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2話


10年前、俺から雪斗を奪い。そして俺を殴った男。宮村春日は、なぜか教師になって再びこの学校に戻ってきた。


昔から女にモテモテだった野郎だったが、大人になってもどうやらそれは変わっていないらしく。全校朝礼で紹介された時には、体育館が女子の黄色い声で埋め尽くされていた。


「これから忙しいだろうなアイツ」


これだけの人気者なら、さぞ生徒たちに振り回されることだろう。いい気味だ。


「実はアイツ彼氏持ちですよーって教えてやろうかな。ま、女子達が俺の話に聞く耳持つとは思えんが」


しかし。何故宮村は教師になって、この学校に戻って来たんだ?

高校の頃は、教師になりたいだなんて聞いたことなかったが。


「ま、どうでもいいか」


宮村もわざわざ嫌いな奴に話しかけてくることなんてないだろうし。

同じ教師でも、俺は基本保健室。ほとんど関わることなんてーー。


「よ!久しぶり!犯罪教師」

「……」


ないと思っていたが。

どうやら的外れだったらしい。


「何の御用ですか。宮村先生」

「今は二人っきりなんだし、昔みたいに話そうぜ!ここだと俺の知り合いは、校長と犯罪教師だけなんだからさ」


そういうと宮村は、全然使われていない畳まれたパイプ椅子を俺の近くに広げて、背もたれ側を前にして座り、背面に腕を組んで座った。


ちなみに『犯罪教師』というのは、俺が雪斗を押し倒した日から付けられたあだ名である。


「その『犯罪教師』って呼び方。やめてもらえますか?」

「え、ダメ?」

「他の人に聞かれたら、私の立場がないので」

「じゃあ草加部先生。久しぶり!元気してた?」

「お前の顔を見たせいで、今にもぶっ倒れそうだよ」

「あはは!だろうね!」


生徒だった時と変わらない。太陽のような眩しい笑顔。俺とは正反対な野郎だ。

きっと雪斗も、この笑顔にやられたのだろう。


しかし、宮村が俺に対してこんな笑顔を向けてきたのは初めてかもしれない。


昔は雪斗とのこともあってか、基本宮村は敵意剥き出しだったから、笑顔と言っても凍りつくような冷たい笑顔しか向かれてこなかった。


なのに、何故今はこんなにも普通なのか。


「それで?宮村はなんでわざわざこんな学校に来たんだ?というか、教師になりたいなんて言ってたか?お前」


「『こんな』とか言うなって。ここは俺の母校だし、それに……雪斗と出会った場所なんだから」


「いや。別に思い出の場所に浸りに来なくても、家に帰れば愛しい彼氏にいつでも会えるだろ」


なんて、つい投げやりな態度丸出しで椅子に座り。煙草を吸おうと思って胸ポケットに手をやるが、ゴミしか入っておらず。苛つきながらゴミを投げ捨てる。


「羨ましいだろ」とか「まだ雪斗のこと諦めてねぇの?」とか、何かしら馬鹿にされるか反抗されるかの返事を想像して待っていたのだが。待てど暮らせど、宮村は何故か返事をしない。

それどころか、先程までの眩しい笑顔も今では雨に降られたように、どんよりと沈んでいる。


「……どうしたんだ?」

「あぁ……いや……」

「言ってみろ。そんな暗い顔されたら、流石の俺でも気になる」

「そう……だよな。本当はアンタには一番言いづらいことなんだけどさ……」

「あぁ。なんだ」

「俺たち、別れたんだ」


…………マジか。


なんとなく空気で、もしかしてとは思っていたが。まさかのまさか……ガチで別れたていたとは。


BL漫画の世界では、あんな風にくっついた二人は、ずっと一緒に暮らしてハッピーエンドで終わるってのが定番なのだが。やはり現実はそううまくはいかないってことなのだろうか。


「……そうか。雪斗と別れたのか」

「え、怒らないのか?」

「なんで俺が怒るんだよ」

「だって俺、一応アンタから雪斗を奪ったんだぜ?なのに、そのあとあっさり別れたとか言われたら普通「なんでだよ!!」とか「俺なら幸せにしてやったのに!!」とか言って胸ぐら掴まれるぐらいは覚悟してたんだけど」

「いや。別に元々雪斗は俺のものじゃないしな。それに、もしも宮村が雪斗と付き合わなかったとしても、多分俺は選ばれてないだろうよ」


今はわかる。

雪斗からすれば俺と言う男は、昔からずっとただの『頼れる兄』だった。


だから、もしも俺が好きだと言ったとしても、きっと恋愛としては一生意識してくれなかっただろう。


「それに、雪斗は幸せだったと思うぞ。実際根暗だった雪斗を変えたのは、紛れもなくお前だ。宮村」

「っ……そう、かな」

「ま、今の雪斗が幸せかは知らんがな」

「急に胸を抉るのやめて……」


宮村がこれだけ別れたことに落ち込んでいると言うことは、別れを切り出したのは雪斗の方ってことだろうか。


一体この二人になにがあったのか……気にならないと言えば嘘になるが。流石に今、根掘り葉掘り聞くというのはちょっと可哀想な気がする。

聞くのは宮村の心の傷がもう少し癒えてからにしておこう。そんでもって、忘れかけてた頃にまた嫌な記憶を掘り下げてやろう。


「まぁなんだ。とりあえずご愁傷様」

「なんだよそれぇ……怒らないなら、せめてもうちょっと慰めてくれよなぁ」

「生憎だが、俺はそこまで優しくない」


というか、さっきからなんでこんなに馴れ馴れしいんだコイツは。

まさか、雪斗と別れたことを俺に伝えたくてわざわざ保健室に来たわけじゃないだろうな。


「なぁ、草加部」

「先生をつけろ」

「いいじゃん。俺達しかいないし」


まぁ犯罪教師よりかマシか。


「で?なんだ」

「今から暇?」

「今から帰るから暇じゃない」

「暇じゃんそれ」

「馬鹿にしてるのか」 

「じゃあ家に帰ってなにすんの?誰か待ってんの?」

「酒と煙草が待っている」

「やっぱ暇じゃん」

「なっ!?お前に言われたくっ……はぁ」


このまま言い合いしてたら一生止まらない気がして、グッと喉まで出かかった言葉を飲み込む。


こんなことならさっさと帰っておけばよかった。煙草が恋しい。


「なぁ草加部」


先ほどとは違う真剣な物言いに、宮村の方へ顔を向ける。


すると、いつのまにか宮村の顔が至近距離まで近づいていて、一瞬息が止まった。


今時の子ってのは、さほど仲良くない人に対してもこんな距離感なのか?それとも宮村の距離感がおかしいだけなのか?


「な……なんだ?いったい」


俺の顔を覗き込む若々しい瞳。

思わず感情も理性も、全てが飲み込まれそうになってしまう。


「あのさ……」

「……あぁ」


意を決したように、ちょっとだけきゅっと紡がれた艶やかな薄い唇が、ゆっくりと開いた。


「暇ならさ。俺と一緒に、思い出見学してくれね?」

「……は?」


まるでタイミングを見計らったように、静まり返った保健室には、学校のチャイムだけが鳴り響いていた。


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