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バス停・オブ・ザ・デッド ~ボクはゾンビゲームにTS転生した!  作者: どくどく
三章 二律背反 ~生者と死者 男と女 虚(げーむ)と実(げんじつ)
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ボクはここに立っている

 集団戦の基本は、先ず囲まれない事。そして足を止めない事。


 囲まれてしまえば逃げることが出来ず攻撃され続ける。そうならないために常に逃げ道を確保するように立ち回る。


 目の前には八〇を超えるゾンビの群れ。さすがにあの数に一斉に襲われれば厳しい。だけど、


「あのゾンビ全てがこちらに来るわけじゃないしね。楽勝楽勝!」


 ゾンビの数がどれだけ多かろうと、一度に洋子ボクに迫れる数は限られる。ましてや洋子ボクは囲まれないように動き回っているのだ。警棒で殴ってこれるのは多くて五体。そしてそれだけの数があれば、拳銃の射線もなかなか通らない。


 そして洋子ボクの方に向かわないゾンビは、バリケードに進んでいく。『バリケードを護れ』的な命令も含んでいるのだろう。


 バリケード側は福子ちゃんやミッチーさんや音子ちゃんに任せて大丈夫だ。コウモリが羽ばたき、白い毒ガスが噴霧される。時折不穏な動きをするのは、音子ちゃんの持っている腐肉缶に反応したか。


「そっちは頼んだよ! それじゃ、ボクも五〇体ぐらい、いってみるか!」


 状況を仕切り直すようにいったん距離を取り、バス停を構えなおす。手は動く。足も動く。痛いけど問題はない。


 移動した距離は、警棒ではわずかに届かずバス停なら一足で踏み込める間合。VR空間で洋子ボクと戦っている福子ちゃんやミッチーさんならこの意味に気付き、間合いを開けただろう。


 だけどゾンビは気付かない。目の前の獲物を捕らえようと警棒を手に近づいてくる。


「足首ゲット!」


 踏み込んできたゾンビの足に向けて、バス停を突き出す洋子ボク。一歩踏み込み下段突き。そして中段突きからの上段突き。三連撃の突きを振るい、ゾンビの動きを止める。


 そのゾンビが崩れ落ちるより先に、洋子ボクは次のゾンビに向かっていた。体ごと回転させるようにしてバス停を振るい、遠心力で一撃を喰らわせる。そしてはためくマフラー。マフラー内にある鋼線がゾンビの目を薙いだ。機能しない眼球ではあるが、それでもノーダメージではない。よろめくゾンビにトドメとばかりに叩きつけられるバス停。


 このままこのグループを落とす! 動きは見えた!


 脳内でどう動くかをイメージする。ゾンビがどう動き、そして自分がどう動くか。戦場を俯瞰するようにイメージし、戦場に居るゾンビ全てを把握する。


 いける、と思ったときにはすでに体は動いていた。


 まずは右斜め、そして真っすぐ。左に跳んで間合いを開き、攻撃を受け止める。そのまま一気に――攻める!


 思うと同時に体は動く。岩場を流れる水の流れのように軽やかに。そして嵐のように強烈に。無呼吸でゾンビの群れを走り、バス停を振るいブレードマフラーをなびかせ、そして駆け抜ける。


「どうよ。ボクのバス停はすごいだろ?」


 崩れ落ちるゾンビ達を見ながら、洋子ボクはバリケードの向こう側にVサインをした。


「ふん、あんな大見得を切ったんです。それぐらいやってもらわないとこの『吸血妃ヴァンピーア・アーデル』の隣に立つには相応しくありません」

「言ってコウモリの君、結構心配して見てたデスよ」

「だだだ誰が心配なんか!?」

「良かったですね、福子おねーさん。大好きな洋子おねーさんが無事で」

「早乙女さんまで!?」


 なにやらバリケードの向こう側が騒がしいけど、何話してるのか問い返す余裕はなかった。


「ほらほら、こっちこっち!」


 橋の上を走り回りながら、警察ゾンビを攻め立てる洋子ボク


 ある程度知恵が回る人間がいるなら、洋子ボクを囲むように指示しただろう。あるいは無視してバリケードを形成しろと言っただろう。


 そういう意味では、ゾンビ相手は相手がしやすい。協力し合うわけでもなく、こちらがやられて困ることをやってくるわけではない。動きそのものは単調で、誘導しやすい。


(避け損ねた……!)


 だけどその分、身体能力がハンパじゃない。常時火事場の馬鹿力が発揮されているかのような一撃。普通の人間なら気を失っている攻撃を受けてもよろめかない体力。脳が死んでいるので痛みや恐怖を感じない肉体。


「だ、あああ! もう!」


 対してこっちは攻撃を受ければゾンビウィルスの侵食率が上がり、ゾンビに近づいていく。痛みや恐怖で足を止めることもある。そんな人間だ。


(そりゃ福子ちゃんたちも怯えるよね。こんな連中が群れを成して自分達の生活を壊すんだからさ!)


 ゲームの設定だから。創作だから。ありえない話だから。


 僕が『AoD』をしていたころには想像すらしなかったこと。この世界に住む人間がどんな思いをしているか。NPCがどんな目でこの世界を見ているのか。当たり前だ。それは自分にはかかわりのないこと。いわば()()()なのだから。


(そんな世界に転生してきて、わーいボクかわいー、って思う事もあるけどさ!)


 ゲーム知識を知っていて、戦い方を知っていて、そしてキャラの限界まで知っていて。今だってこうしてゾンビ相手に無双しているけど。


「それでもゾンビは怖いし撃たれたら痛いなぁ。分かってるけどね!」


 この痛み。この恐怖。気を抜けばゾンビの仲間入りとなり、仲間を襲うか仲間に殺されるか。そんな世界観――いや、そんな僕/洋子ボク()()


「さあ、まだボクは戦えるよ!」

 

 僕/洋子ボクはここに立っている。


 仲間と共に、ゾンビと戦うハンターとして。別世界から転生してきた他人ではなく、犬塚洋子としてここにいる。


 僕は洋子ボクだけど、洋子ボクは僕だ。この島のことを、この学園のことを、このハンターのことを他人事なんてもう思わない。思えない。


「これで、五十三体目!」


 バス停を振るい、叫ぶ洋子ボク


 額から流れる血を拭い、呼吸を繰り返す。まだまだいける。次にどう動けばいいのか、どのタイミングで攻撃をすればいいのか。どうすればさらに効率よくいけるのか。それが明確にわかる。洋子ボクの体は何処まで耐えることが出来て、どう避ければ致命傷を避けれるのか。ギリギリのラインでどの程度粘ることが出来るのか。それも理解していた。


 なので――


「はい、たいきゃーく!」


 脱兎のごとく離脱した。ゾンビに背中を向けて、たったかたー、と走り出す。そのままバリケードの穴を抜けて皆と合流する。


「洋子おねーさん!?」

「倒した数は四捨五入して五〇! 予定通り!」

「苦しい言い訳ですね、好敵手リヴァーレ。ですが引き際は見事でしょう」

「イエス、いい判断デス! 日本のことわざでいう所の逃げるんだよォ! デスネ!」


 バリケードの向こう側に身を翻し、一息つく洋子ボク。驚かれたり呆れられたりもしているけど、逃げたこと自体を責めることはしない。一人を除いて。


「ふん、何が四捨五入ですか。確かに驚くべき数ですが、その粗末な棒ではバリケード越しに攻撃できないのでしょう。こちらに来た貴方は正に遠水近火えんすいきんか。役立たずの代名詞ですわ」


 責めてくるのは聖女様だ。えんすいなんとかの意味は分からないけど、近距離攻撃しかできない洋子ボクがバリケードの反対側に来てはゾンビを殴れない、と言いたいのだろう。


「いやあ、その通り。なので役に立つクランの皆の活躍に任せるよ」


 何か言いたそうに身体を震わせた福子ちゃんやミッチーさんが何か言うより先に洋子ボクはそう言い放つ。


 ふん、と背を向けるフローレンスさん。その背中を見ながらこちらに近づいてくる福子ちゃん。手には白銀の剣。


「ヨーコ先輩。あの人斬っていいですか」

「おちついてふくこちゃんめがこわい」


 冷淡な福子ちゃんの声と表情に、思わす背筋を震わせて応える洋子ボク


「あれ以上戦ったら危なかったし、そう言う意味ではボクが現状役立たずなのは事実だから。

 ボクは音子ちゃんと一緒にバリケードを超えてきたゾンビを迎撃するから、メインで動くのはまかせたよ」

「役立たずも何も、五〇体近くの行進を一人で止めたのはすごいデスヨ。あの数を食い止めてくれなかったら、ワタシ達がやられてたデショウネ」

「あはは。それでも皆だったら大丈夫だったと思うよ。……あら」


 気が抜けたのか、脱力してぺたんと尻もちをついてしまった。<お調子者>のデメリットだ。あのまま戦っていたら、ゾンビの群れの中でこうなっていただろう。


 あるいは戦闘の高揚で大丈夫だったかもしれないけど――それはさすがに楽観すぎる。あのタイミングでの離脱がベストだろう。あそこで動けなくなれば、みんなに迷惑かけちゃうからね。


「そのまま休んでください。戦いはまだまだ続くんですから」


 福子ちゃんに言われて、脱力する洋子ボク。皆に任せて大丈夫と思うと、そのまま気も力も抜けていく。


 みんなすごいよね。


 福子ちゃんやミッチーさんや音子ちゃんの動きを見て、心の底からそう思う。一生懸命努力した結果が如実に表れている。


 それを言うと福子ちゃんは『先輩の教えの賜物です』と言うのだが、そんなことはない。そこまで努力できたのは福子ちゃんで、僕が教えなくてもきっと強くなれたはずだ。


「ボクは……ゲーム知識があるから強いだけだもんね」


 努力なんて碌にせず知っているだけの僕と、頑張った皆。それはやっぱり違う気がする。僕は皆に知識だけ伝えてそのまま――


「あー。疲れてるのかな」


 なんだか変な方向に進みそうになる思考を頭を振って振り払った。

拙作を読んでいただき、ありがとうございます。

気にいっていただけたのなら、評価をいただければ幸いです。


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