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6,眠れない夜

「暖かいわね」


私たちは焚火を囲んでいる。

クリスがとても道に詳しいおかげで、数日のうちには迷いの森を回りきることができそうだった。

そのせいか、重たい雰囲気が感じられる気がする。


順調に進んでいる……つまりそれはレナルドを倒す時期が早まることだから。


「じゃあ、そろそろ僕は寝ようかな!」


そんな中、いつも通り明るくふるまっているクリスは、焚火に集まっているみんなのもとから離れ、テントに行こうと腰を上げた。

リリアが「また明日ね」と手を振り、エリクが無言で見送る中、ダリルは立ち上がった。


「ねぇ、クリス」


「何?」


「ちょっと話、できるかな?」


ダリルはテントに行こうとしたクリスの手を取ったものの、クリスはそっとその手を離した。


「ごめん、ちょっと眠くなっちゃったから、また明日ね」


有無を言わせないクリスの声色に驚く。

普段から可愛く明るい立ち回りのクリスも……将来宰相になったらこんな感じになるのかな。

その姿に納得した私は、ダリルの袖を引いた。


「明日も早いし、私達も寝ましょう」


ダリルはまだ何か言いたげな目でクリスを見ていたが、私の言葉を聞いて、「そうだな」とうなずいた。


あのころとは違い、魔物を立ち入らせない小さな結界くらいは力を合わせれば作れるので、みんな寝ることができる。

クリスがテントに戻るのを見送ってから、残った私達四人も一人、また一人と、テントへ眠りに行ったのだった。


◇◇◇


「……っん」


テントに帰り、寝袋に入ったものの、どうにも寝付けない。

寝返りを打っても頭の中からはレナルドの姿が離れない。


昼間は馬に乗っていたり、迷いの森を散策していたりして、あまり余裕はなかったからか、考えないようにすることもできたけれど……今はそうもいかない。


このまま寝ようとしていても、朝になってしまう気がする。

もういっそのこと一回起きてしまおうか、と思い、私は上半身を起こした。


寝袋を抜け、皆を起こさないようにそっとテントから這い出ると、パチパチと音をたてる焚火の近くに人影が見えた。

誰だろうと思いそっと近づくと、その人物の顔が焚火に照らされて見えるようになる。


「エリク」


私が小声で声をかけると、エリクも誰かが焚火の方へ来ていることに気が付いていたのか、特に驚きもせず私の方に向き直った。


「眠れないんですか?」


「そうね……色々考えてしまって」


「……俺もです」


普段なら、


「馬鹿でも色々考えるだけの脳はあるんですね」


くらい言いそうなものだが、今日のエリクはいつもより静かで素直だった。


「少しこの周りを散歩しませんか? ちょっと森の空気を吸いたい気分なので」


確かにここで焚火を見つめていても寝れる気はしなかったし、エリクと話そうにもここは皆の寝ているテントに近いのであまり話はできない。

それに魔物がでてきて本当に危なくなっても、テントから離れすぎなければ、結界に駆け込めばどうにかなる。


「……いいわね、行きましょうか」


私が返事を返すと、エリクは立ち上がり私に手を差し出した。

そのまま彼にエスコートしてもらい、そっとテントの外にかけられた結界を抜け出す。


夜は人の心を不安にさせる。

でも、土の匂いと草木の匂いでなんとなく心が落ち着いていく感じがした。

それに気が置けない友人と一緒に居ることで、一時の安らぎを得ることができた。


横で歩いているエリクと言えば、ずっと何か悩んでいる様子だった。


私も無理に話す必要はないと思っていたから、テントを出てからはしばらくの間無言が続いた。

しかし十分ほど歩いた後、ふいにエリクが口を開いた。


「……レナルドさんのことになりますが」


「レナルド」という四文字を聞いた瞬間、心臓がドキッと音をたてる。


「すみません、貴方が彼のことで思い悩んでいるのは分かっていて……もちろん俺も、彼を傷つけずにどうにかして古代の魔物を倒す方法はないものかと……まだ懲りずに考えてしまっています」


やはり、みんなもレナルドのことを考えていたんだ。


「私だけがそんなことを考えていると思っていたから……エリクのその言葉を聞いてなんだか安心したわ」


「……そうですか、その、レナルドさんは、王子への嫉妬の気持ちにつけ込まれて、魔物にとりつかれてしまったんですよね」


「……そうね」


そこでまたしばらくの間沈黙が続いた。

しかしその沈黙は何か大切なことを話す前の……緊迫した雰囲気を持っている。


そして彼はふと足を止めると、私の目を見た。


「突然すみません、実は話しておきたいことがあるのですが」


嫌味一つ言わない彼の様子を見て、私は彼の真剣さを感じ取る。


「なんでもどうぞ」


「……俺も、王子に嫉妬しているんです」


想定外の言葉に、どう返答すればいいのかわからなくなる。


「……そ、それをどうして私に言うの?」


「はぁ……全く、鈍い人ですね。まぁ、そんなところも好きですが」


長い溜息の後に繋がれた言葉は、私を驚かせるのに十分だった。


「それは……」


「言わせないでください。恋愛的な意味で、ということです」


エリクが私に向かってそっと微笑むのが、暗い夜の森の中でうっすら見える。


「……」


「でも、最初から勝ち目がないことは分かっていました。あなた方が相思相愛なのは、俺がサマンサさんのことを好きになればなるほど……感じ取れていましたから」


「……伝えてくれてありがとうね。エリクみたいな人から好意を寄せられていたなんて……うれしいわ。でも、ごめんなさい」


私が目の前で深く頭を下げると、エリクはすっとしゃがんだ。


「俺、伝えることができてすっきりしました。ちゃんと自分の気持ちに向き合って、区切りをつけることができそうな気がします」


そして間を置いた後、彼はもういつもの調子に戻ったようだった。


「そんなつらそうな顔しないでください……いつもの能天気そうな顔の方が似合っているんですから」


「能天気そうな顔って何よ!」


「すみません、あほっぽい顔でしたね」


エリクはすっと立ち上がると、そのままテントのある方向に向かって歩いていく。

私も急いで追いかける。

吹っ切れた様子のエリクのことは、心配はしなくてよさそうだ。


そのままテントに戻ると、なぜかダリルが起きていて、焚火の近くで暖をとっていた。


「お帰りなさい」


少し不機嫌そうな声色のダリルは、チラッとエリクの方を見る。


「……俺はもう寝ますね、おやすみなさい」


面倒なことになるのを察知したのか、エリクは光の速さで自分のテントへと帰っていった。


「……エリクと、何を話したの?」


「色々」


「ふーん」


そして私もテントに行こうとしたものの、ふと、足を止めた。


「ねぇ、ダリル」


「何?」


私がささやくような声量で尋ねると、彼も同じ声量で返事をする。


「この事件が落ち着いたら……聞いてほしい話があるの」


「……なんだそれ。死ぬ人のセリフみたいだ」


「絶対死なないわ……というかこれを言うまでは絶対に死ねない。そう、だからその時は、私の話、聞いてくれる?」


「勿論だよ……その時は、僕もサマンサに話をしよう」


ダリルの目線は焚火に向けられていたものの、声は真剣だった。


「わかったわ。じゃあ、おやすみなさい」


「おやすみ」


ダリルを一人残して、私はテントへと戻った。


この事件が解決したら……私もダリルに想いを伝えるんだ、と心に決めて。

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