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9,真の望み

太陽が落ちた一帯がどす黒い光に包まれた。

私達は誰も一言も発さず、その様子を見ていた。

しばらくしてダリルの姿が見えるようになった時、私が一番先に我に返った。


「ダリル……? ダリル!!」


倒れているダリルは動かぬ人形のようで、私はあわてて心臓があるであろう位置に手をのせる。


「……」


脈がなかった。


「そんな……ねぇ、嘘……うそでしょ? 返事してよ! ねえ!」


話、聞いてくれるって言っていたのに。


伝えたいことがあったのに。


まだ私は……私は





「あははっ! もう死んじゃってるから、話しかけても意味ないよ?」


遠くから聞こえてくる声。

遠くにいるとはいえ、レナルドのものでもリリアのものでもない。

勿論、隣にいるエリクも違う。


「揃いにそろって、そんなに驚いた顔しちゃって」


彼は面白そうに笑いながら、ゆっくりとこちらへ近づいてきた。


「でも惜しかったなぁ。本当ならレナルドが僕以外のみんなを殺すはずだったのに……でもまぁいいや、ダリルが死んだなら!」


ニコニコと狂気的な笑みを浮かべながら、歩いてきたその人は……


「……クリス?」


私がそう呟いた瞬間、隣にいたエリクが剣を引き抜き、クリスの首元に突き付けた。


「まぁまぁ落ち着いてって! みんなまで殺すつもりはもうないから」


クリスがそんなことを言っている間に、レナルドとリリアが私達のもとへやってきた。


「クリス……どうして!?」


リリアが怒りと悲しみの入り混じった声で尋ねると、クリスは今までのことを話し出した。


「だって……僕よりも劣っているのに、ダリルが王子なんておかしいと思わない? だから、ダリルを古代の魔物に襲わせて始末しようと思っていたんだけど……少し計画が狂っちゃったね。でも、僕の目的は果たされたからそれでいいんだ。ほら、僕を王宮の役所にでも連れて行けばいいよ、逃げないから」


と言って、彼は両手をあげた。


「じゃあ、古代の魔物を復活させたのも……クリス、あなたなの?」


私の問いかけに対して、クリスはまたもやニコニコしながら真実を教えてくれた。


「そうだよ、ほら、この迷いの森の木、明かりがついてるでしょ? ここの封印を解けば古代の魔物が呼び出せるんだ! 仮面舞踏会の準備期間は封印を解くためにここに通ってたから……ほんと、忙しかったよ」


次期宰相としての仕事をこなしているわけではなく……古代の魔物の復活で忙しかったのか。

レナルドと仮面舞踏会の服を選びに行った帰りに聞いた音は、聞き間違いじゃなかったのだ。


「本当はダリルに古代の魔物をとりつかせたかったんだけど…ほら、あいつって自信過剰だから負の感情が全くなくてさ、だからレナルドにしたんだ……リリアとイチャイチャしててムカついてたし」


その後も、私たちが衝撃を受けている間に、クリスはどんどん自白をしていった。


古代の魔物を呼び出すための方法は、私達と学園長がエマ先生誘拐事件の解決のためにオリオンシティに行っている間に、学園の奥から盗み取ったこと。


あの時エマ先生に黒い霧の魔物を取りつかせたリズ令嬢は、裏でクリスが操っていたこと。


結界の水晶を盗んだのも、エマ先生に魔物を取りつかせたのも、全部全部クリスだったのだ。


それに……そうか、あの優秀なクリスが水魔法や氷魔法をそれほど上手く使えないのは、あくまで闇魔法が彼の本来の魔法だったから……


「でもさ、ダリルって勘だけはいいから、僕がスルスル迷いの森を歩いているのをみて、違和感を持ってたみたいでさ……あの時は焦ったな」


確かに、ダリルはクリスに何か話そうとしていたような気がする。

色々な出来事がすべて繋がっていく。


「頭がよくて、見た目も良くて、愛嬌もあって、闇魔法も使える。僕がこの国の中で一番優秀なんだ。あいつなんて……ダリルなんて、無能王子なんだ!!」


目を細め、プルプルと体を震わせるクリス。

そして話を聞いたリリアは、まっすぐに彼に向かってこう言い放った。


「私は……クリスのこと、今まですごい人だと思ってたわ。でも……そんなことを言う人だったなんてがっかりよ!」


「あっそう……でも、もういいんだ。……僕のことが嫌いでも。レナルドとお幸せにね」


初めて、クリスのニコニコとした表情に影が差したように見えた。


「クリス……クリスはさ」


「何?」


「これで終わっていいの? ダリルを殺して、私達との友情を裏切って、リリアには失望される……それでよかったの?」


クリスが自白を始めた時は、完全に黒い感情に支配されてしまっていると思っていた。

でも……笑顔が崩れてきたクリスの顔は……悲しそうな、つらそうな表情にみえるのだ。


「うるさい! うるさいよ!! いい人ぶって……僕の気持ちなんかわからないのに。僕こそ、僕こそこの国で一番優秀で、王の座にふさわしいって、父さんはずっと言ってくれたんだ! ダリルなんかこの国にいらないんだ!」


「……公爵が、クリスにそう言ったの?」


「……」


「クリスが一番優秀だから、ダリルを殺してしまえって?」


「……」


「それは、本当にクリスの望みと同じなの?」


「……」


クリスの両目からボロボロと涙があふれ出した。

その様子に剣を突き付けていたエリクは毒気を抜かれたのか、剣を携えつつも、クリスにハンカチを差し出す。


「俺は……多分あなたのことを許すことは出来ないです。でも、今まで俺たちと過ごしてきた日々は、純粋なものであったと信じていますよ」


エリクのハンカチを借りたクリスは、涙を拭きとる。


「……学園に入学して、皆と、それにダリルと話すようになって……仲良くなって、その時にはもうきっと、何かがおかしいことには気が付いていたんだ……でも、ずっとダリルを殺すことを目標に生きてきたから……今更どうにもできなかった」


よわよわしいクリスの声だけが響き、辺りは物音ひとつしない。


「僕……僕、皆と一緒に過ごした日々、楽しかった……今そんなことを言われても、信用できないとは思うけど。ごめんね、みんな」


「俺は……クリスがそう思ってくれていたと知れてよかった」


「私も」


レナルドとリリアがクリスに近寄り声をかける。


「リリア、僕、君のことが好きだったんだ。気持ちだけ伝えておくね」


「……えぇ。私も友人としてあなたのことは好きだったわ」



こうして私たちは迷いの森から抜け出した。

帰り道は長く、テントで一晩を越したが、私達が話すことはもうなかった。

そしてダリルの体は……ひどく冷たくなっていた。


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