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5,キングとクイーン

きらびやかなシャンデリア。

たくさんの参加者。

おいしそうなお菓子の香りに、お花の匂い。


準備のために昨日の夜会場に来たものの、やはり人が入っているとより楽しい雰囲気が増す。

それに……何よりもお菓子の匂いがたまらない!


うんうん、この匂いはあの日ダリルと一緒に選びに行ったガレットの匂い……!


「そんなところで突っ立って、今日は会場の柱としての参加予定ですか?」


「あっ、エリク! え、すごくかっこいいわね!」


会場に入ったところで立ち止まっているとエリクが話しかけてきた。

今日の彼は、黒い仮面に紺色のタキシードを着ていて、水色がかった髪に良く映えている。


「ふ、ふーん、そうですか……」


そのまま黙り込んでしまったのは、多分褒められて照れているからだろう。

本当にツンデレなやつだ。


「それじゃあ奥まで行きましょ! そろそろダリルとリリアが式辞を述べる頃合いだわ」


そう言って奥へ向かおうとした私に向かって、エリクがボソッとつぶやくように言った。


「……サマンサさんも、今日はいつもよりかは可愛いと思いますよ」


とても小さな声ではあったものの、それははっきりと私の耳に届いた。

そして、とても驚く。

あのエリクが……余計な一言が挟まっているとはいえ……私のことを褒めた!


正直、レナルドと一緒に選んだこのドレスと仮面は、あまりにもダリルを意識しすぎてしまっていたかな、と今日になって不安になっていた。

だからこそ、身近な友人に褒められてすこし安心する。


「ありがとう! うれしい!!」


純粋なお礼の言葉に弱いエリクはまたしても照れていたが、そんな彼の手を引っ張って私は奥の方へと進む。


「サマンサ、エリク、丁度良かった」


「レナルド、それにクリスも! 合流出来てよかったわ」


こうして四人で集まることができ、私たちは舞台上に上がったダリルとリリアを、仮面舞踏会の参加者とともに見つめた。


今日のリリアは、ふんわりとレースの付いた白いドレスにクイーン伝統の冠と仮面をつけている。

彼女はどんな服でも似合うこと間違いないが、今回は特に似合っているような気がした。


そして、おそらくレナルドのことを意識しているのであろう首元を飾る薄い赤色のブローチも可愛らしい。

レナルドの瞳の色は濃い赤だけれど、そこは全体の配色としてまとまるようにあえて薄い色を選んだに違いない。


流石ヒロイン……服のセンスもバッチリだわ……そういえばこの間からクリスと可愛い服の研究をしているとかなんとか言ってたっけ。

その効果もあるのかもしれない。

私がクリスに向かって「ナイス!」とほほ笑んだら、それが伝わったのか否か、私よりも可愛いであろう笑顔を送り返してきた。


何だか悔しくて腹が立ったが、いったん私はまた舞台上に目を戻す。

丁度、ダリルが式辞を述べようとこちらへ向き直っているところだった。


ダリルはまるで王子様のような金髪をしているため(勿論本当に王子様ではあるのだが)、白いタキシードがよく似合う。

少なくとも原作小説の挿絵では、仮面舞踏会の日はそういった色合いの服を着ていたように思う。


しかし、今日のダリルは漆黒のタキシードに赤い宝石の付いたチェーンブローチをつけている。

明らかに私を連想させる服装。

ダリルのことだから私に合わせた服を着て来てくれるかもしれないと予想は出来ていたが、それでも私はうれしすぎて、高鳴る心臓を抑えるのに必死だった。


ダリルのことが好きという気持ちを受け入れたあの日から、今まで慣れてしまっていた彼からの甘い言葉にまた反応するようになってしまっているくらいなのだ。

かっこいいダリルをみてドキドキしてしまったってしょうがない。


そんな気持ちを抱きながらダリルを眺める。

すると彼はすこしきょろきょろと会場を見渡し、私と目が合うととても驚いたような、それでいて嬉しそうに口元を上げてくれた。


きっと私がダリルに合わせたドレスと仮面をつけていることに気が付いたのだろう。


……彼が私に対してこんな感情を持ってくれているのは、やっぱり私がリリアからダリルとの恋愛フラグ……幼き日のダリルを助けるというイベントを奪ったからかしら?


ううん、そんなこと気にしていてもしょうがないわ。

今日はいろいろ気にせずめいっぱい楽しむって、昨日の夜寝る前に決めたじゃない!

私は私にできることをやるのみ。

原作小説のシナリオ通りにことが進まないように頑張ってきたし、ダリルに好いてもらえるように最近は自分磨きもしているし!


何も心配することなんてないはず。


私はそう思いなおすと、ダリルとリリアの式辞に耳を傾けた。


◇◇◇


「それではダンスを開始いたします」


司会者の言葉と共に、先ほどまでケーキを切っていたダリルとリリアが、フロアの中央へ進み出る。


キングとクイーンが式辞を述べ、ケーキを切り分け、仮面舞踏会最初のダンスをしたところで、やっと自由時間に入るのだ。


ほどなくしてワルツが奏でられ始め、レナルドとリリアは皆の注目を浴びながら、完璧なステップで踊りだす。


その姿はまるで絵画のようで、参加者たちは二人のダンスに見惚れている。

私ももれなくその一人だ。


いつの間にか飲み物を持って私の隣までやってきたレナルドも、惚けたように二人の様子を見ている。


「……お似合いだな」


思わず口から出たような、レナルドの小さな声が私の耳に届いた。

私はゆっくりとうなずいた。


「そうね」


レナルドは少し自信を無くしてしまったかのように、私と一緒に選んだタキシードのチェーンブローチを握りしめる。

このブローチだけは自分で買いに行ったようだ。

リリアをイメージしたであろう青い宝石が、彼の手の隙間からキラキラ輝いていた。


「やはり、俺がリリアを好きになるなんて……おこがましいのかもしれないな」


私の相槌に対して、レナルドはいつもより長い言葉を返してきた。

……私もレナルドの不安な気持ちはよくわかる。

でも、それを気にしていたら何も始まらないのだ。


「好きになるのに、おこがましいなんてことはないわ」


「……」


「好きだから、相手にも好きになってもらえるように頑張るしかないのよ」


「サマンサも好きになってもらえるように頑張っているのか?」


「えぇ」


「そうか」


レナルドの返事は短かったが、もう隠すようにチェーンブローチを握っていた手は開かれていた。


そんなこんなでダリルとリリアのダンスが終わり、会場はざわめきに包まれる。

ここからは自由に一緒にダンスをしたい人を誘うことができるからだ。


私は一直線にダリルのもとへ進んでいく……はずだった。


「ダリル様! 私と踊ってください!」


「何よ貴方! ダリル様、私と踊りましょう?」


「私この日のためにダンスの練習を重ねてまいりましたの。ぜひ自由時間最初のダンスは私と!」


私がダリルのもとへ向かっているうちに、彼の周りには十数人もの令嬢が群がってしまっていた。


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