食べ放題・辞書・ピン芸人
ピン芸人・辞書・食べ放題
俺はいつもの調子で辞書を片手に舞台へと向かった。
特徴的なTシャツにいつも通りの短パンをはいて舞台の袖からスポットライトの当たる正面へ。
「どうもー。高次です」
いつもこの時が一番緊張する。
ネタをはじめさえすれば、俺は心の無いピエロになって道化を演じられる。
勿論、自己紹介なんて大の苦手だ。
「今日も大盛況だったな。高次」
俺は同じ芸人仲間と食べ放題の焼肉屋に来ていた。
芸人仲間といってもピン芸人二人の集まりだ。
意外と知られていないがコンビ芸人とピン芸人は仲が悪い。
きっとピンとコンビじゃ芸人としての価値観が違うのだろう。
「そうだな」
俺は無愛想に返した。
ピンのやつは意外と喋らない。
それに一発屋が多いから友情関係も浅い。
これは俺の適当な持論だ。
だが、こいつはきさくでよく話しかけていた。
そこに突如女が一人でやってきた。
そいつは食い放題を頼むと猛然と食べ始めた。
泣きながらご飯と肉を食べている女は昔売れていたコンビの芸人だった。
最近は見かけていないが大分太っていた。
面識はないので俺は無視をしていた。
そうしていると前に座っている一歩が話し始めた。
「お前は俺が昔、コンビ組んでいたのって知っているか」
「いや。初耳だ」
「そうか、隣に女がいるだろ。あのデブのやつ。あれ実は俺の元相方だったんだ。昔良くテレビに出ていただろ。コンビで売れたんだが結局、俺は捨てられたんだ。だからピンでまたこの世界に飛び込んだ。今、あいつはテレビには出れないで借金生活。ざまぁみろ」
上辺だけの生活は裏切りがないから楽だ。