13 ヨカッタヨカッタ
「よォ、蓮水。偶然だな」
「………」
瑠生くんに腕を引っ張られながら、わたしは彼の隣で俯いた。一週間ぶりに会う蓮水くんが目の前にいると思うと顔を上げられなかったのだ。
蓮水くんはしばらく何も言わず、それからポツリと押し出すように言った。
「友達って…………黒崎?」
と、その酷く傷付いたような、弱々しい声にわたしは顔を上げる。
「ずっと時間が合わなかったのは……黒崎と………?」
「………っ」
どうして…………
そんな顔をするのだろう。
「そお、俺たちそーゆう関係なの」
「ーーーーっ違う!!」
急に肩を抱いてくる瑠生くんに、わたしは無意識のうちに叫んでいた。
「は!?」
と、わたしの否定に瑠生くんは顔を歪ませる。
「オイ、セーラ、おめーは黙って俺様の言うことに……」
「違う、瑠生くんとはそこで偶然会っただけで。少し話をしただけで、たまたま………ったまたま、最近は蓮水くんと時間が合わなかっただけで………!」
半分は本当。半分は嘘だ。
せっかく話を合わせてくれようとした瑠生くんには申し訳ないけれど。
でも、誤解をされるのは嫌だ。
瑠生くんは大きな溜め息をひとつ、
「…………あー…………まぁ、そーゆうこと。俺はまだ寄るとこあるんで。じゃぁ蓮水、あと頼むわ」
と、グイッと背中を押された。
「セーラ、さっき言ったこと忘れるなよ」
「え………る、瑠生くん!」
呼び止めるけれど、彼は背を向けて振り返ることなくまた来た方向へと行ってしまった。
その背中を見送りながら、蓮水くんが隣で軽く息を漏らし、言った。
「よかった………星来ちゃんに避けられてるんじゃないかと…………怖かった」
「………っ……ま、まさか、そんなわけ」
怖かっただなんて…………か、可愛いし………
嬉しい、し…………
「ーーーー絶対に………………さない」
「え……?」
入ってきた電車の音でよく聞こえない。
「帰ろうか」
そう言って安心したように微笑む蓮水くんに、わたしはもう諦めるしかなかった。
ああ、もう。
もう、いいや。
いつか彼の記憶が戻ったとしても。
いま蓮水くんのあんな顔は見たくない。
その時傷付くのはわたしだとしても。
それまであなたの微笑みを、身近で感じられるならーーーーーー
※
そんなわけで。
今日から夏休みに突入した。
色々あったけれど、しばらくは蓮水くんと顔を合わせることもないし自分を見つめ直す良い機会だ。
時間という距離があれば自ずと気持ちも落ち着くだろう。
うんうん。推しのキミを見るだけで満足していたあの頃へ戻るだけだ。
と、思っていたのに…………。
「へ?」
菜那ちゃんと二人、事前に買っていた前売り券の映画を観るため駅前の映画館へと来ていたのだけれど。
「けーすけ!蓮水くん!」
が………………いるし!!
蓮水くんは落ち着いたベージュのサマーニットにチラリと白いシャツを見せる黒いパンツ姿。首には品の良いシルバーのネックレスを付けて、相変わらずアンニュイな雰囲気を纏わせる彼は立っているだけだというのになんと絵になることか。現に若い女の子達の圧倒的な視線を独り占めしていた。
「けーすけ達も映画観に来てたんだ〜!?なんて映画?」
「おう、そっちは?」
と、お互いに問い掛けその映画のチケットを見せ合った。
「やだ、話題の!?うわ〜コレ観たかったやつ!!」
「おお、あのアニメ化から映画の!?楓が観たかったやつじゃん!!」
そう言ったかと思うと、二人は息を合わせたようにチケットを交換し合った。圭介くんは蓮水くんの手から素早くチケットを奪い取ると、代わりに菜那ちゃんのものであったチケットを握らせたのだ。
「いや〜よかったなー楓!!」
「え?」
「ごめんね星来ちゃん〜!!」
「え?」
と、二人はヨカッタヨカッタアハハと胡散臭く笑いながら話題とやらのブースへ消えて行ったのだった。
え?
クスッと蓮水くんが笑う。
「じゃぁ…………俺たちも行こうか」
ぅえ?
…………………ぅええーーー!?
※
「まさかまさかのあの展開は秀逸でしたな〜」
「映像も想像以上に美麗でしたな〜」
なんだかんだと映画を堪能したわたし達は、ホクホクと幸せに浸りながら映画談義に花を咲かせ、菜那ちゃん達の映画が終わるまでその辺をブラブラとしていた。
楓くんのお洒落なボディバッグには、さっき購入した映画のグッズであるマスコットキャラクターのキーホルダーが付いている。
そして、わたしの鞄にも。
お揃いなんてなんと罪深い………!!以前落としたこともあるから、帰ったらチェーンを二重にせねばなるまい。
「星来ちゃん、どこか寄りたいところある?」
「えっと特には……」
蓮水くんとただ歩いていたい………とは言えず。
「蓮水くんは……」
「楓くんっ!!」
背後からの声に、瞬間的にわたしの胸にまた嫌な痛みが走る。
「また会うなんて、やっぱり楓くんとは運命〜!」
そう駆け寄り蓮水くんの腕に両手を絡ませる彼女を。
彼の片想い人である赤いピアスの彼女と、似合い並ぶその姿を。
わたしはただ空虚に見つめるしかなかった。