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1話

俺は所謂、BL漫画で言う当て馬役だったと思う。


草加部(くさかべ)先生!!また保健室で煙草吸って!!校長に言いますよ!!」

「いいじゃないですか。ちゃんと窓開けて吸ってるんですから」

「そう言う問題じゃありません!!もし生徒に見られてたらどうするんですか!!」

「あぁはいはい。わかりましたよ」


口うるさいおばさん教師に負けた俺は、煙草の先端を携帯灰皿にぐりぐりと押しつぶす。

そんな俺を見て、おばさん教師は疲れたように頭を抱えて大きな溜息を吐いた。


「はぁ〜〜まったく。今日は新任の先生が来る日なんですからしっかりしてください!身だしなみも!ちゃんと整えてくださいね!変なイメージつかれないように」

「はいはい」


面倒で適当に相槌をうっていると、これ以上話しても無駄と思ったのか。ブツブツと何か言いながらおばさん教師は保健室から出て行ってしまった。


「やっと静かになった」


朝っぱらからの小言なんて勘弁して欲しいものだ。

仕事する前だというのに、既に疲労が溜まってしまう。


「それにしても……身だしなみねぇ。保健の先生がそんなこ綺麗にしたって、誰も見ないでしょうに」


事実、ここの保健室を利用する生徒は少ない。せいぜい怪我した奴が絆創膏を貰いに来る程度だ。

俺の時代は、サボる為に寝に来る奴らばっかだったというのに。


凝り固まった肩を回しながら、洗面台の鏡の前に立ち、俺は自分の顔を覗き込む。


首元まで伸びた癖っ毛のあるボサボサな黒髪に、乾燥でカサついた肌。伸びた前髪の隙間から見える三白眼は生気が感じられず、まるで死んだ魚のようだ。


「あぁ……ちょっと髭生えてんなぁ。元々薄い方だけど、さすがにずっとサボってたら生えるよなぁ。面倒だが、髭だけ剃っとくか」


もう一度溜息を吐いて、俺は洗面台に予備で置いていた髭剃りで、少しだけ伸びた髭を剃っていく。


たまにああやって口煩い教師から身だしなみを整えろとか言われた時用に、髭剃りや髪を整える用のワックスなんかは、保健室に置きっぱなしにしているのだ。まぁ家でやれって話だが。


「……歳とったな。俺」


二十代の頃はもう少し見た目に気を遣っていた気がする。髪も伸びたらちゃんと切って整えたし、髭もちょっとでも生えてたらすぐに剃っていた。

別に気にしたって、元の素材がいいわけじゃない俺には、意味のないことだったかもしれない。


けれど、あの子がこの学校に通っていた頃は、少しでも恋愛対象として見てもらいたくて、俺は無駄に頑張っていた。


「今頃、アイツと幸せに暮らしているんだろうな…….」


今から10年前。俺は失恋した。


相手は11個も下の、当時この学校の生徒だった国崎雪斗(くにさきゆきと)という、まるで女の子みたいな可愛らしい男子生徒だった。


雪斗と俺は家がご近所さんで、昔から内気で友達が少なかった彼は、小さな頃から俺にベッタリだった。


俺の下の名前が知成(ともなり)ってこともあり、よくトモ兄と呼んでくれていた。


一人っ子だった俺も、まるで本当の弟が出来たみたいで、雪斗の遊び相手になっていつも可愛がっていた。


だが。雪斗が成長するにつれて、俺を見上げるクリッとした丸い目や、恥ずかしがり屋ですぐ顔を赤くするところとか、意外と食いしん坊で、リスみたいに頬を膨らまして食べるところとか、言ってたらキリがないくらい細かな仕草まで気になり始めてしまい……気づけば俺は、雪斗を恋愛的な意味で好きになっていた。


だが、こんな歳の差で告白なんて出来るわけもなく、俺はずっとこの気持ちを雪斗に悟られないように生きてきた。


ずっと片思いでもいいと思っていた。

雪斗が、俺を兄のように慕って頼ってくれるだけで満たされていたから、このままでもいいと思っていた……はずだった。


だが、雪斗がうちの高校に入学して、3ヶ月が経った頃。俺の気持ちは、そうもいかなくなってしまった。


「トモ兄!どうしよう!同級生のイケメンに告白されたんだけど!?」


学校ではトモ兄じゃなくて先生と呼びなさい。なんていつも言ってた台詞は、その時だけは出てこなかった。


雪斗が告白された。しかもイケメンに。


俺は焦った。

いつも内気で、女顔がコンプレックスだった雪斗は、いつも前髪で顔を隠していたし、積極的に友達も作ろうとはしなかった。だから誰も雪斗の可愛さに気づかないだろうとたかを括っていたのだ。


だけど顔を見られてしまったのか、それとも雪斗の中身に惚れたのか、俺の他にも雪斗の可愛さを知ってしまった奴がいる。


それがたまらなく嫌で、酷く腹が立った。


だから俺は、そんな男やめておけ。きっと遊ばれてるだけだと。教師としても兄としても最低な忠告をしてしまった。


俺の言葉に、雪斗は少し残念そうにしながらも「わかった」と言って、俺の言う通りにしていたらしいが。それでも相手の男は諦めなかったらしく、雪斗はそのイケメン野郎とどんどん仲良くなっていった。


いつしか雪斗が保健室にくる回数も減っていき、たまに廊下で雪斗を見かけた時には、必ずあのイケメン野郎が隣にいた。


最初はただイケメン野郎がしつこく付き纏ってるだけだと思っていた。俺と同じように片想いしてるだけだろうと……けど違った。


イケメン野郎といる時の雪斗は、幸せそうに笑っていた。


ずっと気にしていた顔も隠さなくなって、友達も増えて、あんなに内気だったのが嘘のように変わっていた。


そして、イケメン野郎に対する見方も、想いも……変わっていった。


俺を頼っていた雪斗はもういない。

兄のように慕ってくれていた雪斗はもういない。


全部、全部……あのイケメン野郎が取っていきやがった。


次第に俺は、怒りと嫉妬に埋もれていき、酷く心が汚れていった。


あの頃の俺は、ほんとどうかしてたと……今でも思う。


大事な存在だったはずの雪斗を、無理矢理犯そうとしてしまったのだから。


「やめて……トモ兄」


あの時の雪斗の怯えた表情は今でも忘れられない。


保健室のベットに押し倒されて、俺を見上げる雪斗は、泣きながら必死に抵抗して、完全に俺を拒絶していた。


こんなことしてはいけない。

はやく離してあげないと。

はやく。はやく。


頭ではずっと警告音が鳴っているのに、体と心が言うことを聞かなかった。


俺を見てくれないことが悔しくて、泣きながらあの男の名前を呼ぶ姿に腹が立って、俺の手は、雪斗を汚そうとしてしまった。


だが、それは未遂に終わった。


あのイケメン野郎が保健室の窓を割って、雪斗を助けに来たのだ。


今思えば、未遂で終わって良かったと本当に思っている。

でなければ、今頃俺は豚箱にぶち込まれていた頃だろう。

いや本当は未遂でも十分犯罪だったのだが、雪斗が許してくれた。なかったことにしてくれたのだ。

そのかわり、イケメン野郎には思いっきり顔面パンチを食い、割れた窓ガラス代は全て給料天引きにされてしまった。


そんな出来事があってからは、俺は雪斗と関わらなくなってしまった。


雪斗も俺のことが怖いだろうし、イケメン野郎にも警戒されてるため、そもそも近寄ることも出来なかった。


だがそれよりも、俺が早く雪斗を諦めたくて、自ら雪斗に近寄らないようしていた。


結局最後に話したのは、雪斗が卒業する日だった。


あの子は最後に、昔に戻ったように俺を見て、笑ってくれた。


「トモ兄、ずっと僕を好きでいてくれてありがとう」


泣きそうになるのを必死に我慢して、俺は成長した雪斗を見送った。


きっとあの子はもう俺を頼ることはない。

あの子のそばにはもう、俺じゃない大事な人が隣にいるから……。


「あれからもう10年か」


失恋した日に雪斗の連絡先は消しているため、今あの子がどこでなにをしているのか一切知らない。


だけど。きっと仕事をしながら、あの男と同居でもして幸せに暮らしている頃だろう。


そして俺はというと……何も変わらない。


ずっと同じ学校で保健室の先生をして、ただただ歳を重ねている。


友達もいなければ、もちろん恋人なんていない。特技もなければ、趣味は……一つだけある。


実は雪斗を好きになった頃、興味本位でBL漫画を少しだけ嗜んだことがあったが、それからというもの、俺はすっかりBLにハマってしまった。


いろんなBL漫画を読んで分かったことがある。


俺はまさに、BL漫画に出てくる当て馬キャラにピッタリだった。


物語の主役の恋路を阻む『お邪魔キャラ』


けれど漫画の世界なら、そんな当て馬キャラにもまた別の相手が出来てハッピーエンドを迎えるパターンが多いというのに……現実というものは、そう都合よく出来ていない。


俺はきっと、ずっと一人だ。


「すみません。遅くなりました」

「いえいえ〜〜大丈夫ですよ草加部先生。それでは朝の朝礼を始めましょうかねぇ」


職員室に集まった教師たちを見回すお爺ちゃん校長は、いつも変わらない気が抜けるようなゆるふわな笑顔で前へと立っている。


「えぇ〜〜皆さんも知ってのとおり、今日はこの桜宮高校に新しい先生が来てくれました。数学を担当してくれるそうです」

「嬉しい!!最近人手不足だったから助かりますねぇ!」

「ほんとほんと。最近は辞める人ばっかで、毎日地獄だったし、人手増えると助かるわぁ」

「しかもその先生、若い男らしいわよ」

「マジで。イケメンかしら」

「イケメンがいいわぁ〜〜ここは良い男全然いないし。目の保養が欲しいぃ〜〜」


悪かったな。

小汚いおじさんばっかで。


まぁ俺以外の男性教師も、全員もう50超えたおじさんしかいないもんな。俺だけが唯一三十代だが……この見た目だ。目の保養どころか、目の毒だろう。


女性教師達の和気あいあいとした話を真後ろで聞きながら、俺は雑談はいいから早くしてくれと思わず溜息を吐く。


すると、校長もそろそろ話を進めたかったのか、軽く咳払いをすると、そのまま話を無理矢理進め出した。


「えぇ、では早速お呼びしますね。どうぞーー入ってきてくださーーい」

「はい!失礼します!」


俺にとって新人教師なんてどうでもいいことだと思っていたが、ふと。どこか懐かしいと感じた声に、視線が自然と上がる。


ガラリとドアを開けて校長の前まで歩くその姿は、新人とは思えないほど凛とした立ち振る舞いで、思わず全員が息を呑む。


明るすぎず暗すぎずの茶髪に、くっきりした二重の目。シュッとした高い鼻に薄い唇。そして老若男女を虜にする眩しい笑顔。


まさに待ち焦がれていた美青年教師に、女性教師たちはキャーキャーと歓喜の声をあげはじめた。


そんな中。後ろで佇む俺も、女性教師達とは違った意味で声をあげそうになった。


だってそいつは、俺がこの世で1番会いたくなかった男。


そして……。


「はじめまして宮村春日(みやむらはるひ)です!今日からよろしくお願いします!」


俺が好きだった人の……彼氏なのだから。


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