ボクはここに立っている
集団戦の基本は、先ず囲まれない事。そして足を止めない事。
囲まれてしまえば逃げることが出来ず攻撃され続ける。そうならないために常に逃げ道を確保するように立ち回る。
目の前には八〇を超えるゾンビの群れ。さすがにあの数に一斉に襲われれば厳しい。だけど、
「あのゾンビ全てがこちらに来るわけじゃないしね。楽勝楽勝!」
ゾンビの数がどれだけ多かろうと、一度に洋子に迫れる数は限られる。ましてや洋子は囲まれないように動き回っているのだ。警棒で殴ってこれるのは多くて五体。そしてそれだけの数があれば、拳銃の射線もなかなか通らない。
そして洋子の方に向かわないゾンビは、バリケードに進んでいく。『バリケードを護れ』的な命令も含んでいるのだろう。
バリケード側は福子ちゃんやミッチーさんや音子ちゃんに任せて大丈夫だ。コウモリが羽ばたき、白い毒ガスが噴霧される。時折不穏な動きをするのは、音子ちゃんの持っている腐肉缶に反応したか。
「そっちは頼んだよ! それじゃ、ボクも五〇体ぐらい、いってみるか!」
状況を仕切り直すようにいったん距離を取り、バス停を構えなおす。手は動く。足も動く。痛いけど問題はない。
移動した距離は、警棒ではわずかに届かずバス停なら一足で踏み込める間合。VR空間で洋子と戦っている福子ちゃんやミッチーさんならこの意味に気付き、間合いを開けただろう。
だけどゾンビは気付かない。目の前の獲物を捕らえようと警棒を手に近づいてくる。
「足首ゲット!」
踏み込んできたゾンビの足に向けて、バス停を突き出す洋子。一歩踏み込み下段突き。そして中段突きからの上段突き。三連撃の突きを振るい、ゾンビの動きを止める。
そのゾンビが崩れ落ちるより先に、洋子は次のゾンビに向かっていた。体ごと回転させるようにしてバス停を振るい、遠心力で一撃を喰らわせる。そしてはためくマフラー。マフラー内にある鋼線がゾンビの目を薙いだ。機能しない眼球ではあるが、それでもノーダメージではない。よろめくゾンビにトドメとばかりに叩きつけられるバス停。
このままこのグループを落とす! 動きは見えた!
脳内でどう動くかをイメージする。ゾンビがどう動き、そして自分がどう動くか。戦場を俯瞰するようにイメージし、戦場に居るゾンビ全てを把握する。
いける、と思ったときにはすでに体は動いていた。
まずは右斜め、そして真っすぐ。左に跳んで間合いを開き、攻撃を受け止める。そのまま一気に――攻める!
思うと同時に体は動く。岩場を流れる水の流れのように軽やかに。そして嵐のように強烈に。無呼吸でゾンビの群れを走り、バス停を振るいブレードマフラーをなびかせ、そして駆け抜ける。
「どうよ。ボクのバス停はすごいだろ?」
崩れ落ちるゾンビ達を見ながら、洋子はバリケードの向こう側にVサインをした。
「ふん、あんな大見得を切ったんです。それぐらいやってもらわないとこの『吸血妃』の隣に立つには相応しくありません」
「言ってコウモリの君、結構心配して見てたデスよ」
「だだだ誰が心配なんか!?」
「良かったですね、福子おねーさん。大好きな洋子おねーさんが無事で」
「早乙女さんまで!?」
なにやらバリケードの向こう側が騒がしいけど、何話してるのか問い返す余裕はなかった。
「ほらほら、こっちこっち!」
橋の上を走り回りながら、警察ゾンビを攻め立てる洋子。
ある程度知恵が回る人間がいるなら、洋子を囲むように指示しただろう。あるいは無視してバリケードを形成しろと言っただろう。
そういう意味では、ゾンビ相手は相手がしやすい。協力し合うわけでもなく、こちらがやられて困ることをやってくるわけではない。動きそのものは単調で、誘導しやすい。
(避け損ねた……!)
だけどその分、身体能力がハンパじゃない。常時火事場の馬鹿力が発揮されているかのような一撃。普通の人間なら気を失っている攻撃を受けてもよろめかない体力。脳が死んでいるので痛みや恐怖を感じない肉体。
「だ、あああ! もう!」
対してこっちは攻撃を受ければゾンビウィルスの侵食率が上がり、ゾンビに近づいていく。痛みや恐怖で足を止めることもある。そんな人間だ。
(そりゃ福子ちゃんたちも怯えるよね。こんな連中が群れを成して自分達の生活を壊すんだからさ!)
ゲームの設定だから。創作だから。ありえない話だから。
僕が『AoD』をしていたころには想像すらしなかったこと。この世界に住む人間がどんな思いをしているか。NPCがどんな目でこの世界を見ているのか。当たり前だ。それは自分にはかかわりのないこと。いわば異世界なのだから。
(そんな世界に転生してきて、わーいボクかわいー、って思う事もあるけどさ!)
ゲーム知識を知っていて、戦い方を知っていて、そしてキャラの限界まで知っていて。今だってこうしてゾンビ相手に無双しているけど。
「それでもゾンビは怖いし撃たれたら痛いなぁ。分かってるけどね!」
この痛み。この恐怖。気を抜けばゾンビの仲間入りとなり、仲間を襲うか仲間に殺されるか。そんな世界観――いや、そんな僕/洋子の世界。
「さあ、まだボクは戦えるよ!」
僕/洋子はここに立っている。
仲間と共に、ゾンビと戦うハンターとして。別世界から転生してきた他人ではなく、犬塚洋子としてここにいる。
僕は洋子だけど、洋子は僕だ。この島のことを、この学園のことを、このハンターのことを他人事なんてもう思わない。思えない。
「これで、五十三体目!」
バス停を振るい、叫ぶ洋子。
額から流れる血を拭い、呼吸を繰り返す。まだまだいける。次にどう動けばいいのか、どのタイミングで攻撃をすればいいのか。どうすればさらに効率よくいけるのか。それが明確にわかる。洋子の体は何処まで耐えることが出来て、どう避ければ致命傷を避けれるのか。ギリギリのラインでどの程度粘ることが出来るのか。それも理解していた。
なので――
「はい、たいきゃーく!」
脱兎のごとく離脱した。ゾンビに背中を向けて、たったかたー、と走り出す。そのままバリケードの穴を抜けて皆と合流する。
「洋子おねーさん!?」
「倒した数は四捨五入して五〇! 予定通り!」
「苦しい言い訳ですね、好敵手。ですが引き際は見事でしょう」
「イエス、いい判断デス! 日本のことわざでいう所の逃げるんだよォ! デスネ!」
バリケードの向こう側に身を翻し、一息つく洋子。驚かれたり呆れられたりもしているけど、逃げたこと自体を責めることはしない。一人を除いて。
「ふん、何が四捨五入ですか。確かに驚くべき数ですが、その粗末な棒ではバリケード越しに攻撃できないのでしょう。こちらに来た貴方は正に遠水近火。役立たずの代名詞ですわ」
責めてくるのは聖女様だ。えんすいなんとかの意味は分からないけど、近距離攻撃しかできない洋子がバリケードの反対側に来てはゾンビを殴れない、と言いたいのだろう。
「いやあ、その通り。なので役に立つクランの皆の活躍に任せるよ」
何か言いたそうに身体を震わせた福子ちゃんやミッチーさんが何か言うより先に洋子はそう言い放つ。
ふん、と背を向けるフローレンスさん。その背中を見ながらこちらに近づいてくる福子ちゃん。手には白銀の剣。
「ヨーコ先輩。あの人斬っていいですか」
「おちついてふくこちゃんめがこわい」
冷淡な福子ちゃんの声と表情に、思わす背筋を震わせて応える洋子。
「あれ以上戦ったら危なかったし、そう言う意味ではボクが現状役立たずなのは事実だから。
ボクは音子ちゃんと一緒にバリケードを超えてきたゾンビを迎撃するから、メインで動くのはまかせたよ」
「役立たずも何も、五〇体近くの行進を一人で止めたのはすごいデスヨ。あの数を食い止めてくれなかったら、ワタシ達がやられてたデショウネ」
「あはは。それでも皆だったら大丈夫だったと思うよ。……あら」
気が抜けたのか、脱力してぺたんと尻もちをついてしまった。<お調子者>のデメリットだ。あのまま戦っていたら、ゾンビの群れの中でこうなっていただろう。
あるいは戦闘の高揚で大丈夫だったかもしれないけど――それはさすがに楽観すぎる。あのタイミングでの離脱がベストだろう。あそこで動けなくなれば、みんなに迷惑かけちゃうからね。
「そのまま休んでください。戦いはまだまだ続くんですから」
福子ちゃんに言われて、脱力する洋子。皆に任せて大丈夫と思うと、そのまま気も力も抜けていく。
みんなすごいよね。
福子ちゃんやミッチーさんや音子ちゃんの動きを見て、心の底からそう思う。一生懸命努力した結果が如実に表れている。
それを言うと福子ちゃんは『先輩の教えの賜物です』と言うのだが、そんなことはない。そこまで努力できたのは福子ちゃんで、僕が教えなくてもきっと強くなれたはずだ。
「ボクは……ゲーム知識があるから強いだけだもんね」
努力なんて碌にせず知っているだけの僕と、頑張った皆。それはやっぱり違う気がする。僕は皆に知識だけ伝えてそのまま――
「あー。疲れてるのかな」
なんだか変な方向に進みそうになる思考を頭を振って振り払った。
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