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膠二病  作者: 悠鬼由宇
2/4

二限目

夏が近づくにつれ、僕の少年の欲望は膨らんでいく。

かなえの白い胸元から目が離せなくなっている。街の人々が薄着になるにつれ毎晩己を慰めたものだった。

かなえの細い脚に目が釘付けとなる。まるでモデルのような細く長い脚。この夏に何とかしたい、是非何とかならないものか、苦悶の日々が過ぎて行く。

期末考査が終わり、僕は学年三位に入賞する。

僕の急成長を喜んだのは母親だけでなく。

「翔くん、やれば出来る子だったのね。流石私が見込んだバディーだわ。今後も精々精進してくださいな。」

なんて上から目線も心地良く。


夏休みに入ると、僕とかなえは毎日欠かさず会っていた。

会話の殆どが彼女のお病気のお話であった。

「ねえ翔くん、コスモアカデミアの勉強会に参加してみない?」

その話に乗った挙句、安庭沢の大滝で危うく遭難しかけた。

「日本東北支部の妖精に会ってみたくない?」

オオヘンジョウの滝に打たれること三時間。妖精は見えずに三途の川を渡りかけている祖父母が朧げに見えた。あの頃はまだ東京で健在だったのだが。

「量子真空マッサージをしてあげるわ」

色マジックで色彩された試験管を背中にグイグイ押し当てられ、家に帰り鏡で背中を見たら凄い痣になっていた。

思い出すだけで吹き出してしまうようなあの夏の二人の思い出の中でもとびきりだったのが、

「ねえ、U F Oに乗ってみたいでしょう?」

乗れるものなら是非とも、そんな軽い気持ちが命懸けの遭難騒動になってしまうとは……

彼女の神託に従い、ある日僕たちは軽装のままとある山中に入って行った。天候が崩れだし、八合目付近で身動きが取れなくなってしまう。

暴風雨と濃密な霧が収まることなく僕らに襲い掛かり、這々の体で二人が身を隠せる洞穴に逃げ込んだ。

夜になり雨は止むも霧は益々濃くなっていき、気温は低下し体温も低下していく。仕方なく身を寄せ合い温もりを分かち合う。

「これは…… 性的なものではなく、生存の為に必要不可欠なことで…」

そんな余計な言い訳を聞き流し、僕はかなえの細い身体と温もりを存分に堪能する。

いつの間にか二人は寝てしまい、起きてみるとすっかりと霧は晴れ、木々の濃い緑が目に眩しかった。まだ寝入っているかなえを見下ろし、その美しい寝顔に目がつぶれる思いとなる。

まるでこの世のものとは思えない幻想的な美しさ。

申し訳なかったが、思わず唇を塞いでしまった事は永遠の内緒事なのである。

下山途中に母の出した捜索願による県警の捜索隊と出くわし、下山後こっぴどく叱られたものだった。


お盆前のある暑い日。冷房がなく扇風機しかない彼女のアパートで僕たちは読書に耽っていた。

余りの暑さに、

「あの、服を脱いでも構わない?」

そう言いながらかなえは着ていたTシャツを脱ぎ捨てた。上半身は薄い青のブラジャー姿である。

「良かったら翔くんも脱いで頂戴」

迷わず僕もTシャツを脱ぎ捨てる。

これはもしかして、そういう展開? 期待と欲望に塗れながら彼女の半裸姿を舐めるように眺めていると、

「ジロジロ見ないで、恥ずかしい」

仕方ないだろう、美しすぎるお前がいけないのだ。そう言うと、

「じゃあ。見ても良いけど、触れないでね。波動が低下してしまうから」

本当にそうなのか? 逆に波動が上昇するのでは? そんな逆説を唱えると、

「それは…… 試したことがないから分からないわ」

じゃあ、試しに試してみようよ。

「あの、翔くん? どうしちゃったの? 目が、ちょっと怖いよ」

凝視していた目線を外し、一旦リラックスする。ごめんごめん、忘れてくれ。

「あの…… 少し触れるだけなら… 試す価値はあるかも」

即座にかなえの横に移動し、そっと肩を抱く。そして抱き寄せる。

「ちょ… 翔くん? あの……」

戸惑うかなえに構わず、更に抱き寄せる。

右手をかなえの胸に乗せようとした刹那、携帯の呼び出し音が部屋に響き渡る。

僕はあからさまに舌打ちし、広田からの電話にぞんざいに応答した。


この夏最初で最後の大チャンスを逃して以降、かなえはなるべく僕と二人きりになることを避け始めた。

出かける時は大抵四人、海水浴も町営プールも、盛岡へのショッピングも更には夏祭りでさえかなえは僕と二人きりになることを忌避していた。

それについて問うても、

「何度も言うのだけれど。エハッド・ナヴィである私は処女でなければならないの。そこはしっかりと理解してもらわないと」

と言い張るものだから、僕も仕方なくそれに従うしかない。

なんて悲惨かつ無慈悲な青春……

東京の仲間に愚痴るも、そんな美少女と付き合えるのだから我慢しろ、ザマアミロ、当然の処置と思われる、などと無責任な返答ばかり。

人の気も知らないで、と憤怒するも、冷静に考えれば彼らの言う通りなのかも知れない、こんな美少女と付き合えるだけでも良しとしなければ、などと開き直る。

だが翌日にかなえを一目見て、蒼き欲望が迫り上がってきて……

今思い返してみても、割と哀れな十七歳の夏休みなのであった。


それでも唯一最高の思い出は四人で行った岩洞湖でのキャンプだった。

確か言い出したのは広田、大いに乗ってきたのは意外にもかなえ。

「岩洞湖は霊的にも素晴らしい場所よ、是非みんなで行ぎでわ」

古舘もキャンプの経験が無く、即座に同意したのだった。

岩洞湖とは盛岡の北部にある人造湖だ。元々は岩洞ダムの建設により出来た湖で、白樺林に囲まれていて日本一美しい人造湖と言われているそうだ。

ここのどこが霊的に素晴らしいのか謎であるが、かなえはこの湖がいたく気に入った様子なのでそれはそれで良かった。

この頃から彼女の『厨二病』気質が親しい仲間内でも気付かれ始める。

広田とバーベキューの火起こしをしている時。

「なあ、おめの彼女、ちょっと変わってらよな」

へえ、何処が、と聞くと、

「だって、まるっきりやらせでぐれねぁーんだべ? おがしいじゃ」

だよな、だよな。俺もそう思うんだよ。

「無理矢理にでもやっちまえよ、付ぎ合ってんだがらさ」

それがさあ、かくかくしかじかでさあ……

「マジか、そったら処女にこだわってんのが。ホント変わったおなごだなぁ」


それは古舘も感じ始めたようで。

僕と古舘が食器を洗っている時。

「ねえ水沢ぁ、紫波さんって相当変でねぁー?」

ふぅーん、どの辺が?

「だって、かなえぢゃんって呼んでいい? っつったらそれは嫌だって」

俺もかなえって呼んでないし。

「それ、おがしくね? 彼氏なのに下の名前呼ばせねぁーなんて。絶対変だよあの子。それにさ、」

古舘はチラリと背後のかなえを一瞥してから、

「一人暮らしなのに部屋さ呼んでぐれねぁーし。実は男ど同棲してんでねぁー?」

いやそれはないわ。俺は何度か遊びに行っているし。

「でも、アレ、まだなんだべ? それおがしくねぁー?」

だよなだよな、絶対おかしいよな。健全な男女でないよな?

「そ、それは分がらねぁーげど」

真っ赤になる古舘に、あれお前広田とそうなんじゃねえの、と伺う。

「違うし。そったなんでねぁーし。気持ぢ悪い」

と真顔で突っ返され、逆に僕が俯いてしまったり。


夜、簡単なキャンプファイヤーをやっている最中、突如かなえが呟き始め、みな呆然とする。

「炎の神ヒノカグツチ、イザナミとイザナギが産みたもう炎の子よ、押し寄せる波に消されぬよう我らをいつまでも温め給え」

ああ、やっちまった。僕だけだったなら笑って受け流すところだったのだが。

広田と古舘は顔を見合わせ、僕にそっと

「あれ、何? 呪文? ええ、何なの?」

祝詞に夢中になっているかなえを放置し、僕は仕方なくかなえの性質を二人に説明する。

「それって厨二病だじゃ、マジがよ!」

「うわ、キモ。おめよぐこったなのど付ぎ合ってらわね」

そうなんだよ。最初は何コイツと思ってたんだけど、慣れてきたら実害もないし、変な壺とか買わされることもないし。

「何それウケる!」

古舘は大爆笑する。

「いやー、めぢゃぐぢゃめんこいども、俺は無理だわ、宇宙神の使者どが有り得ねえ」

広田も腹を抱えて笑っている。

祈り終えたかなえがこちらに来て、

「私の大切な同志たる二人にだけ大切な知らせがあるの。」

真顔で呟くと二人は更なる爆笑を弾けさせる。


「もうすぐこの世の終わりが訪れるわ。不信者は命を失い永遠に血の海の底を彷徨うの。我が同志にはそれを避けてもらいたい、だから告げるわ」

するとすかさず古舘が

「その同志には水沢は入ってねぁーの?」

広田も

「同志と彼氏は別枠なん? それとも夫枠? ウケるー」

思わず僕は赤面してしまう。

「彼は、既に宇宙神の庇護の下私の活動の大切なパートナーだから」

おおお、宇宙神。凄い、庇護されでるん、妙に感動? 同情されてしまう。

「既に神の選別は始まっているわ。早くあなた方も気付いて欲しいの。感じるでしょ、湖からの聖なる霊的なエクソシーアを」

不意にかなえが立ち上がり、湖に向かい両手を掲げる。

広田は背を丸めて笑いを堪えながら、立ち上がりテントに向かう。そして両手一杯の缶チューハイを持ってきて、

「よし。そのエグソシアに乾杯すんべーぜ」

古舘も

「これは飲まねぁーばやってられねぁーわ、飲も飲も」

と言ってプシュッと開けてしまう。僕も笑いながらレモン酎ハイを開ける。

「ちょっと、貴方たち未成年が何てことを!」

驚愕してこちらを見ているかなえに、

「お酒は霊的儀式さ欠がせねぁーんでねぁー? だって神様ってお酒大好きじゃん」

余りの正論にかなえが口をパクパクさせていると広田が桃酎ハイをかなえに放り投げる。

「さ、さ、神様にかんぱーい」

慌ててプルタブを引き、一気に喉に流し込むかなえを見て、僕らは大爆笑だ。


それからはもう、かなえの一人芝居、いや一人舞台となる。

自分が四歳の時に宇宙神から啓示を受けたことから始まり、如何に自分が人と違うか、神の啓示にはどんなものがあるのか、実際に三年前のリーマンショックを自分は予見していたと誇らしげに言うと、

「で、それでどれだげ儲げだの?」

それは、と詰まるかなえに

「意味ねぁーじゃんそれ」

と突っ込む古舘。

更に広田が、それなら水沢がこの春に東京から引っ越してくる事は分かっていたのかと問うと、

「それは、勿論、当然啓示を受けていたわ」

「そんじゃなして始業式がら来ながったのよ」

嘘つきー、と三人で突っ込み爆笑する。

酔いが回ると、女子の方が下ネタに積極的になることをこの日知ることとなりー

「ねえ、なして水沢とへっぺしねぁーの?」

へっぺ? 広田に向けると人差し指を左手の拳に出し入れする、ああ成る程。

「それは、宇宙神のエハッド・ナヴィたる私は永遠に処女でなければ…」

「ええー、それおがしいじゃ。だって神様ってエッチ大好ぎじゃね? イザナギとイザナミがへっぺして火の神様産まれだんだじゃ」

僕と広田は心から感心し、おおおと唸る。

「それは… そうかも知れない、けど…」

「おめ、一人へっぺしねぁーの?」

僕と広田はずっこける。

「そ、そんな、こと、する訳……」

これはしてるな。ああ、してるぜ。広田と僕はアイコンタクトして吹き出す。と同時にかなえの自慰の姿が脳裏によぎり興奮しかけるも、直後に古舘のその姿を想像してしまい、思わず天を仰いでしまう。

眩いばかりの満天の星空が僕を慰めてくれる。


その後。山中にある神社まで肝試しをしようと言うことになる。

広田に、俺は嬉しいがお前古舘とでいいのかとそっと問うと、

「実は俺、前がら狙ってらったんだわ」

それは知らなかった! でも、古舘はその気がないのでは、と問うも、

「この雰囲気で何とでもなるべ」

意外にやるなこの漢。と感心しつつ、ジャンケンで負けた僕とかなえが神社に先行することとなる。

この肝試しの前振りとして広田が人造湖の湖底に沈む集落の話や深夜に木霊する寺の鐘の音の話をしていたので、それなりに震えながら歩き始めた僕だった。

きっと膠二病のかなえは幽霊だの亡霊だの全く意に介せず、かと思いきや。

思いっきり僕にしがみ付き、ブルブルと震えているではないか!

いやちょっとお前さあ、宇宙神の使徒なんだからこんなの何でもないだろう、と問うも、

「それどこれは別なの、お願い、離れねぁーでね」

と久しぶりに聞く方言で僕はキュンとなってしまう。

真夏の暑さとは無縁の山道をそろりそろりと歩んで行く。かなえがしがみ付いているので、自然歩みはゆったりとなり、僕の鼓動が深い緑に溶け込んでいく。

濃い緑の匂いとは別の成熟した雌の匂いが僕の鼻腔をくすぐる。全身が熱くなり額に汗がじんわりと滲む。

古ぼけた鳥居をくぐり、急な石段を一歩ずつ登っていく。僕が左手を差し出すとかなえがそれをギュッと握りしめる。かなえの手汗が僕の手汗とまぐわい、湿った感触に更に僕の官能は高みへと昇っていく。

朽ち果てそうな祠に辿り着き、両手を合わせ首を垂れる。かなえも僕に倣いそっと頭を下げた瞬間、僕の理性は満天の星空へと飛び去り、かなえを強く抱き締める。

一瞬かなえの身体は硬直するも、時と共に軟化していく。

両手でかなえの顔を抑え込み顔を近づける。暗闇の中でその白い顔だけがぼんやりと鈍く光っている気がする。

鼻と鼻が触れ合うと、かなえはひっと小さな悲鳴をあげる。僕は構わず唇を突き出し、かなえの唇と触れ合おうとするその瞬間。

二つの石段を登る足音と共に、

「ちょづど、そったらくっつかねぁーでけろ、気持ぢ悪い!」

と古舘の非難の声が山中に響き渡り、僕らは慌てて顔を遠ざけ合う。

この夏の最期の大チャンスはこうして呆気なく逃げていった。


テントに戻り、女子テントにお休みを言って広田と男子テントに寝転び、先程の顛末を語ると、

「ざまあみろ。おららなんていぢゃづぐ隙もありゃしながったぜ」

雰囲気で何とかするのではなかったのか?

「まるっきりだわ。あいづ好ぎな男でもいるんじゃねえがな」

そっか。それよりお前古舘の何処が好きなんだよ?

「うーん、好ぎって言うが、ただやりでえだげがも」

お前、サイテーな漢だな… 風俗にでも行けよ

「金が勿体ねえし。なるだげ手っ取り早ぐ男になりでえんだわ」

それって古舘に失礼じゃねえのかよ?

「はあ? こっただもんだべえが。え、なに、東京は違うのが?」

ううむ… まあ、似たようなもんかもな…

「だべだべ。そんでおめの最初の女ってどったなんだったよ?」

え聞きたい訳? 仕方ねえな、誰にも言うなよ。

「聞きで聞きで! どっただ女子とどっただなんだったの?」

突如僕らのテントに古舘とかなえが乱入してくる、何これ逆夜這いってやつ?

「ばーか。誰がおめらどする訳ねぁーじゃ。で? 聞がせて聞がせて!」

僕は苦笑しつつかなえを一瞥すると、かなえも興味津々な表情であった。


中学三年生の時。同中のいっこ上の先輩だった高一の女子と付き合うことになったんだわ。付き合いだして一月後くらい? 家族が旅行に行くから泊まりに来ないかと言われてさ、彼女の家に行ったんだわ。コンビニで夕食と酒を買い込んで、二人でそれ食って飲んで。その後映画見たりしてそろそろ寝ようかって彼女の部屋に入って。これで俺も子供から大人じゃん、もう我慢できなくなって彼女にむしゃぶりついて。パジャマを剥ぎ取ってこっちも服脱いで。お願いだから電気消してって言うから仕方なく電気消して。そんで彼女をベッドに押し倒して。

「んでんで?」

「ほおおお。定石通りだな」

「……」

三人がゴクリと唾を飲み込む音が男子テントに響く。心無しか湿った女子の匂いが充満している気がする。

彼女の両手を押さえ付けて、彼女の胸にむしゃぶりついて。いやあ、あんなに興奮したの初めてでさ、危うくイキそうになったわ。何とか堪えて、今度は彼女に色々してもらって。その途中に我慢しきれなくなって… そ、大爆発。真っ暗闇でいきなり生温かい液体が彼女の顔にかかって、スゲー悲鳴上げられちゃって。そりゃそうだよな、もし古舘だったら相手ぶっ飛ばしてるだろ?

「噛みづいてぢぎり取るがも」

僕と広田は爆笑する。かなえは顔を赤くして俯いている。

そんでティッシュで慌てて拭き取って、死ぬほど謝ったら気にしなくて良い、それよりまだ平気だよね、って言うから全然イケる、それじゃあこれから……

「おおおお」

「ゴクリ」

「……」

暗くてどうしたらいいか分からなく、彼女に導いて貰い正に結合しようとしたその時。玄関のドアが開く音と共に、「ただいまー、りおんちゃーんまだ起きてるー?」って…

「はああ?」

「マジか、おめ…」

「……」

そ。旅行に行った筈の家族のご帰還さ。何でも飛行機がエンジンの故障かなんかで引き返しちゃって、次の便は満席で乗れなくなったから一旦家に戻ったんだと。電気つけて慌てて服着て、お邪魔してまーすってにっこり笑って何とか誤魔化せたから助かったのだが。それ以来なんか彼女とは気まずくなっちゃって、すぐに別れちゃったんだわ。

「それってづまり?」

「やれながったのがよ!」

「きゃははは」

やけに嬉しそうに笑うかなえが愛おしく感じてしまう。


僕の童貞喪失未遂事件の反響は意外に大きく、どうすればその日にヤれたか、いかにすれば後日リベンジ戦に挑めたのか、振り返りが延々と続く。

そんな中、かなえが深く頷きながら、

「んだがら翔ぐんはおらとへっぺして、童貞なげだがったのね。納得だわ」

古舘が爆笑しながらかなえを抱きしめ、広田は涙を流しながら大笑いしつつ僕の背中を何度も叩く。

「可哀想な水沢。ねえ紫波さん、一回やらせであげなよ、これで死んだら死にぎれねぁーよね、ギャハハ」

「んだんだ、一発やらせでやれよ。この哀れな童貞野郎にさ」

広田は僕が実は童貞だと知り、僕への親愛の情を深めた様子である。全く迷惑な話だ。

そんな事よりさ、広田はまだだって知ってるんだけど、君らは既に経験者なの?

「はあ? なんでそっただこと女子に聞ぐがなあ。変態!」

いやいやいや… そっちだってかなりグイグイ来てんじゃん。

「えーー、どっちだど思う?」

急に妖艶な目付きで古舘が微笑する。

僕から見て古舘はごく普通の女子だ。おかっぱ頭に太い眉。顔はまん丸でやけにデカい鼻。唇は厚く八重歯が特徴的だ。この子がもし経験者だったなら僕の自尊心は壊滅的に崩れ去り崩壊するだろう……

不安と恐怖に苛まされていると、突如広田が漢を見せる。

「そったなのどっちでもいいがら、俺とやろうぜ、頼む、この通り!」

古舘に土下座する広田の漢気に感動してしまう。

「いやよ。だってアンタ口臭くで下手ぐそそうだもん」

分かりやすく一刀両断され、広田はそのまま泣き崩れる。その様を三人で腹を抱えて笑う。


「そんで、紫波さんはどうなのよ? まあごんだげ美人だがら、彼氏いながった訳ねぁーが」

涙を拭きながら広田がかなえに挑みかかるも、

「だから私はエハッド・ナヴィなの。処女でなければ宇宙神の啓示を受けられないの。」

この後に及んでも信念を崩さない彼女にちょっと感動する。だが広田はそれを良しとせず、もっと飲めば打開点が見出せると思い込み、更なる缶チューハイを僕らに配るのだった。

だが、経験の無いものは無いのだ、どれ程追い込もうがかなえの処女性に揺らぎはなく、酎ハイが空になる頃にようやく広田的にかなえの処女性が認知された様子だった。

それに引き換え、どうやら古舘の非処女性は否めない空気が蔓延し、何故に広田が古舘に固執するのかが理解出来始める。

「頼む、俺を男にしてぐれ、俺に快楽どは何が教えでくなんしぇ!」

僕の興味は広田の脱童貞よりも彼女が如何に大人になったかである。

「仕方ねぁーなあ、他の人さ言わねぁーでけろ。中二の時にね、」

それから約一時間、彼女の目眩く快楽に溺れた日々の話を聞かされ、危うく僕も彼女の僕になりたいと思ってしまう。すげえな田舎、東京では考えられない性活だぜ…

ふとかなえを見ると、酔いが回ったせいか転寝をしている。このままここで四人で雑魚寝でもするかと言うこととなり、狭い男テントに蒼き男女が悶々としながら朝を迎えるのであった、熟睡しているただ一人を除き。


これ程男女がぶっちゃけた話をした経験は無い。キャンプ場を後にし帰宅の途につく自分が少し大人になった気がする。

広田、古舘と別れかなえと二人で家に向かう途中、かなえが荷物が重いのでアパートまで運んでくれないかと言っても、これまでのような妙な性的期待は全く生ぜず普通に荷物を運び、彼女が淹れてくれた紅茶を啜るのであった。

キャミソールに着替えてきた彼女を見ても、その双丘の膨らみを間近で眺めても、蒼き衝動は全く昇華せず、広田のへたれ具合を二人で笑ったものだった。

そんな僕の様子を察してか、安心した様子で僕に隣に座り頭を僕の肩に預けてくる。成る程、僕が欲すれば彼女は離れて行き、僕が欲望を完全に制御すれば彼女は近付いてくる。

その相反する原理に漸く気付き、かなえとの接し方を完全に理解出来た。


お盆休みに父と母と弟は東京の父の実家に帰った。僕も当然帰ろうと思慮していたのだが、

「一緒に宇宙神の恵みを享受しない? 泊まりがけで来ても良いのよ」

と言われ、喜んで帰郷をキャンセルさせて貰った。母と弟は僕をニヤニヤしながら眺めている、どうやら彼女の存在を熟知している様子だ。父が一言、「妊娠だけは気を付けろ」と呟いたのには度肝を抜かれたが。

父と母、弟を見送った後、風呂でこれでもかと身を清め、着替えをバッグに押し込んで家の鍵を閉める。

借家である一戸建ての古い家を眺めながら、「期待してはいけない。理性を保たねばこの手から逃げていくだろう。頑張れ俺。負けるな俺」と自らにエールを送り家に背を向ける。

街を駆け抜ける潮風を胸に吸い込みながら、己の冷静さを確認する。彼女のアパートが見えて来る、中三の頃の激しい欲望は今は無い。よし、これで良い。僕は彼女の家の呼び鈴を押す。

そんなかなえが、嬉しそうな顔で僕を出迎えてくれる。

俗に言う、裸エプロンに近い格好に衝撃を受けるも今夜のテーマである克己心を胸に刻みその姿を受け流す。

全く何という娘だ。僕を試すような事をして。

苦笑いが浮かんでくるも、すぐに心を切り替えて彼女のカレー作りを手伝い始めた。


そう言えば、宇宙神の恩恵を受けるって、具体的にどんな手順なのか?

食後の麦茶を啜りながらかなえに問うと、

「私が作った集力アンテナをポラリスに向けるの。私たちは生まれたままの姿になり、アンテナから導かれた力を受け止めるの。隣の部屋にアンテナがあるわ、後で持ってくるわ」

生まれたままの姿… 大丈夫か俺? 頑張れよ俺。自分を励ます自分にまたも苦笑いだ。


食後の片付けを終えるとかなえは風呂場でシャワーを浴びて来る。戻ってきた時にバスタオルを巻いたままなのに閉口しつつ、意識をポラリスに集中しようと決意する。ところでポラリスって何?

「北極星とも言うわね。小熊座にあるアルファ星のことよ。」

ああ、成る程。では北極星に集中するか。そう決意した時、

「さあ、貴方も服を脱いで頂戴。儀式に入るのだから。」

本当にこの子は十七歳なのだろうか。羞恥心や女子高校生としての尊厳は無いのだろうか。そう思いつつTシャツを脱ぎ捨てズボンを降ろす。

彼女もバスタオルを丁寧に畳みちゃぶ台の上に置く。そして隣の部屋から神器たるアンテナを持ってくる。僕にはどう見ても普通のパラボラアンテナなのだが、それを指摘してしまうと彼女の心的世界が崩壊してしまうだろうから敢えて何も言わない事にする。

アンテナを窓からそれらしくセッティングし、畳の上で正座を強要される。真っ暗な部屋で全裸で正座。何ともシュールな状況に思わず鳥肌が立ってしまう。

やがて彼女はブツブツと呪文を唱え始める。

その姿はよく言えば幻想的、普通に言えば普通じゃない人、だ。そう言えば彼女の裸をじっくりと眺めるのは二度目だ。春の海で眺めた時は健康的な白磁のような肌に興奮を隠せなかったが、今は割と落ち着いた心理状態で堪能出来ている。

半裸姿はちょいちょい見かけたものだが、こうして全裸を眺めると彼女の細い身体の線が実に神々しく思えてしまう。

キャンプ前の僕だったら即座に官能的な発作を起こしてしまったであろう、だが今は背中から尻への細く白いしなるような曲線美を芸術作品のように眺め堪能出来るのだ。

両手を上げ叫ぶような呪文を唱えている。

双丘は俗に言うBカップくらいであろうか。豊乳好きの僕には全く物足りないのだが、その造形の美しさに思わず溜息が出てしまう。細く締まったウエスト。正座中なのでよく見えない茂み。確か海で見た時は申し訳程度の茂みだった覚えがある。

正座なんて殆ど経験の無い僕の足が痺れで我慢できなくなる頃、彼女は唐突に立ち上がる、そして僕にもそれを催す。


よろよろと立ち上がる僕には目もくれず、彼女の祈りだか呪文に力が入る。

余程正座には慣れているのか、彼女は揺らぎもせず威風堂々と起立している。その姿に少しだけ神の力を感じてしまう。僕も相当毒されたものだな、自虐的に苦笑いする。

徐に彼女が僕に向かい合う。暗いながらも目が慣れたせいで彼女の全裸姿が僕の目の前にくっきりと浮かび上がる。

「さあ。宇宙からの波動を享受しましょう。」

そう言うと僕の両手を握り、パラボラアンテナを挟んでグルグル周りだす。

もし窓の外から僕たちを見る人がいたら迷わず警察に通報する事だろう。万に一つ、宇宙人がこの姿を見たならば、この星に関わることを断念するであろう。

それ程情けない状況なのだ、僕的には。

然し乍らかなえは恍惚とした表情で、僕の手を握りしめアンテナの周りをグルグル歩く。

一体何周回っただろうか。この儀式は僅かな休憩を挟み、夜中の二時まで延々と続いたのであった。

心身ともに疲れ果てた僕は、その場に倒れ込み意識を失った。


朝日がこの部屋に差したのを感じて目を開ける。

全裸の僕が大の字で女子のアパートで寝ている。

隣の部屋からは、神聖な寝音がスースーと漂っている。

起床時の生理的現象を彼女に見られなくて良かった、心底思いつつ大きな伸びをしてから服を拾い集めたのだった。


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