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14 コロ助の散歩

「こーゆうのはちょっと……」

 

 蓮水くんが赤ピアスの腕を払った。

「…………記憶喪失前はよくやってたのに本当に覚えてないんだ。楓くんだって嬉しそうにしてくれてたのになぁ」

 と、言われて蓮水くんがまた戸惑った表情を見せる。

「卒業アルバムのことだって、うちの親が留守がちなの知ってたでしょ?うちに来る約束する前に記憶喪失になったから、あたしもしばらくは遠慮してたけど、そろそろ……」

「櫻井さん、蓮水くん困ってるよ」

 

 話を遮るわたしに、赤ピアスは嫌悪の表情を隠さず鋭い視線を向けた。

 本来邪魔をしているのはわたしだ。でも戸惑った蓮水くんの顔は見たくない。

「なにアンタ………この前も楓くんの周りうろちょろして、記憶喪失の彼に近付いて彼女ヅラすんのやめてくんない?」

「そ……んなんじゃ……」


 

「ちょっと彩花ー?あっ!蓮水くん〜!?」

 赤ピアスの後ろから、またこの前のファミレスメンバーがゾロゾロやって来た。

「あ〜、あの時の!こんちはー、蓮水とデート中?」

 感じの良さそうな友人君がにこにこと話しかけてきたのを、また赤ピアスが睨み付けた。

「なワケないじゃん!!アンタ張っ倒されたいの!?」

 男の友人A君と、B君………女の友人C子とD子………

 

「瑠生くんは…………いないんですね」

 この前はお礼も言えずにいたことが気掛かりだった。

 

「瑠生はバイトでいないよ」

「そうですか…………」

 A君はジッとこちらに視線を落として、またにこにこ笑った。

「意外と瑠生にも勝算あるかもな。蓮水もいい奴だけど、オレは断然瑠生推しだよ」

「推し!?」

 と、条件反射のようにわたしは反応する。

「あ、あなたにも推しが………!!同性の推しも全然アリだと思います!!」

「ん……んん??」

「私的にBLはちょっと対象外ですけどご安心を。理解はあるので。応援してますね友人A君!!」

「オレ柿沼……」

 

 ブフッ!と隣にいた蓮水くんが口際を押さえながら肩を震わせるのを、周りの友人達が呆気に見るなか赤ピアスだけは顔を歪ませる。

 

「相変わらずホント変な女。ねぇ楓くん、そんな変な女と一緒になんてやめてあたし達と……」

「キャー!初めて見る魔王様の笑顔ッ!」

「蓮水、おまえ笑えたんだな」

「お陰様で」

 

 友人達に思い切りスルーされ敵意を剥き出しにする赤ピアスが気になるけれど、蓮水くんが「行こうか」と促してくれた。

 しかし気のせいだろうか、C子が魔王様と…………

 

 彼等に会釈し少し歩いてから、言い忘れたことがあると彼はまた友人達の方へ戻った。

 友人A君の表情が見る見るうちに歪んでいくのが遠目でなんとなくわかったものの、こちらへ向いた蓮水くんの表情は穏やかで変わらない。


  

「星来ちゃん、行きたいところがないなら頼みたいことがあるんだけど…………いいかな」

「え!も、もちろん!」

 ドキドキしながら彼の言葉を待つと、蓮水くんはアンニュイに微笑み言った。


 

「コロ助の散歩をしてみたいんだ」


 

 ※

 


 いつもの愛犬との散歩道。

 いつもの見慣れた公園。

 いつもと違うのは、わたしの隣に蓮水くんがいることだ。


  

「可愛いな〜おまえ!」

 と、尻尾を振って戯れ合うコロ助のおなかを蓮水くんが撫で回す。

 コロ助はひとしきり彼に甘えると、わたしにも同じように戯れ付き頬を舐めた。

「コロ助ッ!おいで!俺にも俺にも!」

 また蓮水くんが呼ぶと、コロ助ってば頬を舐める舐める。

 うーん、眼福だぁ。


  

 菜那ちゃんに連絡をして、わたしと蓮水くんは先に帰り、彼の望み通り近所の公園へと散歩へ来ていた。

 明るい公園内の水場では、子供達がキャーキャーと水遊びをしている。

 コロ助がまったりと落ち着いた頃を見計らい、公園の日陰のベンチに移動し蓮水くんから自動販売機で買ったジュースを貰って休憩した。


  

「蓮水くん、コロ助にすっごい懐かれてる!」

「犬は素直で可愛いな。キテレツはわりと気紛れだからね。でも星来ちゃんには安心して抱っこされてたから、動物はちゃんとわかるんだな」

 そう言う蓮水くんこそ、キテレツを拾ってお世話をしたくらい優しいくせに。

 

 

「でもわたしは………あんまりいい飼い主じゃないんだ」

「うん?」

「小学生の時ね、コロ助が絶対好きだと思って夕飯の………コロッケを食べさせたことがあって。そしたらそれに玉ねぎが入ってて………中毒になるなんて知らなくて病院に……………ね、酷い飼い主」

「星来ちゃんのせいじゃないよ。コロ助のためと思ってやったことなんだから」

「そのせいでコロ助、吐いて………すごく辛そうだった。今でもたまに夢に見るんだ。苦しそうなコロ助がいるのに、何も出来なくて…………」

 

 助けてと訴えるような愛犬。

 あの日からわたしはどうしてもコロッケが食べられなくなった。

 

「…………その日、コロ助は入院した?」

「ううん、お薬を貰って………その日のうちに」

「その時コロッケはどれくらいあげたか覚えてる?」

「え…………と、半分…………くらい」

 

 蓮水くんは少し考えて、

「――――個体差はあるけれど、致死量は体重1kgに対して約20g以上………コロ助の体重を10kgとすると200gという計算になる。一般的なコロッケだとしたら一個当たりせいぜい玉ねぎの含有量は50g……半分なら25g。中毒症状が現れるにはコロ助はちょっと敏感だったかもしれないけれど………最初に吐いたのがよかったんだろう。催吐処置も胃洗浄もしてなさそうだし、活性炭だけで済んだってことはわりと軽傷だったってことだね」

 

「………っ」

「それにほら、今も元気」

 と、蓮水くんは笑った。

 

「大丈夫、コロ助は気にしてないよ。星来ちゃんだって、もしコロ助に引っ張られて転んで怪我をしたとしたら………コロ助を嫌いになる?」

「そんなこと………!!」

「でしょ?そうやっていつまでも気にして落ち込む星来ちゃんを、こいつは望むはずがない。だよなー、コロ助!」

 そう蓮水くんに声を掛けられたコロ助は振り向いて「ワンッ!!」と嬉しそうに鳴いた。

 


 蓮水くんはすごい。

 慰めの言葉だけでなく、豊富な知識でわたしを圧倒した。

 わたしがずっと抱えていたものをいとも簡単に洗い流してくれたのだった。 

 やっぱり蓮水くんは、物語のヒーローだ。


 

 ーーーーこのまま思い出さなければいいのに……


 そう思ってしまいハッとして被りを振る。

 だめだ、そんなこと思っては。


 今は彼が自然に思い出すまでの限定的なものだ。

 

 わたしは彼にとってモブだとしても、ちゃんと友達として応援できるモブでありたい。


 

  



  


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