2,幼い王子
一週間後。
予定通りフィナシャの町に到着した私達は、雑貨屋さんで時間をつぶしていた。
家の人たちを説得するのは難しいと考え、使用人たちに黙って出かけてしまったのは申し訳なかったが、なんだか冒険みたいで楽しくもある。
「ねぇこれを見て。すごくかわいい!」
私がピンク色のレースが施されたハンカチを指さすと、レナルドは頷いて同意を返してくれる。
「このお店の他のものと比べたら少し高いけれど……これは買う価値がありそうね」
1人盛り上がっている私をニコニコと見つめるレナルド。
双子の兄と妹であるだけで年が離れているわけでもないのに、なぜか子供と保護者のようになっているのは納得がいかない。
そのまま店主さんにお金を渡してハンカチを買い、先に外に出ていた彼のもとへ向かった。
「……用事は済んだのか?」
まるでまだ用事は済んでいないことがわかっているかのような言い方に、さすがは双子の兄だとため息をもらす。
きっと、本当の目的は雑貨屋さんに行くのではないことくらいわかっているのだろう。
「まだ済んでいないの。……ちょっと私についてきてくれるかしら?」
「わかった」
相変らず優しいレナルドの態度に、私はまたもため息をもらす。
「レナルド……たまには断っていいのよ、なんでも言うことを聞く人だと思われたらどうするの?」
「なんでも頷くわけじゃないから平気だ。こういう時のサマンサには何かわけがあるのを知っているから断らない」
いい人すぎやしないか。
何としてでもこの人を幸せにしないといけない。
それを再確認した私は、レナルドの手を引いて町の東の方まで歩く。
20分ほど歩いたところで、レナルドが首を傾げた。
「本当にこっちか?」
そう思うのも無理はない。
なんて言ったってこっちの方面は中心街から外れた、いわゆる治安が悪い場所だ。
物音ひとつしない不気味な雰囲気が漂っている。
「……本当にこっちなの」
私がそう言うと、レナルドは目を見張ったもののまだ後をついてきてくれた。
もう周りにはトタンでできた今にも崩れそうな家しかない。
そこに住んでいる人は昼間だからか中心街の方へ働きに出ているようだ。
目的地の、王子が隠れているであろう物置小屋まであともう少しだろうか?
そう考えていたところで、右手の道の奥から何やら声が聞こえてきた。
レナルドもそれに気が付いたようで道の先を見つめている。
「……行きましょう」
小声で呟いた私の言葉に、彼は首を縦に振った。
しかし向かうまでもなく、だんだんとその声は大きくなっていく。
「おい! 逃げるな!! 捕まえろ!」
「殺すんじゃねーぞ、動けない程度にだからな!」
「くっそ、すばしっこい……」
そんな声と共に曲がり角から矢が飛び出してきて、次の瞬間には金髪の男の子が走り出してきた。
男の子は必死に走っているものの、何回か矢が掠ってしまったのかところどころ服から血がにじんでいる。
そのまま私たちの方へ走ってきた彼は一瞬体を縮こまらせるも、敵ではないと判断したのかそのまま走り去っていこうとした。
「おい待て!」
そんな声と共に大柄な男たちも曲がり角から飛び出してくる。
きっと、これは……
ダリル王子が重傷を負う前のシーンなんだわ。
この特徴的な金髪に紫の瞳の男の子はそういないだろう。
原作で物置小屋に隠れているときには、頭と胸のあたりにもろに矢を受けて、瀕死の状態であったはず。
しかし今の彼はかすり傷程度。
このまま彼を物置小屋で先回りして待つこともできる。
でも……できるなら痛い思いなんてしない方がいい。
王子に向けて矢が放たれ、それが頭に向けて吸い込まれるように向かっていったのを見たその時。
私の体は勝手に動いていた。
「よけてー――――――!!!」
自分でも信じられないスピードで王子の前に立ちふさがる。
矢はそのまま私の肩に刺さる角度で落ちてくる。
少し痛いだけだ。
それよりは王子に逃げてもらった方がいい。
そう思って目を閉じたものの、いつまでたっても痛みはやってこなかった。
「……?」
おそるおそる目を開けた。
そこには腕に矢を受けたレナルドの姿があった。
「レナルド!?」
「助けたいんだろ? 俺も協力する、逃げよう」
私と王子に向かってそう言うと、私たちは三人で逃げ出す。
途中では王子の胸のあたりに矢が当たってしまったものの、何とか男たちをまいて、物置小屋まで逃げ込むことができた。
原作と違い、頭に矢を受けなかったからか、王子はまだ意識を保っている。
「……助かった、ありがとう」
それだけ言うと疲れてしまったのか眠るように倒れてしまった。
さすがにこれを放置したら死んでしまう。
私は本来の予定通り、自分の光魔法で王子を助けようと思ったのだが、少しためらった。
レナルドの方を振り返ると、かなり苦しそうにしている。
「俺のことは……いい。大丈夫だから」
私たちをかばってくれたレナルドも、かなり傷を負っていた。
私の魔力はリリアほどないから、きっと王子の傷を治したら限界を迎えてしまう。
このまま王子を助ける決断をしてよいだろうか?
「その人を助けに来たんだろう? 俺は寝れば治る」
そう言って目を閉じるレナルドは、どうやら治療を受ける気はなさそうだった。
「ありがとうレナルド」
それだけつぶやくと、私は王子に向き直った。
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