11,禁書の栞
夜の廊下は人通りが少なく、はだしで歩いているためか底冷えしそうだ。
本当は靴を履いていきたかったが、病人が部屋から出ることは想定されていないのか、そんなものは用意されていなかった。
ダリルはきっと自分の部屋で横たわっているのだろう。
幼いころに遊びに行ったことがあるが、王族らしくとても広い部屋だった。
あそこならきっと、魔法使いを何人も呼ぶことができるはずだ。
あまり王宮内に詳しいわけではないので、何回も迷子になったが、それでも私は足を緩めることはしなかった。
……だってダリルの姿を一目見たいから。
階段の上り下りに疲れ、少し息を切らしながら廊下を歩いていると、突き当たりを右に曲がったあたりから自分のものではない足音が聞こえてきた。
私は特に気にも留めずそのまま先に進もうとしたが、右に曲がった瞬間、そういうわけにもいかなくなった。
「あ、サマンサ」
「……クリス」
向かいから歩いてきたのは、周囲を王宮の騎士たちに囲まれているクリスだった。
「良かった、実は用事があったんだ……」
「私に?」
「うん」
クリスに会うのは想定外だった。
思わず複雑な表情をしてしまった私を見て、彼も何とも言えない顔をした。
「これ」
と言って私に一冊の本を押し付けてくる。
周りの騎士がクリスの行動を止めないのを見る限り、本当にこの用事のために私のところへ行こうとしていたのだろう。
「突然渡されても……どういうこと?」
「それ、禁書なんだ。でも間違えて寮から持ってきちゃったみたいなんだ」
これが……例の禁書。
古代の魔物を呼び出す方法が書かれたあの本だ。
「僕、今夜辺境に出発する予定で学園に戻る暇はないから、代わりに返しておいて」
おそらく、寮にあるクリスの荷物をまとめた人が、クリス個人の本だと勘違いして持ってきたのだろう。
「で、でも、何も私に渡さなくてもいいじゃない」
「いや、サマンサにお願いしたいんだ。じゃあね」
クリスはさっさと王宮の騎士と一緒に廊下を歩いて行ってしまった。
……仕方ない、明日にでも学園長に届けに行くか。
何故私に預けたのかはよくわからないけれど、受け取ってしまったからには責任を取らなければならない。
私は本を抱えなおし、ダリルの部屋があるであろう方面に向かってまた歩きだす。
左手にある階段を上り、右に曲がり、また更に階段を上ったところで、王宮の騎士が警備をしていた。
「この先は王族の部屋となっているので、通行は禁じられております。道に迷われているのなら、私たちが案内しましょうか……あ、あなたはサマンサ様」
五人いる騎士の内の一人が私に話しかけてきた。
話している間に、私が騎士の方へ近づいて行ったことで、暗い廊下とはいえ身元が分かったようだ。
「失礼いたしました。王子のお見舞いにいらっしゃったのですか?」
彼らは一斉に私にお辞儀をして、丁寧に問いかけてきた。
「お見舞い」ということは、この騎士たちは知らないのだろう。
……ダリルはもう死んでいるということを。
「えぇ、そう、お見舞いに来たの。ここを通ってもいいかしら?」
「勿論ですとも。サマンサ様がお見舞いに行けば、王子も元気になること間違いなしです」
自分がダリルのために何もできることはないのに、そのような言い方をされるとより一層気分が沈んでいく感じがする。
「王子の部屋は、この先の廊下を進んで二つ目の曲がり角の階段を上ったところにあります。私達一同、王子の回復を祈っておりますとお伝えください」
「……分かったわ」
私はそのまま騎士たちの横を通り過ぎ、言われた通りに道を進む。
会いたい、一目見たいと思ってここまで来たけれど……光魔法の魔力も少ない凡人の私にできることと言えば、ただダリルを見守るだけだ。
一体それに何の意味があるのだろう。
さらに言えば、ダリルの部屋に行けば、ダリルが死んだという事実を目の当たりにすることになる。
……ここまで来て、ダリルに会うのが不安になってきた。
やっぱり帰ろうかな……なんて思ったが、騎士たちにお見舞いに行くと言った以上、行かなければならない。
階段の一段一段がとても高く感じた。
私は階段の踊り場にたどり着いたところで、いったん心を落ち着けようと足を止める。
止まった拍子に抱えていた禁書を取り落としてしまい、本はバサバサと音をたて、ページが開いた状態で床に落ちた。
丁度月の光が本を照らしていたことで、私はそのページの章タイトルを読み取ることができた。
「古代の魔物の呼び出し方……ね」
落とした拍子にこのページが開かれたのは、きっとクリスが繰り返し読んだことで折り目が付いたからだろう。
私は別にこれを読む必要はないので、本を閉じようと手を伸ばしたとき、あることに気が付いた。
「……栞?」
開かれているところと別のページにシンプルな栞が挟まれていた。
そのまま禁書を拾い上げてもよかったものの、私はどうしてかその栞のページに何が書かれているのかが気になり、そっとページをめくる。
「光魔法の禁術……死者蘇生の七芒星……不可能を可能にする……」
目に入った文字を見て、私は思わず本に目を近づける。
『光魔法を持つ者にのみ扱える禁術。術者は自身の光の魔力と引き換えに、死者を蘇生させることができる。しかし当然魔力を失った術者は生きることはできず、自身の命を犠牲に他人の蘇生を行うこととなる。また、死者の体があまりに腐敗している場合は不発に終わる』
古代の魔物が出現して皆の魔力が吸われ、魔力が少なくなっていったあの時でさえ、体調不良者は大勢出た。
魔力を失ったら死んでしまうのは当たり前と言えよう。
それでも私はその文章の続きを読み続ける。
『やり方は至って簡単。自分と死者を取り囲むように、光魔法で七芒星を描いた後、自分の持つすべての光魔法をその結界に込めるのみ』
一ページにも満たないこの情報は、私を興奮させるには十分だった。
そっと本を閉じた後、階段を駆け上がり、ダリルの部屋へと急いだ。




