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膠二病  作者: 悠鬼由宇
3/4

三限目

パラボラアンテナ事件の話を広田に話すと、爆笑されると思いきや、

「おめ、ひょっとしてあっち側行ってしまったのが?」

と心配されてしまった。冗談では無い、僕は膠二病でも厨二病でも無い、健全な高校二年生だと主張するも、思いっきり疑われてしまった。

古舘からも、最近挙動がかなえに似てきたのではと指摘され、いい加減にしてくれと膨れっ面をする始末だ。

この二人以外の学友からは意表をついた意見を突き付けられる、それは

「おめら同棲してらってホント?」

一体どこからそんなデマが生じたのか今もって謎なのだが、当時の僕はかなり動揺してしまい、そんな筈ないだろう、いい加減なことを言わないで欲しい、と真剣に喰ってかかってしまったものだ。

だが級友たちはそんな言葉を全く信じることもせず、夜な夜な僕とかなえが卑猥な行為に励んでいると言いふらしまくった。その結果、学校の男子達から猛烈なバッシングを受け、上履きを捨てられたり机に落書きされたりとお約束な嫌がらせを多々受けるようになっていた。

その一方でかなえの方と言えば東京から来たチャラい男に手玉に取られている可哀想な女子と位置付けられ、男子からも女子からも同情されていたのだから青春のいい加減さにうんざりしている秋の僕なのであった。


この頃からかなえの病状が徐々に悪化していく。

「来週。百年に一度の台風が来るわ。今朝コスモ・ヤハウェの神託をゼロポイントフィールドからピックアップ出来たのよ」

コスモヤハウェ? 何それ?

「宇宙の絶対神よ、もう忘れたの?」

それって、ディオ何ちゃらだったかと……

「絶対神は定期的にその名を変えるのよ、そんな事もまだ知らないなんて…」

と逆ギレされてしまった。

そんな事はどうでも良い、来週にとんでもない台風が来るだと?

「ええ。この地域に直撃するみたい。どこか良いパワースポットに避難した方がいいわ。準備しておきなさいね」

ええと、それって学校をサボりどこかに旅行するって事なのか?

「避難よ、避難。でもこれは親しい人にのみ知らせる事、分かっているでしょうが」

いいや、全く分かりませんとも。家族に話す気も全くなく、如何に学校と親を騙そうかと思索を巡らし始める。

結局、学校及び学友諸氏には高熱を発した事にし、家族には学校特別選抜の研修旅行と言う事にして、かなえとの旅行に出たのだった。


僕的には初めての二人きりでの旅行気分なのだが、かなえにしてみたら災害からの逃避行。そのスタンスの違いから行きの電車の中での話のすれ違いが多々生じ、目的地である何故か青森県の十和田湖の鄙びた旅館に到着する頃には互いに口をきかない状態と化していた。

どうして貴方はそんな浮かれた旅行気分でいられるのか私には全く理解できない、と僕を責め立てるかなえに、気象庁の発表を読んでみろ、何処が百年に一度の台風なのか、どう読んでも中型の勢力で明日には温帯低気圧に変わるそうじゃないか、と言い放つと、

「貴方は私の事を全く信じていないのね。分かったわ、明日の天気を思い知るまで私に話しかけないでくださる?」

と言いつつ敷かれた布団を可能な限り遠くに敷き直した。

そして翌日。気象庁の予言が正しかったことを指摘すると、

「貴方が私にいやらしい感情を抱いたからだわ。そうに違いないわ」

そう逆ギレし、一人朝風呂に行ってしまう。

仕方なく僕は一人強風の中十和田湖畔で波打つ水面を眺めていたのだった。折角の初旅行がすっかり台無しだ、ひょっとして僕が間違っていたのだろうか。そう思いそっとズボンの中の己に問いかけるも朝から全く元気のない己はうんともすんとも言わず縮こまっていたものだった。

部屋に戻ると布団は片付けられており、仲居さんが

「若ぇ二人心中すに来だがど思っちゃーのよ、あははは」

半分くらい何を言っているのか理解出来なかったが、どうやら普通に僕らの事を心配してくれていたようだ。朝風呂から戻ったかなえにその事を話すと、

「なんで翔ぐんと心中しねぁーばなんねぁーのよ、馬鹿みだい」

と更に理解出来ない方言で返されてしまった。


それでもそれがきっかけでかなえの機嫌は少し戻り、朝食後に旅館を出ると

「十和田湖の神様に挨拶しなくては」

と湖畔を散策したものだった。

その途中、強風に煽られてかなえが危うく湖に落ちそうになり、慌ててその身を抱え込んだ。運よく、いや運悪く背中から抱き抱える形になった為、彼女のBカップをしっかりと握りしめてしまう。

「神聖な場で、貴方は何てことを!」

激昂するかなえにヘラヘラ笑いながら謝罪する。

「やはり貴方のいやらしい感情が私の波動を乱しているわ。ああ、この先どうすれば…」

と真剣に悩み出したのには少し焦り、もう二度と淫らな気持ちをキミに抱かないと誓うと、

「そうして頂戴。でなければ、貴方を救うことが出来ないのだから」

と真顔で返され、少し凹んでしまう。

こうして初の二人きりの旅行はほぼ台無しな有様となってしまったのだった。


広田に小旅行の顛末をこと細やかに話すと、同情してくれると思いきや

「やっぱおめ、相当毒されでぎでらぜ。大丈夫か? 少し距離置いただ方が良ぐね?」

と真剣に心配されてしまう。

広田から話を聞いた古舘からも、

「ひゃぐ年に一度の台風って…… ちょっとあの子心配だよ」

と言われてしまった。更に、そんな戯言に耳をかし彼女と共に行動する僕に、

「ちゃんと言った方がいいよ、そろそろそういうのやめだ方がいいよって」

と説教されてしまう。

二人の言い分はよく分かるしとても有り難かった。だが僕はかなえとの関係を変えることをせずに秋は深まって行く。


中秋の名月の頃。

かなえが僕に、ある儀式が必要となったのだが、一晩時間があるかと聞いてきたので、二つ返事で大丈夫だと答えた。

きっと満月のパワーが何ちゃらだから、全裸になってほにゃららだろう、と想定し夕食後に彼女のアパートを訪ねた。

「各銀河の使徒達の意見なのだけれど。貴方の誠意を試す必要があるわ。これから学校に行きます」

これは新しい展開じゃないか、と意気揚々とかなえと学校に向かう。そして許可なく学校に忍び込み、屋上に辿り着くと

「服を脱いで頂戴」

来た来た、全裸展開! それも深夜の学校の屋上での全裸プレイ。僕はワクワクしながら服を脱ぎ捨てる。

「これから貴方の性根を試験します。全宇宙の使徒がこれを視察していますので、そのつもりで」

そう言うとかなえも服を脱ぎだし全裸となる。

中秋の満月に照らされた彼女の裸体の何と美しいことよ、僕は呆気に取られながら彼女の裸身を凝視する。

かなえは例の踊りを舞い始め、全宇宙の何ちゃら、願わくば全てを見届けたもう何ちゃら、と言いながら横たわる僕の周りを歩き出す。

これは絶景だ、月明かりがこれ程明るいとは思わなかった。彼女の全てが目の当たりにできるのだから。

見慣れた筈のかなえの裸体に興奮を覚え始めた時。耳元でブーンという音が気になりだす、なんと藪蚊の大群が僕の裸体目掛けて進撃を開始したのだ。

大の字に寝そべる僕の表面に数え切れぬ程の藪蚊がとまり吸血を開始する。その様子がホラー映画のようで思わず悲鳴を上げてしまう。

そうなるとかなえの裸体を愉しむどころではなくなり、何十もの飛来者を叩き潰すことに集中せざるを得ない状況と化す。

かなえは謎の儀式を続け僕の周りをぐるぐる回る。僕はひたすらに藪蚊を叩き潰す。かなえが儀式を終え、僕の己を覗き込み、満足そうに頷く。

「ああ良かった、やはり貴方は私の思った通りの人類だったわ。もし貴方が勃起していたなら、全宇宙の意思により貴方は抹殺されなければならなかったのよ」

勃起って… 思わず吹き出すも、僕の胸から腹にかけて僕の意思により抹殺された藪蚊達の痕跡に一人戦慄する僕であった。

そして。少なからず僕の己に存在する吸血の痕に、朝まで魘されることとなるのだった。


かなえのゼロ何ちゃらフィールドからの『お告げ』は秋の深まりと共に頻繁になっていく。

秋の文化祭は全校生徒が楽しみにしている大事な行事の一つなのだが、

「闇の武装集団による襲撃があるから、登校してはいけない」

と曰うので仕方なくボロアパートで過ごすこととなる。

する事もなく何気なくテレビをつけると、アメリカの何処かの州で小学校が銃撃された事件が報道され、

「ほらご覧なさい。ここに居て良かったじゃない?」

いやいやいや、アメリカの出来事だろ、ウチの学校でこんなこと起こる筈がないと言うと

「それは私の波動が正常だからなの。もし貴方が邪な思いを私に抱いていたら、ウチの学校が襲われていたのよ」

ならば、ここにいる必要性あるのか? 登校しても問題なかったのでは?

「次元の並列性の問題なの。もし貴方が学校で淫らな思いを私に寄せて私の波動が乱れたら、この惨劇は私達を襲っていたの。これは時間の流れの同期が影響を及ぼす……」

夏のお盆の頃に悟ったかなえとの距離感、即ち僕が彼女を求めれば彼女が去って行き、理性を保っていれば彼女が寄ってくる。この原理に少々疑問を持ち始め、彼女の股間の白き神秘に目が釘付けになることで彼女の戯言を受け流す術とする僕であった。


収穫の秋を迎え、僕の抑え込んだ理性が徐々に綻び始めてくる。

町ぐるみで行われる収穫祭は僕にとって初めての経験である。級友たちは大いに浮かれ、広田も古舘も収穫祭を待ち望んでいる。

そもそも収穫祭って何をするの?

「神社中心さ出店いっぱい出で、美味えものがだらふく食えるんだよ」

それって授業なくなるってこと?

「学校がらも出店出したりお囃子や収穫の舞さ参加するんだよ。当然学校は休校さ」

それは実に楽しみだ。四人で、いや二人で出店を食い倒したいものである、そうかなえに伝えると、

「そんな暇は私達にはないわ。神聖宇宙への収穫の儀があるのだから」

ふうん、何それ?

「秋に収穫されたものを一品ずつ集めておいて頂戴。それを持って儀式の場に行くのよ」

やった、またもや小旅行じゃん。

「あくまで儀式ですから。こないだみたいな旅行気分で来られると迷惑だわ。ちゃんと理解して欲しいのだけれど」

あの、その儀式の具体的な内容は?

「いつもの様に、よ」

それって、人気のない所で全裸で?

「いやらしい言い方。最近貴方の目が濁ってきている気がするのだけれど?」

何を言っているんだい、仲秋の候に審査済みではないか!

「……そうね。失言だったわ、御免なさい」

構わないさ、分かってくれれば良いんだ。で、今度は何処へ?

「田沢湖、になるの」


秋田県に位置する田沢湖。資料によると水深423メートル、世界で十七番目に深い湖だそうだ。日本のバイカル湖と呼ばれているらしいが、バイカル湖とはなんぞや?

「世界で最も深い湖よ。ロシアにあるのよ」

と言う事である。

「田沢湖の湖面標高は約250メートルだから、湖底は海面下なの。不思議な湖よね」

と言う事らしい。

「全宇宙の神と使徒がこの収穫の儀を見守っているわ。お願いだからしっかりしてね」

と言われてしまう。

そうは言われても、短めのスカートから見える細い太腿が僕の煩悩を揺り動かし、時折僕の腕に触れる小さき双丘が僕の己を惹起させ、お願いされてもしっかりと出来そうにない。

全宇宙の神々と使徒に呆れられても構わない、この旅行で僕の欲望を満たしてしまいたい。夏の終わりに構築された僕の理性は秋の到来により脆くも崩れ去り、田沢湖の湖底に沈んでしまった様だ。

大きめのリュックを背負いつつ鄙びた民宿に辿り着く。受付の老婆に断じて心中しに来たのではないと説明すると、全く意味不明な方言でモニョモニョ言われ軽く頭を撫でられた。

通された部屋に荷物を下ろし、かなえが淹れた渋茶を飲むと睡魔が襲ってきた。


ハッと目を開くと、一瞬ここは何処だか分からなくなって不安になるも、隣から聞こえてくる美しい寝息にホッとする。

そっとかなえに向き合うと、胸の隙間から白いブラが目に入る。ゴクリと唾を飲み込んで目を脚の方に動かすと、無防備な脚が二十度の角度で展開している。

秒速一センチメートルで身体を開脚されている地点へと移動させていく。数分後、その地点に到達し薄暗いながらも純白の神秘を目の当たりに出来た。

あと少し開けば眼福なのだが、と思っていると。祈りが通じたのか、右足が突如膝立ちとなり大人向けの雑誌顔負けのアングルに思わず息を飲み込んでしまう。

その直後。

シューと言う風の音と共に僕の顔に空気が当たる。そしてなんとも言い難い硫黄臭が僕の鼻腔にへばりつく。

天罰だ。これが天罰でなく何であろうか。

僕はすっかり縮み切った己を撫でつつ、そっと立ち上がり静かに部屋の窓を開けた。


秋の夕暮れの大自然の空気を満喫していると、

「私、すっかり寝てしまって。御免なさい」

謝るのは僕の方です。本当に申し訳ない。心の中で土下座する。

「夕食を頂いたら、儀式を執り行うわ。準備はいいかしら?」

慌ててリュックを開き、中身を確認する。うん、大丈夫。いつでも準備はO Kだ。

「夜は肌寒いと思うの、手早く済ませたいからよろしくお願いね」

分かっている。風邪をひきたくないし。

「宿に戻ったら、一緒に露天風呂に入りましょう、ね」

すっかり僕を信頼してくれているかなえに済まない気持ちでいっぱいになるのだが、僕の己は力強く漲り始めるのであった。

夕食後、僕達は近くの神社へと向かう。携帯電話の電灯機能を駆使して暗闇の中目的地の湖畔に辿り着く。すぐ後ろに神社の赤い鳥居がぼんやりと滲んで見えている。

僕らはリュックから農産物を取り出し、湖畔の砂の上にそっと並べる。それが終わると急いで服を脱ぎ、全裸になる。

寒いし真っ暗なので、青い欲望は全く漲らず、粛々と全宇宙に向けた神秘の儀式は進んでいく、と言っても一人踊り狂う彼女を眺めているだけなのだが。

儀式が終わり急いで着衣し宿に歩を向ける。因みに農産物はそのまま放置した、田沢湖に座す精霊への贈り物だとの事。

ブルブル震えながら漸く宿に辿り着き、浴衣に着替えて露天風呂に向かった。


秋の平日、宿泊客は僕達の他に二、三組の老人グループで、既に彼らは部屋に上がっているとの事。宿の老婆に男風呂に彼女を入れても良いか伺うと、理解不能の方言と共に何度も頷いたので、許可すると受け取りかなえに伝える。

「一緒に入るって、まさか男風呂に私が?」

いいじゃないか、混浴だと思えばいいだろう?

「……変なことを考えてないでしょうね」

あれ、仲秋の候のー

「はいはい。分かったわ。一緒に入りましょう」

大きな溜息を吐きつつも、男風呂の暖簾をくぐるかなえであった。

二人して浴衣を脱ぎ、露天風呂に浸かる。冷え切った身体がみるみるうちに生気を取り戻し、やっと生きた心地となる。

「あああ、いいお湯だごど」

かなえが思わず方言を洩らす。湯気の向こうでご満悦の笑顔が美しく光っている。

「ねえ、あまりジロジロ見ないでくれる?」

いやいつも全裸で見合っているじゃない?

「それは儀式だから仕方ないの。今は儀式じゃないから、恥ずかしいの。それぐらい分がってけろ」

うわ… 可愛すぎる…

「んだがらー、ニヤニヤしながらこっち見ねぁーで!」

やばい、不味い。僕の己が自己主張を開始した模様。慌ててかなえから目を背け、満天の星空を見上げる。ああ、流れ星! 生まれて初めて見たかも!

「翔ぐん流れ星見だごど無がったんだ、さーすが都会育ちだごど」

キミは小さい頃から飽きるほど見てきたんだろうね?

「そうね、おらは山奥の小せえ集落で生まれ育ったがら」

朴訥かつ訥々とかなえは自分のことを語り始める。


父の実家は山を幾つも持っている地主なの、と言っても余りに山奥なので収入はマタギで稼いでいるの。隣の村まで歩いて数時間かかる様な場所柄、どうしても血が濃くなってしまう。だから母は九州の小さな神社から来てもらったそうよ。父は年がら年中山を渡り歩いていて殆ど家には帰らなかったわ。私と弟は祖父母と母に育てられたの。電気も通っていない程の集落だから、朝から昼は家の手伝い、夜はずっと星を見ながら育ったわ。だから流れ星なんて毎晩眺めたものだったかも。四歳の頃だったかな、ある晩星を眺めていたら声が聞こえてきたの。お前は宇宙に選ばれし存在。宇宙の神々に選ばれし巫女。その身を我らの為に尽くしたまえ、って。それ以来自分なりにそうあるべく過ごして来ているわ。それが人と違うって知ったのは学校に上がってから。私の通った学校は小中一貫校で全校生徒が十二名。その誰もが私と違って宇宙の声を聞いたことが無かった、だから私は自分が特別の存在だと悟ったの。高校に上がるつもりは無かったのだけど、珍しく家に戻っていたマタギの父が高校だけは出なさいと言ったので、去年の春にあの町に一人で移ったわ。余りにそれまでと違う世界だった故、中々学校に通うことが出来なかった。友人は当然一人も出来ず、それが必要とも思わなかった。出席数が足りなかったけれど夏休みや冬休みの補習でカバー出来たの。徐々に町の生活に慣れてきて、この春に漸く一人で登校しようと思った矢先、貴方に出会った。出会った瞬間、悟ったの、ああ全知全能の宇宙神、アヤケオム・エロヒムが呟いた私の運命の男性が翔くんだったって。

「あれ、また宇宙神の名前が変わってるし?」

「ねえ、そろそろ部屋さ戻らねぁー? のぼせそうなの」


部屋に戻り、敷かれた布団に入る。

昔ながらの電灯を消し、真っ暗闇になるも暖かなかなえの存在を隣に感じる。

いつもならばすぐに睡魔が襲ってくるのだが、かなえの過去を知り目が冴えている。何度か寝返りを打っていると、眠れないのかとかなえが尋ねてくる。

もう少しキミの話が聞きたいと言うと、ふふっと笑いながら、

「キミでなぐで、かなえって呼んでいいよ」

「そんじゃあ、かなえちゃん。どうして俺が運命の男だって分かったの?」

それは……何故だろ、自分でも分からないや。でもね、翔くんを一目みた瞬間、全身に電気が走った様になって震えが止まらなくなったんだ。この人は今まで見てきた男の人とは全然違う、まとわりつくオーラが違う、って。だから話しかけたの。初めてなんだよ、物心ついてから男の人に自分から話しかけたの。そうしたら翔くん優しく応対してくれて。確信したわ、やっぱりこの人だって。この人ならば私の全てを受け止め承認してくれるに違いないって。だからあまりの嬉しさに家に誘ったのよ。そして自分を曝け出した。そして翔くんはそれを受け止めてくれた。あの時の私の幸せな気持ち、翔くんには理解出来ないだろうなー あれから随分と自分勝手に翔くんを引き摺り回しちゃったよね、御免なさい。自分勝手なままに、貴方の気持ちを理解しようとせずに……


「ええ? 俺の気持ち?」

「そう、おめはんの気持ぢ。」

「俺の気持ちに気付いていたんだ…… うわ…」

かなえへの想いが伝わっていたなんて…

「そう、おらとへっぺしたぐで仕方ねぁーどいうおめはんの気持ぢにね」

半分違くて半分正解。青春と性旬。恋心と肉欲。相反する様で実は密接な関係。

「いや… それは、そうだけど、そうではなくってさ、何て言ったらいいんだか…」

子供の頃から異性の人の目が怖かったの。みんな舐めるように私を眺め、その何人かは私の身体を触ってきたりして。勿論男女の交接についてはよく知っていたわ、父が久しぶりに帰宅すると、それから毎晩母と交わっていたから。あの母の悲鳴が最初は恐怖だった、だけど成長するにつれあの悲鳴が歓喜だと知り愕然としたわ、あの大人しい母が父との交接であれ程乱れ喜ぶのかと知って。以来、私は肉体的な話から逃げているの。宇宙神もそれで良いと言ってくれている。だからあの海で翔くんが私を肉欲的な視線を見た時、絶望に陥ったのよ。ああこの人も私を肉の塊としてしか見ていないんだって。私の心でなく容姿と肉体を欲しているんだって。だから諦めようとしたの翔くんのことを。だけどそれは出来なかった。夜になると貴方が瞼の裏に浮かんできて微笑んでくれる。そっと私を抱きしめてくれる。私を母のように歓喜に導いてくれる。そして私の全てを認知し承認してくれる! こんな私を、私の全てを受け入れてくれる! 宇宙神の使徒たる私を、選ばれし使徒である私を……


あのね。分かっているから。自分が病気だって事。


僕はガバッと布団から起き上がり、かなえに向き直る。

「病気って、そんなこと無いし。かなえちゃんはかなえちゃんだし!」

叫ぶ様に言い放つ。

「よしんば病気だとしても、そんなかなえちゃんが俺は好きだし!」

「翔ぐん……」

ほら。優しいんだよ、翔くんって。空想の中でしか生きて来れらなかった私をさ、あっさりと受け入れてくれるんだから。いっぱいいっぱい我慢してもらっているよね、それでも優しくしてくれるよね、ごめんねこんな私で。あのね、もう少しだけ待って欲しいの。上手く言えないんだけどさ、もう少ししたら翔くんの事を受け入れられる気がするの。受け入れるって勿論セックスの事だよ。今はまだダメなの、今だと私壊れちゃう気がする。でも、本当にあと少ししたら、ちゃんと翔くんを受け入れられる。それがいつなのかハッキリ言えなくてごめんなさい、だからお願い。あとちょっとだけ我慢して。お願いします、お願いします……

「大丈夫だから。そっちはずっと我慢するから。全然平気。それよりも、俺ちゃんと聞きたいかも。聞いてもいい?」

「翔ぐん…… 聞ぎでこどって?」

「俺はかなえちゃんが好き。かなえちゃんは俺の事?」

えええーー、おしょすいよおー、かなえは布団に潜り込む。

ちょっ… おしょすいって何?

「ええええ… 無理無理、おしょすくて言えねぁーよお」

何これ、マジで可愛すぎる。愛しすぎる。

「じゃあさ、はいかいいえで答えてよ。俺の事好きですか? はいかいいえで、さあどっちだ

?」

布団の中からきゃあーと絶叫するかなえに胸がじんわりと暖かくなってくる。こんな可愛い子未だかつて見たことが無い。

まるで小さな子供が照れまくっている仕草そのものである。

漸く僕の心の中の蟠りが溶けていく。そして心の中のジグゾーパズルがカチリと組み合う。

この子はまだ子供なのだ。幼い子供のままなのだ。

頭脳と肉体だけが歳なりに成長しているけれど、精神的にまだ幼い純粋な少女のままなのだ。

彼女との出会いから今この瞬間までが走馬灯のように脳裏を駆け巡る。そして確信に至る。

僕が彼女を大人にしよう。

その頭脳と肉体に相応しい精神を育ててみせよう。

その為に今することは?

答えは自明だ。

僕は布団にくるまったかなえを布団ごと抱きしめ、それから手を布団に入れてかなえをこちょこちょとくすぐってやった。

部屋の外から老婆の静かにしろと怒鳴り声が響くまでずっと。


翌日、僕たちは手を繋ぎながら宿を後にする。繋いだ手をブンブンと振るとかなえの甲高い笑い声が田沢湖の湖底まで届く気がした。


町の収穫祭は無事に終了したようだ。僕らが町に戻ると広田と古舘が

「一体おめ達、何処にしけごんでらったのよ?」

するとかなえが、

「内緒さ決まってんだじゃ、ねー翔ぐん」

と爆笑するものだから、二人は大いにのけぞったものだった。

一体全体、どこで何をしていたのか広田が執拗に聞いてくるので、とある場所で快楽を貪り合っていたと答えると

「いーなー、おらも早ぐへっぺしてえなあ」

と絶叫した。

それを呆れ顔で古舘が吐き捨てる。

「まず毎日歯磨ぎなさいな、話はそれからだべ?」

その二人のやりとりを聞き、またもやかなえが爆笑する。その様子に二人は呆然としている。そして僕に本当の所彼女に何があったのかそっと聞いてくる。僕は微笑しながら彼女に聞きなよ、と受け流した。


それ以来、かなえの妄想は徐々に治っていった。

宇宙神からのお告げは極端にその頻度は減り、神聖なる儀式はほぼ無くなった。アパートの部屋に鎮座していたパラボラアンテナはいつの間にか粗大ゴミとして出され、それまでの儀式で使われていたマジックで着色されたビニール傘もいつの間にか処分されていた。

然し乍ら、週に一度は『夢のお告げ』を聞かされた、例えば明日南半球の何処かに隕石が落下する、来週アラスカの火山が大噴火し気温が著しく低下する、ヨーロッパのどこかで大火事が発生し何万人も亡くなる、等々。

勿論、そのどれもが『夢』に過ぎず実現された試しはなかった。もし実現されていたら今頃地球は滅んでいただろう。

妄想癖が鎮まっていくにつれ、徐々に彼女の周囲に人が集まりだしていった。その誰もがあの子は変わった、とっつき易く明るい子になったと言っている。

初雪がちらつく頃には僕以外の仲間と帰宅することも増えてくる。

他人と関わりが増えるにつれ、彼女の妄想はどんどん萎んでいき、冬の訪れの頃にはすっかり普通の美しい女子高校生、と化していた。

毎日共に帰宅していた頃に比べ、かなえとの距離は開いたかに見えるが、一緒にいる時の濃密さが逆に関係を一層深めている思いであった。

濃密さと言っても、まだ手を握るとか腕を組むレベルなのであるが。

もっとレベルを上げていきたい、この冬にこそ! 

希望と期待に溢れる冬が、すぐそこにやって来ている。


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