4話
「先生先生!!相談なんですけどぉ〜〜みやっちって甘いの好きですかぁ?」
「失礼しまーす!あのさ先生みやっちにさ、今度読みたがってた漫画貸すから、抜き打ちでテストやめてって言っといてくれません?」
「先生先生!!宮村先生って、どんな子がタイプですかぁ?可愛い系?美人系?」
「先生!!みやっちのL○NEのID教えてーー」
「どうでもいいことで保健室来るんじゃねぇ!!帰れ!!」
案の定、ほぼ毎日のように生徒達が保健室に相談しに来るようになってしまった。主に宮村のことで。
しかも別に俺は宮村に詳しいわけじゃないので、さっさと帰させるために適当にあしらっていたはずなのだが……最近は、何故か無駄に入り浸る奴らもたびたび増えつつある。
きっと原因は、宮村本人もちょくちょく保健室にくるせいだろう。
「はぁ……まったく。お前のせいで煙草を吸う時間が減ったじゃねぇか」
「いやいや。普通は、保健室で煙草吸ったらダメなんだって。これを機に止めればいいじゃん?」
「こんなにストレス溜まってんのに、やめれるわけねぇだろ」
「そんなに保健室の先生って忙しいん?」
「あぁ忙しいな。お前のせいで」
「あはは!いいことじゃん!ちゃんと働けて」
「はっ倒すぞ」
苛立つ気持ちを落ち着けようと、俺は胸ポケットから煙草を取り出し、一本口に咥える。
ちなみに、今日の思い出見学の場所は屋上だ。
普段生徒は立ち入り禁止なのだが『生徒は』としか書かれていないため、俺はたまにサボり場所として立ち寄っている。
しかし宮村は、雪斗との思い出の場所に屋上が入っていた。
ということは、学生の頃バレないようにこっそり来ていたのだろう。鍵かかってないしな。
まぁそれに、俺もこの場所は昔からお気に入りだ。
煙草をどれだけ吸おうが、煙はすぐに風に流されてすぐ消えてくれるし。好きだった奴に振られて泣いたりしても、自分のやったことに後悔して泣き叫んでも、風が声を消し飛ばしてくれて誰にもバレない。
一人でいるにはいい場所だ。
まぁ今は二人だけど。
「なぁ草加部。保健室、前より寂しく無くなっただろ?」
「は?」
「保健室に通うようになって、生徒達も楽しそうだし」
「何言ってんだお前?」
「草加部は保健室に引き篭もりがちだからさ、生徒達からどんどん行ってもらわないと」
突然意味不明なことを言い出す宮村に、俺は煙草を咥えたままフリーズしてしまう。
寂しくない?
生徒達が楽しそう?
俺が引き篭もりがち?
まて、何が言いたいんだコイツは。
「あはは!!草加部固まってる」
なにがおかしいのか、宮村はまた至近距離まで近づき俺の顔を覗き込む。
そして、俺が咥えていた煙草をスッと抜き取った。
「なに、すんだ」
「いやさ。草加部って、イライラして煙草吸ってるっていうより、寂しくて煙草吸ってんじゃねぇかなって思ってさ」
「そんなわけねぇだろ」と言い返したいのに、一瞬言葉が喉に詰まった。
そういえば、俺が煙草を吸い出したのっていつからだっけ?
昔は雪斗が嫌がるだろうからと思って、吸っていなかった。
吸い出したのは確か……雪斗達が卒業してからだったか。
「なぁ……まだ、寂しい?」
俺の煙草を持ったまま、宮村はどこか不安げな表情をしていた。
どうしてお前が、そんな顔をするんだ。
どうしてお前が、そんなこと気にするんだ。
「寂しいとか、別に……もともとそんなこと思ったことなんて……」
「嘘つき」
心臓が跳ねる。
宮村の目が、まるで俺の気持ちを全て見透かしているようで怖い。
「嘘なんて……ついてない。だいたい俺は昔から、子供の頃からずっと一人で……一人に慣れていて、寂しいなんて、今更そんな気持ち……あるわけが」
今は宮村の目を見たくなくて、視線が泳いでしまう。
「だいたい、お前には関係ないだろ。なんなんだ急に。俺のことなんてどうでもいいだろ」
「どうでもよくない」
宮村の言葉に驚いて、勢いよく顔をあげる。
それと同時に、俺の頭の上に温かい手のひらが置かれて、そのまま優しく撫でてきた。
宮村との身長差は殆どないはずなのに、撫でられるたび、まるで自分が小さくなったように感じる。
そう思ってしまうくらい宮村は、俺の頭を子供に接するように優しく、そして壊れ物を扱うようにそっと触れてくる。
誰かに触れられるのなんて一体何年振りだろうか。
思い出せないくらい、もうずっと、人の温もりに触れてこなかった。
だからだろうか。
こんなにも胸が締め付けられるのはーー。
「やっぱり、可愛いところもあるんだな」
「……は?かわ、いい?俺が?」
「うん。だって頭撫でられただけで、顔赤くなってるし」
咄嗟に右手で顔を覆い隠す。
確かに触れてみると、いつもより顔が熱くなっている。
こんな……頭を撫でられただけで、なにを照れているんだ俺は。
「草加部はさ、もっと人に甘えたり頼ったりしていいと思う。それこそ俺とかにさ」
「するわけないだろ……」
「なんで?一人で泣いたり悩んだりするより、誰かに話して、感情をもっと出した方がいいって。特に俺とかにさ!いっぱいいろんな草加部を見せてよ」
屈託のない眩しい笑顔に、思わず目を細める。
昔はあんなに俺を敵視してたくせに、どうして今になってこんなに優しくするのかわからない。雪斗と別れて、俺を敵視する理由がなくなったからか?
ただ。急に優しくされると、色々と戸惑ってしまうからやめてほしい。
特に俺は、人から優しくされ慣れてない。だから変にドキドキしてしまう。
これなら、冷たくされてた頃の方がまだよかったかもしれない。
「あぁクソッ。もうこの話は終わりだ」
「えぇ〜〜草加部ちゃんと理解した?」
「理解した上で、却下だ」
「なんで!?」
「当たり前だろ。この天然たらしめ」
宮村が今俺をどう思っているかは知らんが、昔仲が悪かった奴とすぐそんなに打ち解け合えるわけないだろ。俺はそんなに順応性高くないんだよ。
「全く。草加部は頑固だなぁ」
「言ってろ。後煙草返せ」
「じゃあここでの俺の思い出を当てたら、返してやるよ」
宮村のノリがとてもめんどくさいが、今じゃ煙草一箱買うのに値が貼る。一本でも無駄にはしたくない。
「はぁ、仕方ない。あぁ〜〜……そうだな。どうせ屋上なんて誰もこねぇし。ここで雪斗とえっちなことでもしてたんだろ」
屋上でのシチュエーションなんてBL漫画でたくさん見たし。こっちは既に予習済みなんだよ。
「ぶっぶー。ざんねーん」
「なんだ。違うのか」
「違うし。というか、俺達がどこでもえっちしてると思うなよ?変態教師め」
「実際どこでもしてただろ」
思い出見学してる限りだと、だいたいの場所でおっぱじめてたぞ。誰にもバレてないのが不思議なくらいに。
「というか、ここ生徒立ち入り禁止だから、雪斗と来てないし」
「はぁ?」
雪斗と来てないってことは、宮村一人で屋上に来たということか?
生徒立ち入り禁止だからって言ってるが、雪斗と来てないだけで、お前は来てるじゃねぇか。
「宮村一人ってことは、学生の頃のサボり場所だったとかか?」
「いや?俺学校では優等生だったからサボったことないし」
そんな優等生君は、一回保健室の窓割ったことあるけどな。なんて言ったら、俺の方がトラウマを呼び起こされそうだったので言うのをやめた。
「じゃあなんの思い出なんだよ。ここは」
俺の問いに、なぜか宮村はただジッと俺を見つめてくる。
なにか変なことでも言っただろうか?
「な、なんだよ」
「ふっ。いや、煙草返したくないからやっぱ秘密な」
「はぁ!?」
「ほら、誰かに見つかっちまう前に戻ろうぜ」
「いや、なんだよ!!気になるだろうが!!後煙草返せ」
「あはは!!やだねー!!」
吸いもしないくせに、俺から奪ったタバコを咥えて笑う宮村は、まるで学生に戻ったように無邪気に笑っていた。
あぁほんと、急に優しくしないでほしい。笑いかけないでほしい。俺を見ないでほしい。
気持ちがバグってしまいそうだ。