ボクは個人情報を死守する。……したよね?
三七川橋に集まったハンターの数は、昨日の三倍……いや五倍以上いた。
「何この数!?」
「我こそは橋奪還の栄誉を、と言った所ですか。皆さん、ヨーコ先輩の功績にあやかろうとしているみたいです。些か腑に落ちませんが、ヨーコ先輩への嫉妬と思えば溜飲が下がります」
驚く洋子に、中二モードに入った福子ちゃんが口元を押さえながら呟く。要するに、橋の戦いで勝てる見込みが見えたから昼に攻める、ということのようだ。
「勝ち馬に乗るのは悪くない判断デスネ。これだけいれば、先ず負けませんヨ。おおっと、これは日本のことわざでいう所のフラグじゃないデスヨ」
「あ、音子は何もしなくて良さそうですね。隅で隠れてます。エヘ、エヘヘ……」
苦笑するミッチーさん。安堵して隠れようとする音子ちゃん。音子ちゃんが隠れる前に捕まえて押し留め、改めて周囲を見る。
「おい、あれがバス停の女か……」
「本当にいたんだ……」
「噂がマジなら、あれで橋のゾンビの群れを倒したって事か?」
周囲のハンターの視線は、洋子に向けられる。正確にはもっているバス停に。
「ふふん、ようやくみんなバス停の持つ隠れた能力に気付いたようだね。ラノベでいう所の追放された人の隠しパラメーターが今ここに公開された感じ?」
「本当にそんな特殊能力があるのなら衝撃なんでしょうけど。ないですよね、そんなものは」
「そこは『バス停にそんな能力があるんですか!?』って驚いてほしいなぁ」
適当に頷いて聞き流す福子ちゃん。ミッチーさんも音子ちゃんも慣れたのか適当に聞き流している。いつもの流れだ。
「ええ!? バス停にそんな能力があったんスか!」
「うひゃう! ってキミは……ふぁんぶるよつや!?」
なので本気で驚いた声が聞こえたので、少し驚いた。振り向いて確認すれば、昨日のなんとかっていう女性がいた。
「ファンタンっす! そんな大失敗しそうな名前はノーサンキュー! いつもあなたに最新情報を、ファンタン四谷ッス! あ、愛称は『ファンたん』で!
昨日も言ったっすけど、今日は【バス停・オブ・ザ・デッド】に密着取材ッス!」
ベレー帽にスマホといった、おおよそゾンビハンターとは思えない格好だ。だが要所要所を見れば、装備している靴や軍服などはかなり強化されており、軍隊格闘っぽい動きも見れる。
「言っておきますが、私達は貴方を守るつもりはありませんよ。ヨーコ先輩の足を引っ張るようでしたら、容赦なく切り捨てますから」
「うっひゃ、厳しい発言。でも安心するッス! それは承知の上での密着取材。こう見えても幾多の狩場を潜り抜けてきた突撃動画レポーター! 自分のことは空気と思ってほしいッス!」
威圧するように告げる福子ちゃんに、自分の頭を軽く叩いて心配無用と告げるファンたん。装備品は確かに強いし、動画を見る限りでもゾンビから攻撃を受けた様子はない。
一応気にはかけておくか、ぐらいに意識する。昨日出会ったばかりの知り合い程度の仲だが、それでも目の前で死なれれば目覚めが悪い。福子ちゃんの言うように率先して守るつもりはないけど。
「さあ、三七川橋の戦いは予想に反して二日目にして佳境! ここに集いしゾンビハンター達は我こそはとばかりに気合が入っているっス!
そんな中でも今注目の的と言っても過言ではない【バス停・オブ・ザ・デッド】のクランリーダー、犬塚洋子! 彼女はバス停とブレードマフラーという誰もが見向きもしない武器を手に、橋のゾンビ達を一掃したというッスから驚き!
今日はその犬塚さんに密着取材! そして規模の低いクランでありながら現在MVCランキング三位の【バス停・オブ・ザ・デッド】のクランメンバーも皆様にお伝えするっす!」
自撮り棒で自分を映しながら解説を始めるファンたん。はきはきした声と大仰な身振り手振り。長くボイストレーニングを積んできたからこそできる前口上だ。ただの変なヒト、ではないみたいだ。
「先ずは犬塚洋子さんのプロフィール! 身長164センチで体重52キロ! 7月1日生まれのカニ座のAB型! 3サイズは上からはB86・H55・B85! うっひょー、制服の上からは解らないッス! 着やせするタイプっすね!
趣味はなんとなんと自分磨き! 鏡を見てポーズを決めたり――」
「ちょっと待てーい!」
いきなり暴露される個人情報に、ファンたんの口を塞いでストップをかける洋子。
「何いきなり言ってるの!?」
「細かなプロフィール公開はファンの間でも重要ッス! 調査に間違いはないはずッスよ!」
「むしろ間違いないのが怖い。何処でそんな情報仕入れたの!?」
「ふっふっふ。蛇の道は蛇ッス」
「蛇怖え」
自慢げに言うファンたんに、色々戦慄する洋子であった。やっべぇな、こいつ。
「……まさかとは思うけど、他のクランメンバーも調べたとか言わないよね?」
「流石に一日では無理ッス。でもあと半日あれば――」
「しなくていいから。絶対するな」
「え? でも情報を言わないと動画の再生数とか――」
「止めないと密着取材は許可しないよ」
「うっす、調べないっす。個人情報は大事ッスね!」
よし、言質取った。
「まあ、観る人の数はボクの働きを見せるってことで埋め合わせるよ」
戦う前にかなり疲れた気もするけど、ともあれゾンビハント開始だ。
舌で唇を濡らし、橋の反対側に陣取るゾンビ達を見る。ざっと見て二〇〇体近くはいるだろうか。即席で作ったのだろう廃材でくみ上げた脆そうなバリケード。そして――
『悪を為すものに、正義の鉄槌を!』
金色に輝く女性型のゾンビ。元は石像だったのだろう。それがゾンビウィルスの効果で動き、そして自我を持っている。
ユースティティア。
このイベントのボス存在。その力を注がれた大橋エリアのボス的存在だ。さっきの宣言と共に、ゾンビ達の動きが鋭くなったような気配がする――ありていに言えば、肉体強化がかかった。
「ボクらは悪かー。まあさんざんゾンビ倒してきたもんなぁ。あっちからすれば悪人だ」
「善悪は立場の違いでしかありません。死者の法律などこの『吸血妃』が塗り替えて見せましょう」
「ほいほい。まあガスとか銃とか日本の法律に当てはめれば良くてジュートーホー違反、最悪テロリストデスからネ。あながち間違いでもないデスよ」
「あ、そうなんですか……そうですよね。音子どうしよう。捕まったら、ネコちゃんたちの餌が……」
そんなことを言い合いながら、陣形を組んでいく。戦闘が洋子。その左翼に福子ちゃん。右翼にミッチーさん。三人で音子ちゃんを隠すようにしてゾンビの群れに向きあう。状況次第で音子ちゃんを隠密して行動させるためだ。
「Go!」
動き出したのはハンターが先か、ゾンビが先か、或いはユースティティアの指示か。ともあれほぼ同時に動き出す。
銃を使えるハンターは銃が届く範囲までゾンビが来るものを待つか、或いは前に進むかの二つに分かれる。戦場を走る【バス停・オブ・ザ・デッド】と並走していたハンター達のほとんどは、途中で足を止めて銃を構えて撃ち始める。
「おおっと! 進む進む【バス停・オブ・ザ・デッド】! 警察ゾンビの群れの中に真っ直ぐ突き進んでいくッス!
その姿は百年戦争のオレルアンの乙女、ジャンヌダルクの如き! あるいは時の大国ローマに挑んだ勝利の女神ブーディカを想起させるッス!」
「……その二人、結構悲惨な死に方したんだけどね……」
背後から聞こえるファンたんの言葉にぼそっと呟く洋子。
三七川橋上の決戦は、ここに火ぶたを切るのであった。
拙作を読んでいただき、ありがとうございます。
気にいっていただけたのなら、評価をいただければ幸いです。
評価はこの下の☆☆☆☆☆を押せばできますので、面白かったという方はポチっていただけると作者のモチベがものすごく上がります。よろしくお願いします!




