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5話

草加部知成という保健室の先生は、いつも無愛想で、適当で、あまり生徒と関わろうとしない。先生ぽくない人だった。


雪斗と出会う前なんかは、挨拶くらいしかしたことなくて、存在すら忘れてしまうほど印象がない。名前すら曖昧になるほどだった。


けど、雪斗と出会ってからはよく草加部の話を聞いた。


昔雪斗の近所に住んでいた草加部は、雪斗が小さい頃よく面倒を見ていたらしい。


公園に遊びに連れて行ってあげたり、母親がいない時はご飯を作ってあげたり、同級生に虐められていた時は助けてあげたり。


到底信じられない話ばかりだったが、雪斗はそんな草加部をまるで本当の兄のように慕っていたようだった。


当時雪斗に惚れていた俺は、雪斗に慕われている草加部に嫉妬して、自然と草加部を目で追うようになっていた。


だから、すぐに気づいた。


草加部はいつも面倒臭そうで、なにをするにもやる気がなさげで、誰に対しても真顔で無愛想な先生。きっと全てがどうでもいいのだろう。


だけど、雪斗に対してだけは違った。


雪斗は草加部を兄のように慕っていたが、草加部は雪斗を弟のように見ていなかった。


俺と同じ、好きな人を見る目だった。


だからこそ、俺は余計に草加部を敵視したし、それに気づいた草加部も俺を敵視するようになった。


名前すら曖昧だった人が、ライバル兼嫌いな人になった。


すれ違うたび、視線がぶつかって睨み合うようになった。些細なことですぐ口争いになった。


一度嫌いだと感じると、草加部の全てに腹が立って、印象もどんどん悪く見えるようになった。


当時の俺は、こんな最低な奴に雪斗は絶対に渡さないと、そう固く決意した。


それから数ヶ月が経って、想いが実ったのか雪斗は俺を選んでくれた。


雪斗と恋人になってからは幸せだった。

雪斗は人見知りで、恥ずかしがり屋で、でも時々頑固で、可愛くて、つい甘やかしたくなる。


もちろんデートもしたし、キスもしたし、えっちなこともしてきた。


恋人がいるだけで、毎日の学校生活が楽しくて仕方なかった。雪斗がいるだけで満たされた気持ちになった。


そんなある日。

保健室で、雪斗が草加部に押し倒されているところを見てしまった。


恋人が汚されそうになって、頭に血が上った俺は、気づけば保健室の窓を叩き割って、草加部の顔を思いっきり殴っていた。


最低な奴。

こんな犯罪まがいなことまでしやがって。


「この犯罪教師め」


俺にそう言われた時、いつも無愛想だった草加部が、はじめて悲痛に歪んだ顔をしていた。


今まで見たことない、感情を露わにした草加部の表情は、まるで迷子になった子供のようにも見えた。

どうしたらいいのかわからなくて、でも誰に頼ればいいのかもわからない。一人ぼっちの子供のよう。


あの時、初めて俺は草加部に対して、怒りでも嫌悪感でもない感情を抱いた。

自分でもうまく説明ができない、胸が締め付けられるような感覚だった。


それからというもの、草加部は一切俺や雪斗に近寄らなくなった。

廊下ですれ違っても、視線すら合わない。雪斗にですら、声もかけなくなってしまった。


まぁあんなことをしたんだ。

自業自得だろう。


雪斗は少しだけ寂しそうだったけど、俺はこれでよかったんだと、気にしないようにした。


結局草加部が最後に雪斗と話したのは、卒業式の日だった。


「卒業おめでとう雪斗。幸せにな」


きっと草加部は、もう二度と雪斗に会うつもりはないのだろう。

そう思わせるような言葉を伝えて、すぐに去ってしまった。


卒業式を終えた俺と雪斗は、他の友達も交えてそのままカラオケに行く予定だったが、忘れ物をしてしまった俺は、再び学校に足を運んだ。


その時、保健室から出て行く草加部を見つけて、俺は思わず後を追っていた。


どうせ草加部と会うのもこれが最後なんだ。一言くらい声かけて帰ろう。

そんな軽い気持ちで追いかけた先は、屋上だった。


「いや。立ち入り禁止だろここ」


まぁそんなこと草加部なら気にしないか。

悪いことでも平気でやる奴なんだから。


そんなこと思いながら屋上に入った草加部を、ドアの隙間からこっそり覗き込む。


「というか、一人で佇んでなにやってんだ?自分の世界にでも浸ってんのか?」


あの草加部が自分に酔ってるって思うとちょっと笑いが込み上げて、この後どう弄ってやろうかななんて思っていた。


けど。

そんなふざけた考えは、すぐに消えてしまった。


「ふっ……う、ぅっ……」


がじゃんと音を立てて、屋上のフェンスに指をかけた草加部は、肩を震わせながら背中を丸めて、咽び泣いていた。


必死に片手で口を押さえてはいるが、声にならない泣き声はとめどなく溢れ出ていて、長身の体は小さく丸まって震えている。


きっと、今まで必死に隠していたのだろう。


辛いのも、苦しいのも、悲しいのも、後悔も、誰かに相談することもなく、一人でずっと抑えてきたのだろう。


そんな草加部の姿に、俺はーー。


「あっ……」


自然と目を覚ますと、カーテンの隙間からは朝日が漏れていた。


「もう朝か」


母校の教師になって三ヶ月。 

まだまだ慣れないことだらけで、なかなか疲れが取れないのか、寝ても寝足りない。


「でも、草加部とは仲良くなってきたかな?」


スマホ画面を開くと、最近ようやく聞けた草加部の連絡先がのっていて、俺が送った「これからよろしく!」に対して「了解しました」スタンプがトーク画面に残っている。


「草加部もスタンプとか使うんだな」


同じ教師になったおかげで、昔よりも草加部の知らなかった部分がたくさん見れるようになった。


それが、少しでも俺に気を許してくれてるような気がして嬉しかった。


「もっと知りたいな。草加部のこと」


重たい体を起こして、今日は草加部とどんなことを話そうか。なんて考えながら、いつものスーツに腕を通した。


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