01 推しのキミ
長蛇を作る駅構内のプラットフォームは今朝も相変わらずだ。
新聞を手にする会社員の男性を先頭に、手鏡を覗き込むヒールを履いた女性。嬉しそうに旅行バッグを抱える若いカップル、大欠伸して首を掻きスマホを開く学生達など、朝のラッシュを前に整然と並んでいる。
寸分の狂いもなく、今日も決まった時間に構内アナウンスが響き、右側の線路の先からわたしが乗る電車が見えてきた。
小気味良い効果音が鳴り止み電車の扉が開く。降車する人を待ってから先頭の会社員の男性が一歩前へ踏み出し始めると、列はゆっくり電車内へ吸い込まれていく。
最後尾のわたしは、ノロノロと足を動かしいつもの特等席へ向かうのだ。
三両目の扉の、すぐ窓際にいる彼の元へ。
女性の平均身長程度であるわたしが、ググ〜ッと見上げる程の高身長。眠そうに長い睫毛を伏せる切長の瞳、鼻筋の通った端正な面立ちの彼は、まるで漫画の世界から抜け出た主人公だ。
気怠い雰囲気を纏う姿からして、戦隊ヒーローのブルーがしっくりくる。
彼は毎朝わたしの真横にいることもあれば、後方にいる。
時折ふと香るバラと思われる魅惑的な香水に酔いしれながら、流れる景色には目もくれず窓ガラスに薄っすら映る彼を目に焼き付けて、わたしは今日も眼福なる時に身を任せ幸せに浸るのだ。
プシュー………………
でもまぁ。
そんな夢のような時間は、悪党がいっときの天下を取ったかの如く一瞬で。
目の前の扉が開き現実へと引き戻された。
背後から押し寄せる電車内から抜け出そうとする群れの圧に、せっつかれながら足を出す。一直線に改札口へ向かう人の流れの妨げにならないよう、少し横へ逸れて動き出す電車を振り返った。
彼を乗せた電車の効果音が薄れていくのを、ぼんやりと見送ってから前を向く。
たった一駅。
たった七分間。
これが、推しである彼とわたしの唯一の時間。
「いってらっしゃい、推しのキミ」
小さく呟いて、わたしは改札口へ向かった。
※
「星来ちゃーん!」
校門をくぐり下駄箱へ靴を置いたところで声の主へ振り返る。廊下をバタバタと走る音と共に息を切らして来た人が手を振りやってきた。
玉のように浮かぶ額の汗に前髪が張り付き、少し心配そうにこちらを見る彼女は、わたしの大切な親友、来栖菜那ちゃんだ。
「おはよう菜那ちゃん。朝練お疲れさまでござる」
彼女はホッとしたように笑みを見せてタオルで汗を拭った。
ショートカットの髪をくしゃくしゃにしながら無造作に掻き爽やかに笑う。彼女はバスケ部のエースで、今朝も凛々しく綺麗だ。
「今朝もおりましたかな?星来ちゃんの推しは」
「うん、素晴らしく尊かったですぞ!」
すると彼女はまた爽やかに笑った。
「それは何より。けどすこーし複雑だなぁ、星来ちゃんの推しは私だけだったのに!」
「あはは、もちろん不動の推しNo. 1は菜那ちゃんだよ?」
「っくあ〜!閉じ込めたいっ!」
と、背の高い彼女はわたしをギュウ、と胸に抱いた。
「そーだ、今日の体育はズッキーニ休みだから自習だって!!」
ズッキーニというのは我が校で厳しくて有名な体育の鈴木先生のことだ。
「やったぁ寝れる」
「まーた昨日も夜更かし?貧血で倒れたらどーすんの」
「何をおっしゃいますか!昨日からイベントが始まったのだよ菜那ちゃん!?うっかりハントし忘れたら逆鱗手に入らないんだから、寝てる暇などないのです!!」
「まあそれは大変ですこと、ハンターさん」
「それからアニメ化する漫画があるからチェックして、あと……」
「はいはい、話の続きは教室行ってからね」
「夏にはなんと映画の予定も!前売り券の購入で……ふっ、震えるほどの特典がっ………!」
「はいはーい、ストップ!」
と、わたしはいつものように、大好きなアニメやゲームの話を馬鹿にすることなく聞いてくれる、大好きな親友に教室へと引き摺られた。
この幸せなやり取りをしている間、推しのキミが大変なことになっているとも知らずにーーーーーー