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6,迷いの森

まだ夜明けを待つような時間帯。

しかし王宮の裏口の内側は、平常時よりもたいまつの光に照らされているはずだ。

私たちは扉の前で目当ての人物が出てくるのを待つ。


「……では、いってらっしゃいませ」


くぐもった声が奥から聞こえたかと思うと、そのまま重い音をたてて扉が開いた。

中から出てきたのは、フードを被った私と同い年の男の子。

そう……


「ダリル!」


私が大声でそう叫ぶと、彼は驚いたように体をのけぞらす。

でもそんなことは気にせずに私は彼に詰め寄る。


「あんなに私たちと仲良くしておいて、誘わないなんてどうかしているわ!」


「え、サ、サマンサ?」


「本来一人で行くものじゃないんでしょう? 私も、レナルドも、リリアも、誘われるのを今か今かと待っていたのに……!」


私がそう言うと、レナルドとリリアも木の陰から私たちの方へやってきた。


「サマンサの言う通りよ、本当にどうかしている……一人で行くのは危ないわ。私も行かせて」


「無茶な真似をするな」


二人も私と同じ意見だからこそ、こうしてついてきてくれたのだ。


この国の王子は七歳になると、魔物退治のために魔物スポットまで旅に出る。

旅に出る……とはいっても近場のスポットが選ばれることが多いので、たいていは日帰りになるからそこまで大がかりなものではない。

それに自分一人で行く必要はなく、自分の仲間を誘うことができるのだ。


その話を聞いた私達は今か今かと誘われるのを待っていたわけだけれど、誘われることはなく、ついにダリルは七歳の誕生日を迎えてしまった。


「ついて来て欲しくなかったからわざわざ声をかけるようなことはしなかったんだ。みんなを危険な目に合わせたくないから……」


恥ずかしそうに口ごもるダリルをみんなで取り囲む。


「何よ今更。ほら、行くわよ! 私達にはリリアがいるからなんだって倒せるわ」


「そんなこと言われると恥ずかしいけど……一緒に行きましょう!」


「行くぞ」


三者三様の反応。

でも、みんな気持ちは一緒だった。


「ダリル王子……いいお友達をお持ちになりましたね。どうか気を付けて行ってらっしゃいませ」


執事には事前に待ち構えることを知らせておいたこともあって、そのまま送り出してくれた。


「……ありがとう」


ダリルがそう呟いたのを聞いて、私たちは微笑みあった。


◇◇◇


「ここが……『迷いの森』 確かになんだかまがまがしい雰囲気ね」


ダリルの目的地となっている魔物スポットは『迷いの森』

比較的王都に近い場所にあるものの、魔物に襲われる危険性があるため好き好んでくる人はいない。

森の入り口は静まり返っている。


『迷いの森』といえば、原作ではダリル王子への嫉妬で古代の魔物に乗っ取られてしまったレナルドがいた場所である。

今の仲良し四人組のままなら、きっと原作のような未来は訪れないはず。

それでも少し怖くなって身震いをした。


「大丈夫? いざというときには僕の後ろに隠れていていいからね、お嬢様」


「からかっているでしょう! これくらい平気よ!」


「ははっ!」


こんな雰囲気の森を目の前にしてもダリルの軽口は直らないらしい。

でもきっと……今回は気分が沈んでいる私に気を遣って軽口をたたいたのだろう。

彼はそんな人だ。


「全く……私達を置いていこうとしたくせに」


「それはごめんね」


「さぁさぁ、さっさと済ませちゃいましょう!」


「そうだな」


レナルドとリリアは今にも魔力があふれ出すのではないかというほどに、これからの冒険にワクワクしているようだ。

リリアが目を輝かせているのは可愛いし、レナルドが珍しくそわそわしているのも可愛い。


私たちはいよいよ迷いの森へと踏み出した。



そしてそのまま森の中へ歩き出してから十分ほど。

ダリルとレナルドが前方に目を凝らす。

何かを見つけたようだ。


「普通の魔物だ。準備はいいかい?」


「「えぇ」」


前方に、わりと小ぶりなサイズであろう赤い目に黒い姿の怪物が見える。

私達二人の小さな声、そしてレナルドの頷くそぶりを見たダリルはそのまま手に風を集めた。

こうしてみると物語の王子様みたいなのに……いや、本当に物語の王子様ではあるのだけれど……非常に普段の態度が嘆かわしい。


レナルドも掌に炎をともし、臨戦態勢に入る。

リリアと言えばすでに体中が光魔法で輝いている。


そんな中私も、ほんのわずかの光魔法にそれよりも威力の小さい炎を灯す。

この世界では珍しく二属性の魔法を使えるのだが、いかんせん魔力量が恐ろしく少ない。

他の三人を少し恨めしく思いつつも、私も準備完了した。


「放て!」


ダリルは合図と同時に魔物に向かって鋭い風を放つ。

それを間一髪でよけ、体勢を崩している魔物に向かって、今度はレナルドが炎の柱を突き刺す。

魔物の右半身が黒く焦げ、動きが遅くなったのを見て、すかさずリリアが大きな光の玉を魔物の上へ落とした。


そのまま魔物はジュっと焦げたような音と共に昇華していく。


この世界には三種類の魔物がいる。

いわゆる普通の魔物。

黒い霧をまとった、人に取りつくことのできる強い魔物。

そして特定の状況で召喚される、一度人に取りついたらその人を倒すまで止めることができないと言われている古代の魔物。

私たちが倒したのは普通の、ごく一般の魔物だったとはいえ……小さかったとはいえ……戦闘時間が一瞬すぎないだろうか。


「……私の出番は?」


「まぁそんなこともあるわ、元気出して」


リリアがそう言いながら私の肩に手を掛けようとしたその時。


「危ない!」


そんなレナルドの声と共に魔物がリリアに向かって襲い掛かってきた。

突然のことに動けなくなっているリリアをかばうように、レナルドが飛び出した。


とっさにレナルドによって作り出された炎の壁は、魔物を跳ね返す。

その隙にダリルが剣のように鋭い風を魔物に突き刺し、そのまま昇華させた。


レナルドはこれ以上近くに魔物がいないことを確認すると、震えているリリアのもとへ駆け寄る。


「……大丈夫? 歩けるか?」


「だ、大丈夫。ごめんなさい、気が付かなくて」


「気にするな、無事でよかった」


そう言ってリリアの頭をなでるレナルド。

本物のレナリリを過剰摂取してしまった私は、今にも鼻血が出そうだ。


「ほら、ボケっとしていないで早く行こう」


ダリルにチョップをされて、私たちはそのまま更に迷いの森の深くまで歩き出した。

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