瑠生くんと一緒に歩いて行くと、急に彼は振り返った。
「いいか、今回も俺様がおまえを助けてやったんだからそのへん忘れねーように」
「はい、感謝永遠に」
「おめーはまた………」
と、真顔で言ったわたしに苛立ったように顔を歪める瑠生くんに、ついふふっと笑みが溢れた。
「ごめん、冗談!……ほんとだね、瑠生くんに助けてもらうのはもう何度目かな。電車内でも改札付近でも、それにさっき瑠生くんがいなかったらコロ助人形もここにはなかったかもしれない…………今だって迷子のわたしを助けてくれた………いつもありがとう」
「わかりゃいーんだ」
そう瑠生くんはフッと鼻を鳴らしニヒルに笑った。
「弟さんだけじゃなく、瑠生くんはほんとにヒーローだったりしてね」
彼はちょっと片眉を上げて、それから目を眇めた。
「このままバックレちまおーか?」
「なぜ」
「いい雰囲気だろ?俺ら」
「いえ特に?」
「チッ、即答かよ。蓮水が絡まねー時は堂々としやがって………普段からそーしやがれ」
「…………そうできたら」
「あ?」
「そうできたらいいのに」
無意識的にコロ助人形を撫で付ける。
――――いつからなんだろう
楓くんの前では喜びも悲しみも何倍にもなってしまうようになったのは。
いつだって感情が思い通りにはならなくなったのは。
「――――最初はね、楓くんは推しだったんだ」
「推しだァ?」
「初めての三次元の推し。だから見てるだけで十分だった…………はずなのに。気が付いたら…………
――――初恋、だったんだ」
「…………だった、って何だよ。失恋したみてーに」
「失恋確定だよ、だって楓くんが想う人は別にいるから」
「…………おまえがそう思ってるだけじゃねーの」
「………?」
瑠生くんはハッとして「いや……」と口籠った。
「伝える気はねーんだ?」
わたしは静かに頷いた。
「楓くんの幸せ最優先。モブを貫くって、決めたので」
瑠生くんの瞳が何かを迷っているかのように揺れ動いて、急に「クソッ!」と大きな溜め息を吐き頭を抱えながらのヤンキー座り。
「瑠生くん??」
「…………おまえ、俺がヒーローに見えるか?」
「へ?うーん………うん、何度も助けられておりますし」
「弟にも、まぁよく言われるわけだ。兄ちゃんは何でも出来てヒーローみたいだ、ってな」
「やっぱり!可愛い弟さんだね」
「まあな。でもまぁヒーローなんつーのは、己を顧みずヒトの幸せばっかを優先する損な役回りだからやめろ、と俺は毎回怒るわけだ」
「えー?」
「ヒーローよりヒールになっちまえば………………
奪ったとしても許されるだろ」
「………?」
「――――でもまぁ、今回は」
瑠生くんは立ち上がり、わたしの頭にポンと手を置いた。
「俺も。貫いてやるよ、ヒーローってやつを」
瑠生くんの言っていることはよくわからなかったけれど、なんだかそのニヒルな笑みは寂しそうでもあり、グッと胸にくるものがあって目が離せなかった。
「向こうに行ってみるか」
そう促されて、瑠生くんについて行こうとして。
不意に強いバラの香水の香りがした。
「瑠生くん、たぶんあっちに佑月さんが………」
先陣を切ってその方向へ進み、
「――――楓くん、あの時あたしとキスしたことも覚えてないんだ?」
そう耳に入ってきた言葉に、わたしはその場で凍り付いた。
――――今、なんて………………?
「ねぇ楓くん、もう一度キスしたら思い出すかも………」
もう一度…………
キス……………………?
ドクン、ドクン………と、心臓が早鐘を打つ。
「…………そうだね」
ドクン…………と。
身体の機能が停止したように。
持っていたコロ助人形はわたしの手から離れ地面へと落ちた。
それに気付いた楓くんが振り返る。
「あ……ご…………ごめんなさい!」
わたしは振り返ることなく、暗闇を走った。