8,恋慕
しかしよく見てみると、どうやらレナルドとリリアは近くにいるだけで当事者ではないようだ。
咄嗟のことにダリルの手をとったまま立ちすくんでいると、悲鳴の正体である魔物が飛び出してきた。
ただの魔物ではない。
人間にとりついた……つまり黒い霧の魔物である。
魔物にとりつかれている男性は仮面を付け、タキシードを着ていることから、この舞踏会の参加者……つまり学園の生徒であるのは間違いない。
彼……もとい黒い霧の魔物は、バルコニーから一直線にとある方向へ突き進んでいった。
その行く先は……
「レイモンド先生!!」
ようやく状況を理解したことで足が動き出す。
魔法を使って、魔物からレイモンド先生へと繰り出される攻撃を食い止めようとしたものの、距離的に間に合いそうにない。
隣にいたダリルは風魔法で一気に距離を近づけたが、それでも届きそうにない。
「だめ! 間に合わない!」
私が唇をかみしめたその時、レイモンド先生の前に巨大な光の壁ができる。
そして、黒い霧の魔物をめがけて無数の炎の球が飛んでいく。
「レナルド! リリア!」
私達よりも近くにいた二人はレイモンド先生を守ってくれていた。
ダリルに続いて私も二人の隣に到着する。
「ダリル! サマンサ! 何が何だかよくわからないけれど、とりあえず倒してから考えましょう!」
いつの間にか音楽は止み、会場にいた皆は我先に出口を目指してごった返している。
レイモンド先生はエマ先生を守るように立っているが、間違いなく狙われているのはレイモンド先生だ。
魔物はレナルドの攻撃で少しひるんではいたものの、また体勢を立て直しその攻撃の矛先をレイモンド先生へ向けている。
魔物の向こう側に見えるバルコニーには、とりついている魔物とは別に、二体ほど普通の魔物が出現しており、カンカンと剣をふるう音が聞こえてきていた。
「ダリル、エリクが一人で魔物二体と戦っているわ! 向こうも助けに行かないと!」
流石にエリクの方も助けに入った方がいいだろうと今見たことを伝えるも、ダリルは首を振った。
「エリクは次期騎士団長候補だ。四人でこの黒い霧の魔物を倒してからの増援でもどうにかなるはず。まずは、この目の前の魔物をどうにかしないと、レイモンド先生がやられてしまう」
ダリルはエリクに絶大な信頼を置いているようだ。
私はまだ若干の不安が残ったものの、視界の端でエリクに駆け寄るクリスの姿が見えたことで、二人いれば大丈夫だろうと安心することができた。
「許さない許さない許さない!」
黒い霧の魔物にとりつかれている男子生徒はそう叫びながら、もう一度レイモンド先生の方に向かって黒い槍のようなものを突き刺そうと飛び掛かってくる。
すんでのところでダリルが風魔法を使い槍の軌道を変え、その隙に私は先生達の手を取り、魔物から離れた場所まで駆け出す。
その間、レナルドとリリアは火魔法と光魔法を使って、少しずつ丁寧にその男子生徒にとりついている魔物にめがけてダメージを負わせていった。
この前、エマ先生が黒い霧の魔物にとりつかれていた時とは異なり、その男子生徒の魔物は私達には攻撃せず、ただひたすらにレイモンド先生を捉えている。
「許さない……!」
言っていることもずっと同じだ。
私たちはレイモンド先生を守りつつ、長期戦で魔物に少しずつ攻撃を重ねていった。
もう会場の生徒は皆逃げたようで、せめぎ合いの音だけが響き渡っている。
「どうして……どうして! 俺はずっと……ずっと」
それから何十分経ったのだろうか?
男子生徒による攻撃は、私達による攻撃によって徐々に弱まっていき、そして止まった。
そこで、今まで同じようなことしか話さなかった彼の口から、違った言葉が聞こえてくる。
「俺はずっとエマ先生のことが好きだったのに……! いきなり実は付き合っていましたなんて許さない! 俺の気持ちはどうなるんだ! この三年間は何だったんだ!」
彼はそのまま泣き崩れ、弱っていた黒い霧の魔物が再び彼にまとわりつこうとする。
それを見たダリルが瞬時に鋭い風の刃で完全に魔物を切り裂き、そのまま黒い霧の魔物は昇華していった。
「勝てた……のね」
一応まだレイモンド先生とエマ先生のそばで警戒はしつつ、ようやくこの戦いが終わったことに安堵した。
男子生徒の方はなぜ自分がこのようなことをしてしまったのか理解が追い付いていないらしく、
「……どうしてこんなことをしてしまったんだ……ダリル王子、レイモンド先生、それに皆さんも……本当にすみません!」
と頭を床にこすりつけながら全力で謝罪している。
「いいんだ。君は黒い霧の魔物にとりつかれていたんだよ」
と、ダリルが優しく伝えると彼は驚いたような、それでいて怯えたような顔をした。
「そんな……俺に魔物が……なぜ……」
「それは僕も知りたいのだけれど……何か知っているかい?」
「すみません……この仮面舞踏会に来て、先生方が一緒に踊っているのを見たところで、いろいろな感情が湧き出してしまったのは覚えているのですが……その後の記憶があまりなくて……」
男子生徒は本当に困ったようにダリルの質問に答える。
今は本人も混乱しているし、これ以上聞き出すことは出来なさそうだ。
「分かった、ありがとう。もし何か思い出したことがあったら教えてくれ。明日にでももう一度聞きにいくから」
「わ、わかりました」
「今は一度学園の寮に帰って休んだほうがいい。誰か……」
「ふぉっふぉっふぉ。わしが学園まで送っていくとしよう」
丁度学園長が騒ぎを聞いて会場までやってきたようで、男子生徒の付きそいを申し出てくれた。
「学園長……ありがとうございます。せっかく任せて頂いたのにこんなことになってしまい申し訳ないです」
ダリルが頭を下げるのに続いて、私も、そしてレナルドとリリアも一緒に頭を下げる。
いくら予想外の出来事が起こったとはいえ、仮面舞踏会が失敗に終わってしまったことに変わりはない。
「これはしょうがないのう……君たちには責任はない。ここは学園外で、結界の効果もないしのう。それでも、無事にこの状況を乗り切ったのは素晴らしいことじゃ」
学園長は私達を慰めるように明るく笑うと、男子生徒の背中を押して会場を出ていった。
私達四人はとりあえず危機を乗り切ったことに安心して息を吐いた。
「そういえば……何か忘れているような……」
悩んだ後に思い出した。
遠くから剣の音が聞こえてくる。
「……! エリクのことを忘れてた!」
私がそう叫ぶと、他の三人もはじけるように立ち上がり、バルコニーへと向かった。
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