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12,七芒星の伝説

「失礼します……」


私がダリルの部屋の扉をそっと開けると、中にいる人たちは皆驚いた顔をした。


「誰ですか!? ……あら、あなたは……サマンサ様でしたか」


四十代くらいであろう神官の恰好をした女性が焦ってこちらへやってくるも、私の顔を見たことでほっとしたようにため息をついた。


「いきなりお邪魔してしまいすみません、サマンサ・デロスと言います。王子の事情は知っているので大丈夫です」


部屋の中ではダリルのベッドを五人の人が囲んでいる。

その中にはリリアもいて、彼女は私の顔をみると、驚きつつもこちらへやってきた。


「サマンサ! もう体は平気なの? 休んでいないとだめじゃない!」


「大丈夫大丈夫……ダリルの様子を見たくてここまで来たの。今、ベッドの方まで行っても平気かしら?」


「ちょうど今から少し休憩しようとしていたところだから大丈夫よ」


私は禁書を抱えなおし、リリアの後についてダリルの枕元まで歩みを進める。

ダリルのベッドを囲んでいた残りの四人の魔法使いの人達は、私達に場所を明け渡すかのようにサッと部屋の隅の椅子に座りに行った。


「……ダリル」


少しの無機質さを無視すれば、ただ寝ているようにも見える。

ただ、よく見てみればその口は息をしていないし、脈も熱も感じられない。

本当に、魔法使いたちの光魔法のおかげで、ただ体だけが生かされているといった感じだ。


ゆっくりとダリルの頬に触れてみると、およそ生者のものではない冷たさがあった。


「……」


「サマンサ、きっと何か方法があるわ。国王も一生懸命ダリルのために頑張っているんだもの。学園長だってそうよ……それに私も。それでいて助からないわけがないわ。だから……そう落ち込まないで」


リリアは私がダリルの姿を見たことで、ショックを受けたと思っているようだ。

確かにダリルの部屋に続く階段を上る前の私なら、きっとショックを受けていただろう。


でも、今は違う。


私は大きく息を吸い込み、禁書を改めて強く握った。

クリスが、他でもない私にこの本を渡してきたのには……きっと意味がある。

そして、あの階段の踊り場で、あのページを見た時、私は確信した。


きっと私なら……この魔法をうまく使うことができる……と。


リリアでもダメ、ここにいる著名な光魔法使いの人達でもおそらくダメ……私にしかできないことが!


「ごめん、リリア。少し離れてもらえるかしら?」


「……えぇ」


彼女は私を気遣ってか、すぐにベッドのそばを離れ、他の魔法使い達と同じように部屋の隅の椅子の方へ向かう。


……手順は大丈夫、七芒星を描いて、光魔法を込めるだけ。


禁書をそっと床に置き、まずは自分の指先へ光魔法を灯した。


「サマンサ、何をするつもり!?」


リリアの焦ったような声が後ろから聞こえてきたが、私は特に何も答えず自分の魔力をどんどん指先へと集めることに集中する。


すぐに十分な魔力が集まり、線を途切れさせないようにして次は七芒星を作っていく。

私は生まれつき魔力が少なめなので、この七芒星を作ることすら一苦労だ。


「ねぇサマンサってば、何をしているの?」


真後ろまでやってきたリリアは、私のことを止めるべきか否か、迷っている様子だった。

私はリリアまで七芒星の結界に入ってしまわないように、丁寧に丁寧に線を描き続ける。


本当なら返事をしたいけれど……ここで他のことに神経を使ったら、失敗してしまいそうな気がした。


そして数分経った後、ついに私とダリルを囲むようにして七芒星の結界を作ることに成功した。

その頃にはもう私の額からは汗がにじんでいて、光魔法の魔力もかなり使い果たしてしまったのがわかるくらい全身に倦怠感がある。


「……サマンサ様、それは……七芒星ですか?」


私がダリルの部屋に入った時、一番最初に話しかけてきた女性が、私に声をかける。


「はい、魔力量が少ないので粗末に見えるかもしれませんが」


力のある人からしたら、私が描いた結界なんて弱弱しく見えるのだろう。

そう思って返事をしたが、どうやら彼女の懸念点は別だったようだ。


「教会に伝わるいにしえの歌の歌詞の中に、このようなものがあります。『不可能を覆し七芒星 我が命と引替に他の命を引戻せ』これは、勇者の死を嘆いた聖女が自身の命をなげうって勇者を生き返らせた……そういった話だとされています。目覚めた勇者は聖女の死を目の当たりにして深く悲しみ、この術を禁じたのです」


彼女は一息いれてからまた話し続ける。


「サマンサ様、貴方、その術を使ったら死んでしまいますよ!」


その言葉を聞いたリリアは私の隣までやってきて、ぎゅっと手を握ってきた。


「だめよサマンサ、貴方が死んでしまったら、私を含めて何人の人が悲しむと思っているの!? それに……ダリルだって、自分の代わりにサマンサが犠牲になったと知ればきっともう立ち直れないわ! お願い、頼むから考え直して頂戴……」


目に涙を浮かべて訴えるリリアに対して、私ははっきりと自分の気持ちを伝えた。


「聞いて、リリア。私、何も自分が犠牲になるつもりはないわ」


それを聞いたリリアは、そして周りの魔法使い達も静まり返る。


「勝算があるの。ほら、私って魔力は少ないけれど……光魔法の魔力を使ってもまだ魔力は残っているはずでしょう? この術は光魔法の魔力を使い果たすものなの」


そう、禁書にはあくまで「光魔法の魔力」を術に使うと書いてあった。

つまり、他の魔法の魔力は体に残るはずで……


リリアも私の言葉を聞いて理解したようだ。


「言っていることは分かったわ……でも、本当に……信じて大丈夫なの? もしここでサマンサを失ってしまったら、私、貴方を止めなかった自分のことを恨んでも恨み切れないわ」


「大丈夫、私を信じて」


もともと光魔法はサマンサの生まれつきの力ではない。

今ここで使わなくて、どこで使うというのだろう。


レナルドとリリアが結ばれて、ダリルさえ助かれば物語がハッピーエンドに終わるという今、私のこの力を天に返す時が来たのだ!


「よろしくね、サマンサ」


リリアは私の手を放し、数歩後ろへ下がる。

私は一歩前に踏み出し、七芒星の中心に手をかざす。


大きく息を吸い込み、私は持っているすべての光魔法を解き放った。


「ダリル! 帰ってきて!!」





目のくらむような白い光が部屋を覆いつくす。

一瞬、ふわっと体が倒れるような浮遊感を感じた後、光は徐々に収まっていった。





私はベッドの縁にもたれかかっているようだ……








……生きている!


立ち上がろうとしたがうまく足に力が入らず、何とか顔だけ動かしてダリルの方を見た。


心なしか先ほどよりも血行が良く見える肌。

そしてじっと口元を見つめてみれば……呼吸をしているのが分かった。


「……」


本当に成功したんだ。


「……? サ……サマン……サ」


彼の目は緩やかに開き、その瞳に私を映した。


「ダリル様!!!」


「ご無事で何よりです!」


「二人とも生きててよかった……!」


私が彼の手を握りしめた時にはもう、部屋中が大騒ぎになっていた。

面白いと感じて頂けたら、いいね・ブックマーク・評価等よろしくお願いします!

ラスト一話、できれば今日中に投稿します。

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